王子の本音
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「もう少しお話しされないでよろしかったのですか。」
長い廊下を歩きながら、フェルディナンド王子直属の騎士団の長であるエリオットは王子に後ろからそうつぶやく。エリオットは、フェルディナンド王子が、モーリスと同じくらい信用を寄せている。氷の魔法を扱う騎士としての強さも、王子への忠誠心も。
「メリアンの顔を見ると、いつも何を喋ったらいいのか分からなくなるのだ」
王子はため息をつき、答えた。
王子は昔からこうだった。
「六年もかけ、やっと見つけ出したのに、私が不用意に言葉を発して、またいなくなってしまったら・・・」
メリアンのことになるといつも弱気になる主にエリオットは慣れているように「けれど、あなたの態度は誤解を招きかねませんよ。以前のように」と忠告する。
「分かっている」
「それならばよろしいのですが」
王子はまた深くため息をついた。
「それにしてもあんな奥地に公爵令嬢であるメリアンが六年もの間住んでいたなんて。」
「隣国からの不法労働者を捕まえた際に、彼が国境近くで見たという赤髪の女性、それがメリアン様だとは今回訪れるまで半信半疑でした。けれど、メリアン様は昔からとても図太いお方でございました。」
「口を慎め。」
「おっと、失礼いたしました。しかし、ルカ王子とリリス姫は二人とも殿下の生き写しのようですな。探したかいがあったということです。」
「ああ、二人は・・・とても可愛い。」
王子は目尻を下げ、小さく口角を上げると、にやついた表情を浮かべた。微笑ましそうに眉を上げ、目をキラキラと輝かせていた。
「そのようなお顔もメリアン様にお見せすればいいのに」
「そんなカッコ悪いことが出来るか。」
「殿下はメリアン様の前では必要以上にカッコつけてしまいますものね。」
「そんなことはないつもりだが、どうしてもメリアンの前ではうまく出来ぬ。」
「それは愛故の悩みでございますね。」
エリオットは微笑んで言った。王子はエリオットの言葉にふと考え込んだ。
二歳年下のメリアンのことは、十一歳の時中庭で初めて会った時から可愛いと思った。
恥ずかしそうに隠す赤髪はまるで紅葉のように美しく、金色の大きな瞳は星屑が散りばめられたように光り、大人ばかりの王宮で育った彼にとって、こんなに純粋で、愛くるしい人間がこの世に存在するのかと衝撃を受けた。
それどころか、メリアンは年を重ねるにつれどんどんと美しくなっていき、周りのメリアンを見る目も、色っぽいものになっていく。
国王である祖父や王太子である父、に懇願し、メリアンとの婚約を取り付けたのは、王宮だけではなく、王国の者みなに、メリアンは自分のものだと分からせたかったからだ。
王子の独占欲など露知らず、メリアンは無邪気な子犬のようにただ一途に自分を追いかけてくれた。だからこそ、余計にメリアンの前では常に余裕ぶりたくて、年上で、大人っぽい自分を演出してしまう。
自分のせいで感情を揺らすメリアンがどうしようもなく可愛かった。少しでも優しくすれば、世界一幸せな人間のように喜び、少しでも冷たい態度を取れば、この世の終わりのような顔をする。
メリアンは何をしても自分のことが好きで、いつまでも自分の傍にいるだろうと高を括っていた。そんな幼稚な自分を思い出した。
そのせいで、メリアンを、あんなふうに悲しませ、傷つけ、自暴自棄にさせてしまったことを、メリアンが去ってから後悔しない日はなかった。けれど、だからといって、今更どうメリアンと接すればよいのだろうか。変わりたいと思っても、そう簡単に変わることは難しい。
「愛故の悩みか・・・」
「はい、愛する人の前では、自分自身を見失ってしまうことがあるのはよくあることでございます」
エリオットは優しく微笑んで、王子を慰めた。
「殿下も、メリアン様と同じく眠れない夜になりそうですね」
「それは困る。三人と会ってから、もう三日もろくに寝ていないのだ」
「宿でも私たちに任せておけばよいのにずっとドアの前で見張っていらっしゃいましたものね」
「ああ、ここに帰ってくるまでは、いつまた逃げ出さないか、ずっと不安だったからな。でも今日はお前たちに任せ、ちゃんと眠ることにする。明日は子供たちに精霊魔法を教えると約束したからな」
こんな生き生きとした王子を見るのは久しぶりだったエリオットは感極まって涙が出そうなのを、誇り高き王家の騎士としてこらえながら、主を寝室まで送り届けた。
王子が寝室に入った後、エリオットは部屋の前で立ち止まり、ここ数年のことを思い返していた。彼は長年、フェルディナンド王子を見守ってきた故に、メリアンとの関係についてはよく知っていた。メリアンが去った後、王子は心を閉ざし、周りの人々から遠ざかっていくようになってしまった。六年もの間、メリアンを探し続け、一度たりとも諦めず、執念で見つけ出した王子の思いは本物だ。
そして、今の王子の姿を見ると、メリアンがいなくなったことが彼にどのような影響を与えたのかを痛感する。
フェルディナンド様、どうか今度は愛を手放さぬように・・・、エリオットはそう願いながら、王子の寝室の前を去った。