欲張り
それから数日、フェルディナンド王子は、メリアンたちの『迎えに』費やした1週間分の執務などを片付けなくてはならず、執務室に籠ることが多かった。
しかし、5分でも空いている時間を見つけると子供達に魔法を教えると言う口実でメリアンたちと一緒に過ごしていた。
「おうじ、みて、みて!!」
なかなか会えない王子が現れると、我先にとルカは王子がいない間に自主練した魔法を積極的に見せる。リリスは控えめに「ちがうせいれいさんと、おはなしできるようになったよ。」と伝える。
王子は子供たちに魔法を教えることに熱心で、常に二人が理解するまで丁寧に説明したり、実際に精霊たちを呼び出して見せたりしていた。ルカとリリスも、王子に魔法を教えてもらう時間が楽しく、またメリアン以外の者からの愛情に触れ、ますます王子を慕うようになった。
メリアンも、王子の近くにいられることで、表面的な面ではなく、今まで全く知る機会が無かった王子の内面の部分に触れることができて、とても新鮮な気分だった。
一方の王子は隙を見てはメリアンと会話をしようと試みるが、そこに辿り着くまでの時間は長い。結局エリオットに「殿下、もうそろそろ戻られないと・・・」と言われて、逃すことが多々。
なかなか二人の気持ちはうまく交わらないまま、けれど少しずつだが近づいているような・・・エリオットやモーリスから見ればなんとももどかしい関係が続いていた。
元々のびのびと育てられ自由奔放な性格だったルカとリリスは、十年弱、王宮によく通っていたメリアンよりも、この環境にすぐに順応することができた。そんな二人にとって一番の楽しみは三時のおやつの時間だ!
「わー、こんなにおおきなケーキはじめてぇ!クリームがすごーい!」
ルカは、テーブルにおかれた大きなケーキを前に、大はしゃぎ。周りの大人たちも、その姿を微笑ましく見つめていた。
「でも、もうちょっとちいさいケーキのほうがたべやすいなぁ。」
リリスは残念そうに言う。メイドのアンジェリカが「リリス様のお好きな分だけお切りしますよ。」と声をかけると、リリスは嬉しそうに頷いた。
その後、アンジェリカが丁寧にリリスのためにケーキを小さめに切って、プレートに盛り付けた。ルカには、ルカの希望通りの大きなピースを。周りの大人たちは、子供たちが可愛くて仕方ない様子で、口元にちょっぴりクリームがついただけで、すぐに拭き取ってあげるなど、過保護な程に世話を焼いていた。
二人は彼らを温かい目で見守る大人たちに囲まれながら、ますます王宮での生活に慣れていった。今まで触れてこなかったメリアンではない人間との会話を通じて、新しい言葉や知識をスポンジのように吸収し、びっくりするほど日々成長している。
そんな子供たちは、おやつの時間だけでなく、この広々とした王宮中で遊ぶことも大好きだ。王宮の間取りもだいぶ頭にいれ、二人で・・・または他の大人も巻き込みかくれんぼで遊ぶことが二人のブーム。
最初のうちは自分たちだけの部屋だけで隠れていたのだが、どんどんと範囲が広がっていって、今日はもう呼んでも見つからないため、メリアンは王宮中を探し回っていた。
「ルカ、リリス、どこにいるの?」
返答はない。危険はないはずだが、人の出入りは多いし、部屋数も数えられないほどある。
(どこかに迷い込んでないといいけれど)
メリアンはあちこち探し回った末、王子の部屋のさらに奥にある部屋のドアが少しあいているのに気づき、近づいた。普段この部屋のドアは閉まっていて、誰の部屋なのかも、なんのための部屋かも分からずだった。
メリアンはそっと中を覗き込んだ。中に人がいる気配はないものの、とても広い部屋なので、とりあえず「お邪魔します・・・」と言い、中に入ってみることに。
部屋の中に入ると、目に飛び込んできたのはゴージャスな内装と、豪華絢爛な装飾品たちだった。しかし、その中でも目を引いたのが、壁の中心にかかっているポートレイトだ。それは、黄金に光る金髪と、エメラルドの瞳が美しく描かれた女性の油絵だった。
(エレオノーラ・・・)
メリアンは、すぐにその人物を特定することができた。誰からも愛される華やかな笑顔は、彼女の特徴的なものだ。
メリアンはエレオノーラのことをここ六年、そして王宮にきてからもずっと考えないようにしていた。・・・が、常に、頭の片隅にはいた。
ゲームのシナリオでは、メリアンが国外追放された後、フェルディナンド王子はエレオノーラと結婚している。けれど ここ数日、王宮の中でエレオノーラに出会ったり、エレオノーラの話題を聞いたりすることは無かった。
だから、もしかしてシナリオ通りにはいかなかったのか、とも考えたが、やはりそんなことはありえなかった。この部屋は、エレオノーラのこの王宮での立ち位置を思い知らされるような部屋だ。それにエレオノーラが好んでつけていたラベンダーの香りがこの部屋には充満しており、彼女の存在を感じた。
メリアンはグワッと握られたように胸が痛んだ。一秒でも早くこの部屋から出ていこうと、扉の方へと駆けようとした・・・ちょうどその時、王子が慌てたように部屋に入ってきた。息苦しい思いをしていたメリアンの呼吸は止まるかのようだった。
「開いているはずのない扉が開いていたから不思議になって来てみたが・・・こんなところで何をしている。」
思わず身をすくめるメリアン。
「殿下・・・すみません。子供たちを探していたら、この部屋に・・・。扉が開いていたものですから・・・。」
メリアンは小さな声で謝罪した。
「そうか。・・・でも、気をつけてほしい。ここはエレオノーラの部屋だからな。」
王子がエレオノーラの名前を口にすると、メリアンの胸は更に締め付けられた。過去の出来事や感情が嫌なほど蘇ってくる。
「殿下、あの・・・エレオノーラの姿が見えないのですが・・・」
「・・・彼女は、療養中だ。」
「体の調子が悪いのですか?」
「まぁ、そのようなところだ。あと、エレオノーラの呼び方には気をつけろ。お前は知らないだろうが、お前が去ったあと彼女は王子妃になったのだ。」
「・・・申し訳ございません。」
「いや、エレオノーラのことを気にするな。お前は、子供たちの世話に専念してほしい。」
王子の言葉は本来はありがたいはずなのに、刃物のようにメリアンの心臓を鋭い痛みで刺す。ここまで自分たちを連れて来て住まわせ、ここ最近はほとんど家族のように過ごせていたから、勘違いしてしまいそうになっていた。
(私は元々王子から嫌われているし・・・王子はきっと、子供の母親だからと私にも最近は少しだけ優しさを見せてくれているんだ)
何て身の程知らずだろう、とメリアンは自分が恥ずかしくなった。
王子のヒロインは、今も昔もエレオノーラだけなのだ。
何も言えずにいるメリアンに、王子は思い出したように「そうだ。子供たちを探していると言ったな。私も手伝おう。」と告げた。
「いいえ、お忙しい殿下に、そんなお手間はかけられません。」
本音だったが、王子と一緒に今はいたくなかった。王子と別れたメリアンは、王宮の中を子供たちを探しながら歩き回っていた。
(あのまま一緒にいたら、また泣いてしまいそうだったわ)
王子が好きだ。きっと以前よりももっと。
好きだからこそ、心配はかけたくないし、これ以上の迷惑はもうかけたくない。もう王子とエレオノーラの邪魔だってしたくない・・・それくらいは自分は大人になったつもりだ。でも・・・
「あ、おかあさん!」
メリアンが二人を探していたはずなのに、なぜか子供たちから見つけられた。
「二人とも・・・ほんと・・・もぉ・・・どこへ行っていたの?」
「えへへ、ひみつー。」
「おかあさん、どうしたの?」
二人の顔を見ると、堪えていた涙がポロポロと止めどなく溢れてきたのだ。そんなメリアンに二人は心配げな顔を向ける。
「だいじょうぶ?」
「ごめん・・・大丈夫よ。」
子供たちは、メリアンを心配そうに見つめて、彼女を優しく抱きしめた。
「おかあさん、だいすきだよ。」
「ぼくも、だいすき!」
「ええ、私も二人を愛しているわ。」
メリアンは、子供たちの銀色の髪を優しく撫でる。
これ以上の幸せなんて、ないと思っていた。二人だけいてくれれば、それでいいと・・・、そう思っていたのに・・・。