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捕まる

 メリアンと子供たちが住んでいる村はカタルニア王国の最北にあり、人口五十人ほどの小さな村だ。村人のほとんどが隣国からの移民で、他人にあまり干渉がないので、この国では珍しい銀色の髪をした双子の子供たちを赤髪の女が育てていようが、気に留めるものはいなくて助かっている。

  基本的には自給自足の生活で、最初こそは貴族育ちのメリアンは苦労したが、前世の知識なども生かし、今ではもうこの生活にも慣れた。仕事はとくにしていないが、庭で育てている薬草や野菜を、出稼ぎに行く村人や旅商人と物々交換をしたりし暮らしている。母強し。


 アンデの森は、家から歩いて三十分ほどのところにある豊かな自然に恵まれた森だ。

 春には色とりどりの花が咲き、夏には小川のせせらぎが涼しさを運び、秋には木々が色づき、そして冬には、白銀の世界が広がる。

 この森は精霊たちの住処としても知られており、水、風、土、花などの多様な精霊たちが生息しているので、魔法の属性が精霊魔法のルカとリリスにとって、魔法を練習する場所としても適していた。


「ぼくはきょう、みずのせいれいまほうをやるんだ!」


 ルカは言い、両手を合わせ、森の中にある小さな池に向かって魔法を唱えた。すると、水面が一瞬輝いた後、周りに光が散り、花火のように美しい姿を見せた。


「すごい!ルカ!」


 リリスは拍手をしながら歓声を上げた。

 そしてリリスも負けずにルカに続いて、魔法を唱えると、近くに咲いていた花が、光を放ち、色とりどりに舞い散った。


「リリスがとくいな、はなのせいれいまほうだね。」

「そう。でもリリスもルカみたいに、みずのせいれいさんもよべるようになりたいな。」


 リリスは羨ましそうに言った。

 二人は何度も魔法の練習を繰り返した。すると、辺りに太陽の光を浴びた水と花が飛び交い、幻想的な光景となった。


「綺麗だね。」


 二人の魔法に感心するメリアン。最近の二人の成長はめざましかった。


 その時、いきなり嵐が巻き起こった。それはメリアンが常々心配していたことだった。精霊魔法はコントロールが非常に難しく、ルカが同時に呼び出した水と風の精霊の相性が悪く暴れ出したのだ。


 メリアンはすぐに両手に力を籠め、制御魔法を使い、それを食い止めた。ルカの魔法はまだ未熟であるため、メリアンの制御魔法で抑えることが出来たが、本来ならば、同じ精霊魔法使いでないと、精霊魔法を収めることは難しい。


 二人の成長がうれしい反面、最近はこのような悩みも増えてくる。魔法の属性は遺伝だ。二人は見た目から魔法の属性まで、父親であるフェルディナンド王子の血を濃く引いている。それはフェルディナンド王子をずっと愛してきたメリアンにとっては嬉しいことであったが、同時に難しいことでもあった。

 通常子供は親の魔法を見ながら育っていく。精霊魔法使いの二人と、火魔法使いのメリアンとは根本的に魔法の扱い方や出し方などが違うため、メリアンが彼らに教えられることは限られているのだ。


 メリアンは子供が使う程度の精霊魔法は使えるが、高度なものは使えない。とくに精霊魔法は、自分の力ではなく、精霊の力を借りる魔法なので、日常的な精霊とのコミュニケーションも大切だ。それゆえ複雑で、危険も伴うことも多く、精霊魔法の使い手から精霊との繋がり方などを教えてもらう必要がある。しかし、精霊魔法使いは、王族の血筋に多く、この辺りにはいない。


 それでも、メリアンは諦めるわけにはいかない。二人を一人で産んだ時にそう決めたのだ。


 何があっても、二人を立派に育ててみせると。


「早く二人の師匠を探さなければね。」


 メリアンは決意をもって二人に伝えた。すると、魔法を覚え始めの二人は嬉しそうに「そしたら、もっともっとまほうがつかえるようになるね。」「たのしみ!」とはしゃいでいた。


 アンデの森での充実した時間が終わり、メリアンたちは家に帰ることにした。しかし帰り道、いつもとはどこか違うような、不穏な空気が漂っているのを感じた。耳を澄ますと、ずしずしずし、と複数の駆ける足音が聞こえる。


(珍しいわ。)


 この森は普段、人の気配は皆無だ。


 メリアンは子供たちをさっと自分の懐に抱きしめ、周りを見回した。足音はだんだん大きくなっていく。不安を感じながら、二人には声を出さないようにと、「しー。」と口元を人差し指で触れた。


 すると二人は、母親の言葉に素直にうなずく。


 そのうち足音だけではなく、声も届くようになり、多数の人間がすぐ傍にいることが分かると、メリアンはより警戒心を強め、子供たちと一緒に息をひそめながら茂みの中に隠れた。


 草むらをかき分ける音がすぐそばまで近づく。心臓が高鳴る中、その者たちの様子をそっと窺う。鎧を身にまとった騎士が複数。王家の色である藍色マントを背負い、何かを探しているように森の中を見回していた。


(王族直属の兵?もしかして・・・)


 メリアンは、彼らが自分を探しているのではないかと不安になり、更に身を屈めた。

 しばらくすると足音が遠ざかっていくのが分かり、メリアンは子供たちに「もう大丈夫そう。」と伝え、立ち上がり、三人は、帰路を急いだ。

 しかし、三人が家の前に辿り着くと、鍵を閉めていたはずの扉は全開で、中からはガチャガチャと大きな音がした。


「ここで待ってて。分かった?」


 メリアンは、子供たちを大きな木の陰に隠し、先に家に入って確認してみることに。


 家に入ると、扉と言う扉はすべて開かれ、先ほど森にいた騎士と同じ装いの騎士たちが侵入していた。メリアンは咄嗟に火魔法で、彼らを撃退しようとした。手に火の玉を籠め、それを後ろを向いてカーテンの裏を探っている騎士めがけぶつけようとした。


 すると「メリアン様、おやめください。」と後ろから名前を呼ばれ、メリアンは驚いて振り返った。なんと、見知った顔が目に飛び込んできた。


 「エリオット・・・なぜ。」


 フェルディナンド王子に仕えていた第二王子付き騎士団の団長だ。

 彼は基本、王子がどこへ行くにも付いて護衛をすることが多い。


 ということは、王子もこの近くに・・・


 メリアンは嫌な予感がして急いで外に出る。すると泣いているリリスを背中に乗せたルカが玄関の前にいた。なかなか戻ってこないメリアンを心配したのだ。そしてまだ五歳ながら勇敢なルカは「おかあさんはぼくがまもるんだ!」と言い、水の精霊を呼び、メリアンの傍で構えていた騎士団長を攻撃しようとした。


 そのとたんルカの後ろに、ある人物が現れ、ルカの小さな魔法は彼の強大な魔力に潰されるように消された。


「魔力のコントロールがまったくなっていないじゃないか。」


 その人は、光沢のある銀の鎧を身に纏い、王家の紋章が金で刺繍された藍色のマントを背負っている。春風に靡く銀色髪は陽の光を浴びて、輝きを放っていた。


 メリアンがこの世で一番恋焦がれ、けれど一番会いたくなかった人だ。


「フェルディナンド殿下・・・」


 ついその名前を口にしてしまう。

 あれからもう六年も経っているのに、端正な顔立ちも佇まいも、何も変わらない。もはやその美しさや威厳は年齢を重ね、ますます増したようにさえ感じる。

 王子は王族らしく優雅に手を振り、騎士たちに合図を送った。すると、彼らは一斉に引き下がり、彼の後ろに控えた。


「殿下・・・なぜこちらに・・・」

「・・・お前を探していた。お前が消えたあの日からずっと。」


 こんな日がいつか来てしまうかもしれない、と何度も思った。

 愛する子供たちと暮らす幸せな日々の中、常にそんな不安を抱え生きてきた。そして、ついに起きてしまった現実に、メリアンは膝を折り泣き崩れた。


 たとえあの時、名義上は婚約者だったとは言え、一国の王子にあんな無礼を働いたことは、メリアンがどんなに遠くへ行こうと、どんなに時間が経とうと、許されるわけもないのだ。分かっていたことだが、あわよくば、どうか忘れて欲しいと思っていた。


(けれど、あの日から六年もの間私を探し続け、こんな辺鄙な村にまできて、探し出したなんて・・・)


 メリアンは王子の執念を感じ、覚悟を決めた。


 短い幸せだった。けれど最高の幸せだった。


 メリアンは不安そうにする子供たちの顔を眺めた。二人はたくさんの大人に囲まれて、声が出ないほど怯えている。


 ごめんなさい、こんなことになってしまって。

 愛してる、ルカ、リリス。


「殿下、どうか子供たちだけにはお情けを。」


 メリアンは必死に訴え、手首を差し出した。


 どんなに覚悟を決めたからと言って、腕も指も、恐怖で震えてしまう。

 前世では自分で死を選んだのに、大切なものが出来、死ぬことがこんなに怖いなんて。しかし王子はメリアンの腕をつかむと、メリアンを自身の胸元に引き寄せた。

 縛られる覚悟だったメリアンは驚いた。


「な・・・なんでしょうか。」

「ずっと、探していたと言っただろう。」

「私を打ち首にするために。」

「何を言っているのだ。とにかくお前を王宮に連れていく。」


 王子との予想外の接触に、ついドキッとしてしまったが、メリアンは自分を戒めた。


(メリアン、何勘違いしているの。これは抱擁ではなく、拘束よ。)


 王子の腕の中に閉じ込められているだけ。自分は王子にとっては憎き存在なのだから。


「こ、子供たちは・・・」

「子供たちも一緒にだ。」


 王子の言動に、メリアンは困惑した。このままどうにか逃してもらい、三人で静かにこの地でいつも通り暮らしたい。けれど、騎士団に囲われ、今は王子の言うことに従う他ないように思えた。

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