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第29話 襲撃6

 夜になった。

 決闘を終えたカーサは風呂に入り軽く物を口にして部屋にいた。

 気に食わないふかふかのベッドには近寄らず、床に置いたバッグから顔だけ出して寝転がる。

 しかし、問題がいくつかあり、そのまま眠ることが出来ないでいた。


「なんであんたらがこの部屋にいるのよ」


 声を投げかけた先には同じようにバッグから顔を出して床に転がるレントンと、本来の持ち主の代わりに寝床に入る紫鬼の姿があった。

 突然の訪問者に正規の住人であるアポロは居心地悪そうにベッドの中から様子を伺っていた。拾ってきたまだ警戒心の強い子犬のような姿に申し訳なさを覚える。

 しかしそんなこと知ったことかと紫鬼は煙管をふかしていた。


「貴方といた方が楽しそうだからよ」


 言葉通りの笑みを浮かべる彼女にカーサは眉間に手を当てていた。

 ……はぁ。

 彼女はまだいい。数日だが一緒にいた仲であり、新たに与えられた部屋では、あんな事件を起こした人と同室になる人がいる。お互い気を張りつめながら過ごすくらいなら割り切って別々になった方がみんなの為になる。

 しかし、レントンは違う。性別は違うし顔も性格もよく知らない。流石に後宮において誰かに手を出すような馬鹿はしないだろうが、部屋にいると言うだけでろくでもない噂がたつことだろう。

 高々同族同腹と言うだけでついてこられては困る。カーサは非難の目を向けていた。


「嫌われたもんだな」


「あら、好かれてるとでも思ってたの? おめでたい頭してるわね」


 皮肉混じりにカーサが言うとレントンはバッグの中に顔を隠していた。

 ……逃げたわね。

 だらしない大人だわとカーサは思う。

 少なくとも二十は軽く超えているはずなのに、小娘の言葉に言い返せないのは情けない。これが七英雄の姿かと苛立ち紛れにバッグの中から取り出した小石を投げつけるも反応は無かった。


「カーサ、貴方いつもそこで寝ているの?」


「ん? ええそうよ」


「身体痛くならないの?」


 痛い? なんの事?

 カーサが首を傾げていると、紫鬼は胸元近くのベッドを軽く叩いていた。

 来いとの事なのでバッグから這い出てそこへ向かう。すると包み込むように手を回されて、


「こっちの方がいいんじゃないかしら?」


「うーん、悪くは無いけど落ち着かないわ」


 生まれて三日目にはもうバッグの中にいたのた。いくら柔らかくとも人肌を感じながらしっかり眠るのは抵抗があった。

 気を使ってもらって申し訳ないがと抜け出そうとしてもがっちりと固定されては動くことも叶わない。可笑しいなと思いながら見上げると、軽く笑みを浮かべる紫鬼の顔があった。


「貴方っていくつなのかしら?」


「えっ、十一よ」


「あら、随分と若いのね」


 ……まあ、はい。

 突然始まった世間話に困惑しながらもカーサは答えていた。

 周りからしたら若く見えることだろう。しかし寿命が平均して四十しかない小人族にとって、成人は七つからと決まっていた。それ以上歳を重ねても身体が成長することがないからだ。

 それに一部の妖精族は卵を作り、生まれた時には既に成人となっている。それに比べれば随分遅いとも言えた。


「紫鬼は幾つなの?」


「私は百を超えてからは数えてないわ。でもそれからそんなに経っていないから十か二十ってところかしら」


「私は三十三です。まだまだ若いんですよ」


 小人族からしたらスケールの違う年数が飛び出してカーサは苦笑する。

 人間種は総じて短命だ。アポロや紫鬼に比べれば子供のうちに死んでしまうように見えなくもない。

 紫鬼は決闘後と同じように髪を撫でつけながら、


「子供がいたらこんな感じなのかしらね」


 憂いを帯びた声に、カーサは息を飲む。


「毒のせい?」


「わからないわ。それほど経験がある訳でもないし。でももうここから出られないならどう足掻いても子を抱くことは出来ないわ」


 そうか。そうだった。

 後宮に集められた女に子を成す資格は無い。男の方が作ろうとしなければ叶わないことだった。

 それを認識してますますソウタに苛立つ。はっきりとしないなよなよとしたところがこんな悲劇的な環境を作っているとしか思えなかった。


「大丈夫よ。私が何とかするわ」


「ふふ、ありがとう。でも貴方なら本当にどうにかしてしまいそうね」


 根拠の無い口約束でも紫鬼は大きく笑みを作っていた。

 ……ごめんね。

 カーサは心のどこかではっきりと認識していた。この状況は頭のいいどっかの馬鹿達が捻りに捻って作り上げた安息の形なのだと。

 例え異邦人にその負担の全てを押し付けるような形になろうとも、砂上の楼閣を守る必要がある。全てはこれ以上血を流さないためにだ。

 ……アホらし。

 自分の尻を自分で拭けないと認めたこの世界全てが情けない。絶滅するまでやれば良かったんだ。途中で改めればそれでよし、駄目なら駄目で誰も不幸にならず幸せにもならない。

 ふたたび戦乱の世に戻ったとしても今よりは健全だ。その為に何人死のうが関係ない。破壊尽くす覚悟がカーサにはあった。

 とはいえその方法は今の所思いついていない。ソウタを亡きものにすれば関を切ったようにこの秩序は崩壊するだろう。ただそれが一番難しかった。

 ……いや、待ちなさい。

 明らかに自分の思考がおかしい方向へむかっていることにカーサは気付く。苛つくのは合っているが、だからといって過激な行動をするつもりは無い。なのにどうして。知人や一族が死ぬ選択を軽々しく決められるのだろうか。

 思い返せばここに来てからずっと変だった。納得のいかないことでも清濁併せ呑むくらいは出来るはずなのにソウタに喧嘩を売るような真似までしてしまう。新天地によるストレスかと思うがそれでは納得のいかないこともあった。


「アポロ」


 答え合わせをしたくて、カーサは首を捻って少女の方へ向く。突然声をかけられた彼女は何? と、答えていた。


「私って……変?」


 上手く伝える言葉が見つからず、曖昧な形容でしか意図を伝えられない。

 それにアポロは間髪入れず、


「うん」


 快刀乱麻。すぱっと躊躇いなく断ち切られて、カーサは黙るしか無かった。

 そっか。じゃあ仕方ないか。

 何となくスッキリしたところで睡魔に襲われる。重たい瞼に逆らうことなく、カーサは直ぐに穏やかな寝息を立てていた。

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