幸せ子育て
ー 六年後 ー
メリアンは、薄手のカーテンから漏れる朝の陽ざしで目を覚ました。ゆっくりと身体を起こし、横にいる双子のルカとリリスを見る。二人はくぅくぅと同じような可愛い寝息を立て、気持ちよさそうに眠っていた。
(ああ、可愛い。どうしてこんなに可愛いのかしら。)
子供たちの艶やかな銀色の髪を撫でながら、あどけない寝顔を存分に堪能すると、メリアンは布団を抜け出して、朝食の準備を始める。
火魔法で鍋を温めながら、同時にフライパンで卵を焼き、空いた手で野菜を刻む。時折、癖のある赤髪を払い上げながら料理を進めていく。その手際の良さは貴族令嬢だとは思えないほど。料理が完成すると、木製のテーブルに真っ白なテーブルクロスを掛けた。そして、パン、オムレツ、サラダなどを美しく盛り付けた皿と、あつあつのスープが入ったボウル、水用のコップ、そしてカトラリーを並べた。
息子のルカは、香ばしい匂いで目を覚ますとすぐにメリアンのところに駆け寄り、メリアンの太ももをぎゅっと抱きしめた。ルカは、やんちゃな性格で、よくイタズラをしてはメリアンを困らせることがあったが、そんなところもメリアンにとっては可愛い。
娘のリリスは、まだ眠そうに、青い目をこすりながら、赤ちゃんの頃から長く使っているお気に入りのブランケットを引きずり、ゆっくりとメリアンの方に歩いてくる。そのよちよちした寝起きの歩き方が、歩き始めのものと変わらず、愛くるしい。
やっとメリアンのところにたどり着いたところで、メリアンは、髪色も目の色もそっくりな双子を同時に抱き上げ、同じようにふっくらとした頬にそれぞれキスをした。
「ご飯出来ているよ。」
メリアンは一人ずつ食卓に着かせる。
「すべてのいのちにかんしゃして、いただきます。」
朝から元気のいい声のルカと、対照的に穏やかな性格をしているリリスの柔らかい声が小さな家で響く。
「はい、いただいてください。」
メリアンがそう伝えると、二人はまずパンを掴み嬉しそうに食べ始めた。
「おかあさん、このパン、とってもおいしいね!きのうのよる、やいたやつだよね。」
ルカが嬉しそうにパンを頬張る。
「そうよ、二人が手伝ってこねてくれたやつよ。リリスもおいしい?」
リリスは、口いっぱいにパンを咥えながら、こくりと頷く。
二人とも、しばらく夢中で食べていたが「ねえ、きょうはなにする?!」と、ルカは大好物のマッシュルームが入ったオムレツをフォークで突きながら、再び喋り始めた。
メリアンは少し考えた後、「今日はアンデの森に行きましょう。あなたたちの魔法の訓練もしなくてはならないし。きっと今だと、お花もたくさん咲いているわ、どう?」と返した。
「うん!」
双子は同時に発した。ルカは大きな声で、リリスは小さな声だったが、どちらもニコニコ嬉しそうな顔。
「もりには、どうぶつがいるかな?」
ルカは興味津々だ。
「冬眠明けのりすさんとか、うさぎさんとか、いるかもしれないね。」
「ライオンは?」
「ライオンはいないよ。」
「えー!」
ルカが残念がると、リリスは「ライオンがいたらリリスたちたべられちゃうかもしれないよ。」と不安そうに言う。
「そしたらぼくが、みずのせいれいまほうでたおしてやる!おかあさんとリリスをまもるんだ!」
「ありがとう。ルカはみずのせいれいさんとなかよしさんだもんね。」
メリアンは、子供たちのやり取りを微笑ましく見て、心底幸せを感じていた。
自分がまさかこんなに可愛い双子の母親になれるなんて思ってもいなかった。
長年想い続けた王子に純潔をささげ、一か八かだったが、彼の子を身ごもることが出来た。しかも二人も。
今のメリアンにとって、この二人の子供たちの成長を見守りながら生きることが何よりも幸せで、この幸せは絶対に手放したくない。
(なにがなんでもこの日々を守って見せる。)
メリアンは常日頃から、前世の記憶を胸にそう思っている。
メリアンには前世の記憶がある。
早川弥生、それが前世での名前だ。中小企業のサラリーマン家庭に生まれ、不自由なく育てられ、大学では薬学を学び、薬剤師として普通に働いていた。五歳年上の薬品会社の社員と二十六歳の時に職場で出会い、二十七歳で結婚をした。
結婚後はすぐに子供を作り、自分たちの手でしっかりと育てたい、と言う二人の意見が一致し、弥生は薬剤師を辞め、専業主婦になった。
二十代だし、すぐ子供は出来るだろう。
そう思っていたが、その願いは、不妊症によって打ち砕かれた。三年間の妊活はうまくいかず、弥生は三十歳の若さで、不妊治療を受けることになった。けれど期待するような結果もなかなか出ず、長期化し、精神的にも金銭的にも追い詰められる日々が続いた。
夫は最初こそ、彼女を慰め、支えてくれていたが、次第にその態度は変わっていき、あまり協力的ではなくなっていった。弥生にとってとても辛い時期だった。現実逃避をしたくて乙女ゲームにはまった時期も。そのことについても「お前は気楽でいいよな。」と仕事後の夫から責められることもあった。
気づくと弥生は三十三歳になっていた。周りの結婚、出産ラッシュが余計彼女にプレッシャーを与えた。
そんな時突然夫から衝撃的なことを告げられる。
3カ月前に知り合った女性を好きになり、その相手と関係を持ち、彼女は妊娠をしたので、彼女と結婚するために、弥生とは離婚したい、と。
つい先日、弥生ともしたのに?
そう問い詰めると「男は好きじゃなくてもヤれるんだよ。」と最後に言い捨てられた。
もちろん浮気をされていたことはショックだったが、それ以上に夫が他の女性と簡単に子供を授かったことで、自分が女として欠陥品だということを突き付けられ、それが何よりも弥生を苦しめた。
夫が家から出ていき、悲しみや孤独感に苛まれる日々。長年の妊活の結果が得られなかったことで、既に自分に対する自信を失っていた弥生は、夫に裏切られたことで、誰も信じることができなくなった。長年のブランクでつける職もなく、ただ憂鬱に過ごす日々が続く。ついに弥生は生きる意味を失い、この世から消え去ることを決意する。
人々を救いたいと得た薬の知識を自分の命を絶つために使うことに最後まで躊躇したけれど、もう苦しみたくない、もう自分を責めたくない、そんな思いが勝った。
そして致死量の薬を飲んで、弥生は人生の幕を下ろしたのだった。
・・・しかし、その幕は時空が変わり再び上がることになる。
弥生は生まれ変わった、乙女ゲーム『ミスティック・ロイヤル』の悪役令嬢メリアンとして。
フェルディナンド王子の二十歳の誕生日を記念する舞踏会の前日、メリアンが王子に純潔を捧げた後、メリアンは自ら姿をくらました。
ゲームでは、舞踏会で、王子はメリアンとの婚約破棄し、新たにエレオノーラとの婚約を発表する。そして、メリアンは、王子とエレオノーラに対する嫌がらせをずっとしてきたという罪で、国外追放を命じられてしまう、と言うシナリオだ。それならばメリアンが自主的にいなくなろうが、この世界の進行はゲームとは変わらない。
メリアンが、どこで何をしてようと、王子とエレオノーラは、晴れて結ばれ、結婚するというハッピーエンドが待っている。
そのことに心を痛めないかと言われれば、嘘になる。けれど、メリアンは王子の肌を初めて感じた時に決めたのだ。この報われない気持ちは封印して、自分の体の中に宿した可能性のある新しい命に賭けよう、と。そして前向きに生きよう、と。