決行
「ルカ、リリス、決行は今日だ。」
「はい、おとうさん!」
「はい、おとうさん!」
お父さん呼びも定着してきた初夏、フェルディナンド王子、ルカ、リリスが秘密裏に計画していたあることを実行する。
ー数週間前ー
「祖父上、お耳には既にお入りでしょうが、メリアンが戻りました。そして、この子たちは、私たちの子、ルカとリリスでございます」
フェルディナンド王子は祖父である国王に堂々と報告した。国王は驚く顔を見せることはなく、ゆっくりと頷いた。老齢による病気のために体力が衰え、国王は最近はほとんど寝台で過ごすことが多くなっていた。
近頃では喋ることもままならないため、政治的なことは全て王太子であるフェルディナンド王子の父親が務めている。
「メリ、アン・・・」
フェルディナンド王子とメリアンは国王陛下の声にならない声に敬意を払い頭を下げた。
「国王陛下、私の行動で、多大な迷惑をかけてしまったこと、甚く悔いております。」
メリアンは謹んで言葉を述べた。
「祖父上、どうか私たちを見守ってください」
フェルディナンド王子の願いに、国王は苦しそうな表情を見せながらも、微笑みを浮かべ、再び頷いた。 フェルディナンド王子はルカとリリスを国王の前に引き寄せ、子供たちは恐る恐る彼に挨拶をした。国王は微笑みながら、子供たちの頭を撫で、彼らを認めるような仕草を見せた。
そして、続けて王太子であるフェルディナンド王子の父親の元へ向かい、同じことを告げた。フェルディナンド王子の父であり、現在国政を取り仕切っている王太子は、「やっと来たか」と言い、深い溜め息をついたが、その表情は和やかであった。
「フェルディナンド、メリアン、そしてルカ、リリス、よくぞ戻ってきてくれた」
その後フェルディナンド王子は、別途個別で王太子である父親に呼び出された。王太子はフェルディナンド王子の肩に手を置き、親子二人きりの空間で話を始めた。このような時間を設けることは長らく無かった。
「フェルディナンド、今、陛下が倒れ、国民が不安に思う中、お前たちの関係にはきちんとしたけじめが必要だ」
「承知しております」
「私に伝えたと言うことは、その覚悟があるからなのだろうな」
「父上、もちろんでございます。メリアンを私の妃にすること、そしてルカ、リリスを王族として認めることのお許しを」
フェルディナンド王子は、覚悟を決めて言葉を続けた。その表情は、思い描いてきた未来への強い決意と希望に満ちていた。
「そうか。メリアンが失踪した六年間は、お前にとって辛い時間だったであろう。だが、人の数倍も成長した期間であったことは確かだ。お前がこれまで経験し、学んだことが、この国の未来を切り開く力になるはずだ。そしてそんなお前がメリアン、ルカ、リリスと共に、幸せになることは、国民にとっても幸せなこと。そのため、私はメリアンをお前の妃として迎え入れること、そしてルカ、リリスを王族として認めることを許す」
「ありがとうございます、父上」
「しかしこれがゴールではなく、これから先、多くの試練が待ち受けていることを忘れるな」
フェルディナンド王子は力強く頷いた。その目は、決意に満ちていた。
「この国の王子としての責任を全うし、国民のために尽力し、家族も守り抜くことを誓います」
「それを聞いて安心した。では、お前たちの結婚式の準備を進めよう。国民に喜びの知らせを届け、我が王国に新たな希望をもたらすのだ」
「はい。承知いたしました。けれどその前に、私にはやらなければならないことがあるのです」
ー現在ー
青空が広がる暖かな日、王子とメリアンは宮殿の中庭を散歩していた。サルスベリの蕾が徐々に色づき始めており、もうすぐこの庭は、綺麗なピンク色が咲き溢れるだろう。鳥たちのさえずりが心地よく響き渡り、庭園は幸せな雰囲気に包まれていた。
今日のメリアンは、いつもにも増し美しい。真っ赤なドレスが、彼女の白い肌を引き立てている。このドレスは、繊細な刺繍や軽やかなスカートが特徴だ。メリアンが王宮に来てから着ている他のドレスも、全て、フェルディナンド王子が、メリアンがいない間にメリアンのために仕立てたものだと聞いた時、メリアンは彼の愛情の深さにびっくりした。全てを着終えるまで、あとどれくらいの日がかかるのか想像もつかないほどの数がまだ眠っている。
今日は、陽が強いからと、王子に帽子をかぶらされた。真っ白な帽子には、赤いリボンがついていて、これも、メリアンのために特注したらしい。どこか、昔かぶっていたものと似たデザインの帽子に、メリアンは懐かしさを感じた。偶然だが、今日の服装ともマッチしている。広いつばが陽を遮り、メリアンの顔を優しく包み込む。
「とても似合ってる。お前の赤髪ともぴったりだ」
フェルディナンド王子はメリアンを見つめながら、満足そうに微笑んだ。
「ありがとうございます、殿下。あなたが用意してくださるものは、いつも私好みで、どれも素晴らしいものばかりで、とても幸せでございます」
王子は優しくメリアンの手を握り、彼女の目を見つめた。
その時、風がさっと吹いて、メリアンの帽子が飛ばされた。メリアンは驚いて帽子が飛んでいく方向を見つめた。その先は、今は葉だけになっている、『あの時』のマグノリアの木だった。
「初めて会った日、お前はこの木を悲しそうに見ながら泣いていたな」
フェルディナンド王子は感慨深そうにそう言った。
「はい、殿下。この髪色が好きではなかったもので、どうしても帽子で隠したかったのです。けれど、この髪色も今は、そう悪くないかと・・・貴方様のおかげで思えるようになりました」
嬉しそうに言うメリアン。フェルディナンド王子は、片手を挙げ、以前よりもスムーズに、風の精霊魔法を使い、その帽子を取り返した。そして、それを手に持ちながら、メリアンを見つめた。
「メリアン、私はあの日、お前のことを天使のようだと思った。可愛くて、無垢で、神々しかった・・・。この髪色もずっと気に入っている。あの頃からお前を私の妃にと望んでいた。それはもちろん、お前がいなくなった六年間も、今も変わっていない。お前がいることが私の力である」
フェルディナンド王子は真剣な表情だ。そしてメリアンの前で跪いた。
「お前はまだ形式的には、私の婚約者のままだ。けれど、それは子供だった私が、お前を独り占めしたいからと、王族の権力でお前を婚約者にさせたまでだ。こんな私だ。お前にとって、良い夫であり、子供たちにとって尊敬出来るような父親であることを心がけていくつもりだが、これからも不用意にお前を傷つけてしまうこともあるかもしれない。けれど、どんな時でも私はお前のことを愛していると言うことを、信じてほしい。私の命をかけて、お前と子供たち、そして、これから増えるかもしれない家族を一生愛し抜くことを誓う。だから、メリアン・・・、メリアン・シュトルツ、私の赤髪の天使・・・、私と結婚してくれ」
そうして、フェルディナンド王子は手に持っていた帽子をメリアンの頭にかぶせた。メリアンはその瞬間、感極まったような表情を浮かべて王子を見つめた。
「フェルディナンド王子、もちろんです」
メリアンがそう言葉を発した瞬間、周囲に不思議なエネルギーが集まる気配がした。そして色とりどりの花びらが舞い、噴水からは高く水が噴き出した。そして大きな虹が掛かった。その光景はまるで二人を祝福しているよう。それが、二人の様子を陰で見ていたルカとリリスの精霊魔法によるものだと知った時、メリアンの堪えていた涙が溢れ出た。
二人はこの日のために、一生懸命王子と練習をしてきた。帽子を飛ばすところから、噴水や花びら、虹の演出まで、すべてを子供たちと一緒に考え、計画してきたのだ。
子供たちはモーリスに連れられ、嬉しそうに二人の前に現れた。
「おとうさん、成功したね!」
自分たちの魔法が成功したことと、両親の幸せそうな姿に大喜びの子供たちを、フェルディナンド王子は抱き上げた。
「ああ、お前たちのおかげで大成功だ!ありがとう」