安堵
「少し休憩をする。その間子供たちを頼む。」
フェルディナンド王子は子供たちをエリオットとモーリスに任せると、メリアンの元へとやってきて、隣に腰を掛けた。メリアンはその行動に驚き、緊張した。
「賢い子供たちだ。」
王子はメリアンと同じ視線から子供たちを眺めた。
「教えていただき、ありがとうございます」
メリアンが丁寧にお礼をすると王子は「当たり前のことだ」と言い放った。
子供たちと話していると、とても柔らかい表情をするのに、メリアンと話す王子はいつでもこわばった顔をしたように見える。
(そんなに嫌ならば話さなければいいのに)
そう思っても、王子が自分の元に来たら来たで嬉しい気持ちは健在で、王子のことになると相変わらず胸中は忙しかった。
「精霊魔法は難しいが、二人は習得が早い。お前が二人を自然のある環境で伸び伸びと育てていたからだろう。」
王子の言葉にメリアンはびっくりした。今までの王子の態度から、子供たちはともかく、まさか自分まで褒められるなんて思ってもいなかった。
メリアンは王都を離れた後、しばらく色々な場所を転々としていたが、妊娠が分かった時、お腹の子供が精霊魔法使いかもしれない可能性も考慮し、なるべく自然に囲われた場所を住処にと選んだ。精霊魔法使いは、自然を愛し、自然から愛される必要があることを知っていたからだ。
「あそこは穢れも少なく、とてもいい場所だった。・・・帰りたいか?」
ここまで強引に連れてきたくせに、なんでそんなに寂しそうな声で聞くのだろう。
メリアンは少し考え込んだあと答えた。
「確かに、あの村は自然豊かで、私たち三人にとってはずっと暮らしてきた家があり、思い出が詰まっています。けれど私にとって場所などは、本来どうでもよいのです。子供たちと幸せに暮らせれば、それだけで。」
「そうか。それはよかった。私も彼らの成長を見守っていきたいからな。」
穏やかな空気が流れている。
聞くなら今しかないと思った。今なら聞けるかもしれないと勇気が出た。
「・・・殿下。私はこれからもこの子たちの側にいられるのでしょうか。」
メリアンは、恐る恐る王子に訊いた。
王子は、メリアンの問いかけにびっくりしたように眉を顰めた。そしてしばらく黙り込んでいたが、やがて口を開いた。
「お前は、まだ勘違いしていたのか。・・・ああ、もちろんだ。お前たちが無事で、幸せに暮らせるように、私は全力で支援する。そのためにお前たちをここに連れてきたのだ。」
これからも子供達を育てていけること、そして自分は処刑されないことに心底ほっとして、涙がこぼれた。
王子はそのことに気づくと、焦った様子を見せながらも、溢れる水滴を指で拭った。
それから何も言わずにただ寄り添うように、二人は静かに子供たちの様子を眺めながら過ごした。なんだかふわふわした気持ちだ。
しばらくして、王子が立ち上がると、メリアンの手をそっと取る。
メリアンは顔を赤くさせ、王子の方を見ると、王子は困ったように目を逸らした。
「そろそろ子供たちも疲れただろう。」
名残惜しいような時間。
けれど、確かに子供たちは疲れ切って、地面にペタっとお尻をつけ座り、それに対してエリオットとモーリスはどうしようかと悩んでいるように見えた。
「二人を見ていただき、どうもありがとうございます。」
メリアンは子供たちの元へ駆け寄ると、二人に丁寧に感謝の言葉を述べた。エリオットは「お二人とも、素晴らしい魔法でございました」と褒めた。エリオットの言葉に双子は喜び、エリオットの鍛えられたバキバキの脚をそれぞれ片方ずつぎゅうっと抱きしめた。子供にあまり慣れていない様子のエリオットはその行動に少し戸惑ってはいたが、どこか嬉しそうだった。
その後、一行は宮殿へと戻り、メリアンたちを部屋まで送った。途中、リリスはヘトヘトで歩くのもままならなかったので、王子から担がれていた。そんなリリスを羨ましそうに見るルカに気づいた王子は、もう片方の腕で、ルカも抱き上げた。
部屋に入ると、メリアンは子供たちに「お昼寝の時間にしようか。」と声をかけた。
大量の魔力を使い疲れ切った子供たちは、すぐさまメイドに動きやすい服に着替えさせられた。二人は着替えると、即自分からベッドに寝っ転がり、同時に寝息を立てた。メリアンは二人を見守りながら微笑みを浮かべ、毛布をかけてやった。
「お疲れ様。おやすみ。」
そしてやさしく二人にキスをして、彼らがぐっすりと眠りについたのを確認する。メリアンは子供たちがぐっすりと眠る横で、深い安堵に包まれた。
(私もこれでやっと、眠れる・・・)
メリアンは、自分が処刑されると思っていた長い間、ずっと恐怖心に苛まれていた。でも先ほどの王子からの言葉を聞いて、彼女の命が保証され、心の重しは一気に取り払われた気分だ。
(私は生きて、これからも子供たちと一緒に幸せに暮らせるんだ!)
メリアンは、やっと心の底からほっとすることができ、まだ白昼だというのに、深い眠りにつき、次の日の朝まで起きることはなかった。