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精霊魔法

 カタルニア王国の王宮の裏庭は、そのままの自然を保ったような光景が広がっていた。高く太い木々が茂り、芝生は長く伸び、草花は自由自在に咲き乱れている。吹き抜ける爽やかな風に葉がそよそよと揺れる音が心地よく響く。


 太陽の光が木漏れ日となって降り注ぐ、最低限整備されているだけの道を、カタルニア王国第二王子フェルディナンド王子は青色のマントを身にまとい、メリアンと子供たち、そして騎士団長であるエリオットと側近のモーリスと共に歩いていた。


 メリアンは淡い黄色いドレスを、双子は形違いの水色の洋服を着ている。どれも、メイドが王都での最先端ファッションで、一押しだと選んでくれたもの。六年も離れていると、流行は変わるもので、今はレースがとても流行っているらしく、このドレスの上半分はレースをふんだんに使ったデザインだ。目新しいが、メリアンが好きな要素も散らばり気に入っている。子供たちは無論何を着ても似合う。


 この庭は精霊魔法の属性を代々受け継いてきた王族たちが、幼少期から精霊魔法の修行を行い、精霊たちと交流を深めるために使われている。そのため、庭全体が不思議な力に包まれたような神秘的な場所だ。なので王族でないものが足を踏み入れることは滅多にない。メリアンも入るのは初めてだった。


「ここだ」


 森の中を十分ほど歩いたところに、広場のような場所があった。そこには太い丸太が転がっていて、王子はメリアンにそこで座っているように伝えた。


「リリス、ルカ、私について来なさい」


 王子は、メリアンから存分に様子が見える程度離れた場所にルカとリリスを連れていくと、二人を自分の両脇に立たせた。


「よく見て、そしてよく聞くのだ」


 二人にそう伝えると、王子は深く呼吸をし、真剣な表情で手を合わせた。そして低く力強い声で魔法を唱え始めた。精霊を呼ぶ呪文は、一般的な言葉とは異なり、特別な音の調和と響きを持っている。

 精霊たちとの意思疎通は、言葉よりも音の方が大事とされており、高度な魔法を使おうと思えば思うほど、音の高低や響きなどの使いわけが必要になる。それゆえ、精霊魔法の使い手は音の微妙な違いを感じ取ることができる必要があった。

 精霊魔法は、精霊魔法の属性で生まれた者だけが持っている絶対音感がなければ、その力を覚えることも、使うことも不可能なため、精霊魔法の使い手は非常に限られた人々であり、彼らは特別な存在として歴史上この国では尊敬されていた。王族は古くから精霊魔法を操ることができる家系で、この力を継承し、守ってきた。


 王子が声を発すると、まるで自然界そのものが彼に反応しているかのように空気が震え、木々が軋む音が聞こえた。そしてその音に誘われるように、精霊たちが姿を現し始める。

 呼び出された多種多様な精霊たちは、王子の周りをクルクルと踊るように囲っている。彼らのエネルギーが集まることで、まるで王子の立っている場所だけが違う世界のように光を放つ。


「すごい!」

「すごいっ!」


ルカとリリスは王子の凄まじい魔力に圧倒されていた。


「精霊魔法は、自然にいる精霊たちを呼んで、彼らの力を自分の魔力に変える魔法だ」


 王子は子供にも分かりやすいように丁寧に説明した。


「精霊たちを呼び出すためには、ルカとリリスが彼らを大事に思うことを教えてあげなければならない。それによって、彼らはこうして力を分けてくれるのだ。」


王子の言葉に、ルカとリリスは納得したように頷いた。


「それでは、試しにやってみよう」


 二人は今見たことを一所懸命自分たちで実行に移そうとした。しかしそう簡単なことではない。何度も瞼を閉じ、心を静め、精霊たちと会話を試みる。もともとルカは水の精霊から、リリスは花の精霊から好かれていたこともあり、その二つの精霊はすぐに二人の元へ寄ってきた。しかし他の精霊との繋がりは今まで薄かったため、なかなか言うことを聞いてくれない。それでもめげずにじっくりと、じっくりと会話を重ねていく。すると少しずつ、言葉を超えた心の交流が生まれていくようだった。二人は陽だまりの中にいるような心地よい感覚に包まれた。


「わーっ!すごい!」


 ルカは、生まれつき魔法の波動を感じる能力が高く、精霊たちとの共鳴をより深めていく。今まで苦手だった風の精霊魔法もうまく使えるようになり、水の精霊と一緒に小さな雨雲を作り、雨を好きな場所に降らせることが出来るようになった。


 リリスも、精霊たちとのコミュニケーションをよりスムーズに行えるようになってきた。日陰で成長の乏しい草花に、土の精霊魔法で植物の成長を促し、光の精霊魔法の力を借りることで光合成を行い、咲かずに枯れ行く運命だった花を咲かせた。なんともリリスらしい魔法の使い方だ。


 二人は楽しそうに新しく習得した魔法をメリアンに向かって披露する。後で二人を見守る王子も誇らしげだ。


「二人ともすごいわ!」


 笑顔でそれを見守っていたメリアンは、大拍手をして、二人を称える。


 だが、同時に気持ちが重くなっていく。


 二人の成長は嬉しい・・・嬉しいけれど、一人きりで、今まで子育てをしてきて、自分だけでこれからも二人を育て上げようと思っていたのに、こうあっさりと、王子が現れたとたん、自分が出来ないことをやってのけてしまう。


(でもそれは悔しいという気持ちとは違う・・・)


 メリアンは自分が抱く複雑な感情に向き合わざるをえなかった。王子の存在は、二人の成長を促すだけでなく、メリアンにとっても幸せな時間をもたらしてくれている。


 こんな時間がずっと続いてくれたら・・・そう思わずにはいられなかった。

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