王宮へ
王宮に向かう揺れる馬車で、子供たちは向かい側に座る男性の顔をじーっと見つめていた。自分たちと同じ銀色の髪と青い瞳を持つ大人。けれどそれ以上に彼の美貌と圧倒的なオーラに、目を奪われていたようだ。
最初は考え込むように窓の外ばかり見ていたフェルディナンド王子だったが、二人の視線に気づくと子供たちに微笑みかけた。メリアンは一瞬その甘い笑顔に驚いたが、そう驚くこともないかもしれないと思い直した。王子はいつだって、自分以外には普通に笑顔を見せていた。自分には向けられない、遠くから見る笑顔はいつもとても眩しかった。
どんなにフェルディナンド王子から憎まれていようが、メリアンの王子を想う心は、六年前から、そこだけ時間が止まっていたかのように変わらない。王子の笑みに、未だ燻り続けている恋心が揺さぶられる。
「先ほどは怖がらせて悪かった。私はカタルニア王国第二王子フェルディナンドだ。」
王子は子供たちに自分のことを紹介した。
「おうじさま?」
リリスが不思議そうに首をかしげると「ああ、そうだ。」と答えた。するとルカは我先にと、「ぼくはルカです。こっちはいもうとのリリスです。」と自分たちの名前を伝えた。小さな村であまり人と接することが無かったが、メリアンは子供たちに最低限の礼儀作法や言葉遣いを教えていた。それらを必要とする場面はほとんど無かったルカだったが、自分の言葉に少々不安になりながらも、一所懸命に言葉にした。
「二人は双子かい?」
「はい。」
「私には兄が一人いる。」
そんな他愛のない話が続いた。ルカとリリスも、最初は見知らぬ大人に戸惑いながらも、フェルディナンド王子が自分たちに何か悪いことをするわけではないことを子供なりに感じたようで、徐々に王子に心を開いていった。
そんな中、フェルディナンド王子は核心をついた質問をし、メリアンの胸をざわつかせた。
「ルカ、君が先ほど使おうとしていたのは精霊魔法かい?」
「うん、ぼくはせいれいまほうつかいで、みずのせいれいとなかよしなんだよ。」
ルカがそう答えると、「リリスははなのせいれいさんと・・・」とリリスも続けた。するとフェルディナンド王子はメリアンの方をチラリと見た。当のメリアンは動揺を隠しきれず、微かに息を呑んだ。
「おうじはどんなまほうをつかうの?」
ルカは目を輝かせて聞く。
「私も君たちと同じ精霊魔法だ。」
「へー!じゃ、ぼくたちのししょうになってください。ぼくたち、ししょうをさがしてたのです!おかあさんは、ひのまほうつかいなので。」
「なってください。おねがいします。」
フェルディナンド王子はフっと笑った後、二人の頭を撫でながら「良いだろう」と答えた。
メリアンは、子供たちとフェルディナンド王子とのやり取りを見て、ヒヤヒヤした。王子は、子供たちが自分の子であることに、容姿を見て既に気付いていたのだろうが、これで確信したという表情だった。
けれど、そのことをメリアン本人には直接聞いてはこない。そんな態度がメリアンを混乱させた。本当はメリアンから正直に告げるべきなのかもしれないが、今は何もかもが予測不可能な状態で、下手に何かをすると事態を悪化させる可能性があるかもしれない。だからメリアンは、今は何も言わず、静かに状況を見守ることに決めた。
馬車での旅は三日目にしてようやく王都に入った。王都は多くの人々が行き交い、活気があった。メリアンにとっては懐かしい光景だったが、子供たちには初めての光景で、馬車の窓から覗き込む二人は興奮気味だった。
「こーんなにいっぱいのひとをみたの、はじめて!」
「みてみて、あのおうち、すっごーくおおきい!」
子供たちは歓声を上げ、あれや、これや、と指をさして楽しんでいた。
次第に王宮へと続く大きな門が現れ、ゆっくりと開かれた。手入れの行き届いた美しい庭園が広がり、その中心には白い大理石で建てられた宮殿が聳え立つ。宮殿の周りには、近衛兵が守備についており、厳戒態勢が整えられていた。
馬車が宮殿の正面に留まると、派手な出迎えがあった。多くの家臣たちが集まり、フェルディナンド王子を迎えるために立ち並んでいた。
王子が馬車から降りると、彼らは深々と頭を下げた。
「フェルディナンド殿下、お帰りなさいませ。」
「ああ。」
そして彼らは揃って顔を上げると、フェルディナンド王子が自ら馬車から降ろした小さな双子に目を奪われた。銀色の髪と青い瞳、それだけですべてを察したようだった。
「殿下、どうかお二人の名を。」
王子の側近である、背が低く白髪で年老いたモーリスが、皆を代表し、訊ねた。すると、王子は誇らしそうに、「ルカとリリスだ。」と答えた。するとモーリスはルカ、リリスの手を一人ずつ取り、握りしめた。
「ルカ様、リリス様、私はフェルディナンド殿下に仕えておりますモーリスと申します。」
ルカもリリスも二人ともキョトンという顔をした。今まで自分たちのことに無関心な五十人ほどの村に住み、多くの人に出会ったことの無かった二人にとって、この数日間だけで、何十人もの大人に出会い、最初は怖かったが、それ以来彼らから敬意をもって接せられて、それが普通なのか、そうでないのか、分かっていない様子だ。
モーリスは更にそのあと馬車から降りたメリアンにも深々とお辞儀をした。
「メリアン様も、ご無事で何よりです。」
モーリスは、フェルディナンド王子が幼いころからずっと王子の教育係兼側近として傍にいたのでメリアンももちろん知っていた。モーリスの王子に対する忠誠心は絶対でありながらも、常に王子の周りをうろちょろしていて、でも相手をしてもらえないメリアンに対し、優しく励ましてくれたことがあった。王子とエレオノーラの恋路の邪魔の数々を見て見ぬふりをしてくれたことも。メリアンにとって自分の黒歴史をすべて知るモーリスとの再会は気恥ずかしさがあった。
「モーリス様もお変わりなく。」
メリアンは、深く礼をした。
「ここが、私の住まいだ。」
フェルディナンド王子は誇らしげに子供たちに言い、子供たちを先頭に宮殿の中を案内した。メリアンも、彼らの後ろに続く。宮殿に入った瞬間、懐かしい薔薇の香りに包まれた。高い天井や華麗な装飾、豪華な調度品など、全てが昔と変わらず美しい。広々とした廊下を進むと、たくさんの使用人たちが慌ただしく動き回っている。
フェルディナンド王子は三人を引き連れて、宮殿の中央にある中庭まで進んだ。そこには青い芝生が広がっている。色鮮やかな花々も咲き、高い木々は立派に立っていた。ふとメリアンの目に入ったのは、大きな白い花をたくさん咲かせたマグノリアの木だった。
(懐かしい・・・)
この中庭はメリアンが王子と初めて出会った場所だ。