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12/19

王子

 次の日の朝は控えめに叩かれたドアのノックで目を覚ました。


「誰だ。」

「エリオットでございます。」


 フェルディナンド王子の許可を得た後、昨夜の情事を知るエリオットが、申し訳なさそうに扉を開く。昨日、図書室からメリアンが抱かれながらフェルディナンド王子の寝室まで連れていかれた姿は数多くの使用人にも目撃され、そのあと、数時間も部屋から出てこなかった二人のことをエリオットや、フェルディナンド王子の周りのものは皆察していた。


「殿下、失礼いたします。けれど、早いうちにお耳にいれていただかなくてはと思いまして。」

「構わぬ、なんだ?」

「早朝、早馬がまいりまして、ハンネス様が本日ご帰還されるとの報せが入りました。」

「おお、そうか。」

「それでは、お邪魔いたしまして申し訳ございませんでした。」


 ここに自分がいることは筒抜けなのを分かっているため、なんだか気恥ずかしくて、メリアンは狸寝入りをしながら毛布の中に隠れていた。

 エリオットが部屋から出ると、フェルディナンド王子は、明らかに丸く膨らんだかけ布団を見て、可笑しそうに笑った。これでメリアンは隠れているつもりなのだろうか、そう思いながら、その上から、包むようにメリアンを抱きしめた。


「メリアン、起きているのだろう?本日兄上が帰還されるそうだ。お前も出迎えに共に来てくれるか。」


 フェルディナンド王子の問いかけに、メリアンは、布団から顔を出した。


「・・・わ、私が?」


 声が裏返った。しかし、そんなことなど気にしないようにフェルディナンド王子は、「ああ、そうだ。子供たちも一緒に。」と伝えた。




 宮殿前には、カタルニア王国王太子の嫡男である第一王子、ハンネス王子を迎えるために多くの家臣たちが一列になり、彼の到着を待っていた。メリアンが部屋に戻ると、子供たちはすでに起きていて、メイドに世話を焼かれながら、明らかにいつもよりも豪華に、金色が多く入った服に着替えさせられていた。


「メリアン様はこちらのものを」


 メリアンにも、ベースがラベンダー色で、たくさんのフリルや宝石がついたドレスが用意されていた。ゴージャスな服装の三人は、正装をしたフェルディナンド王子と共に最前列に加わった。何を身につけていても・・・身に付けていなくても、美しいフェルディナンド王子だが、普段よりも、格上の服にドキドキする。

 そんなフェルディナンド王子を挟んだところにいるのは、メリアンよりも、更に豪勢なドレスを身に付けたエレオノーラだった。そんなエレオノーラの横顔を見て、メリアンの胸はチクリと傷んだ。

 昨夜のことは、褒められたことではない。

 家臣たちも、周りのものもみな、昨夜の情事を知るように、メリアンと王子のことをいつもよりもニヤけた表情で見てくるので、きっと、エレオノーラの耳にも入っているかもしれない。そう思うと、どんなに自分のフェルディナンド王子に対する気持ちが強くても、エレオノーラに対して申し訳ない気持ちと罪悪感が心を占める。

 けれどエレオノーラは隣にいるフェルディナンド王子に、笑いながら話しかけている。やはりこれは正妻の余裕なのだろうか。

 やがて、宮殿前に王家の家紋が彫られた馬車が現れた。

 馬車は金箔で輝いており、それを引く白馬たちも美しく飾られていた。家臣たちは馬車が近づくにつれて、静かになっていく。そして、馬車が止まると、家臣たちは一斉に頭を下げた。

 カタルニア王国第一王子ハンネス王子は馬車から降り、ここに集まる者たちに迎えられた。フェルディナンド王子よりも、少し濃い銀色の髪が風になびいている。アメジストを嵌めたような紫の瞳は高貴な雰囲気を醸し出す。

 ハンネス王子はまず先に、自分の弟のところに寄った。


「兄上、お疲れ様でございます。」

「ああ。」


 兄弟は熱い抱擁を交わした。二人はとても似ている兄弟だったが、ハンネス王子のほうが、ひとまわり体が小さい。幼い頃、流行病にかかり、命をも心配されたらしいが、奇跡的に回復したという過去があり、彼の存在は国民にとってより尊いものとなった。

 そんなハンネス王子は隣にいるメリアンと子供たちを見た。


「メリアン、お久しぶり。あなたがこちらに戻って来たという知らせは聞いていた。弟が迷惑をかけていないかい。」

「め、迷惑なんて、そんな…私も子供たちもとてもよくしていただいております。」

「ほお。」


 興味深い様子でハンネス王子はフェルディナンド王子を見た。


「もういいではないですか、兄上。メリアンよりも、エレオノーラを。」


 何気ないその言葉にメリアンはどうしても敏感に反応してしまう。

 けれどそれはしょうがない。

 それも含めて、フェルディナンド王子を愛するということなのだ。


 ハンネス王子はもう少し弟を揶揄いたそうな名残惜しい顔をしながらも、エレオノーラに近づいた。するとエレオノーラは深々と礼をした。


「殿下、お帰りなさいませ。」


 そして、エレオノーラが顔をあげると、「我が妃。」と言い、手にキスをした。


 その瞬間メリアンは、何が起こっているのかわからなかった。


 そして、ハンネス王子はそのまま自ら屈み、エレオノーラの腹部に顔を近づけ、「私の子は元気かな。」

 と言い、膨らみにキスをした。周りはそれを微笑ましそうに見ている。


(ど、どういうこと・・・)


 メリアンはあまりの衝撃と混乱に囚われた。その上昨夜の疲れもあり、頭がクラクラとして、ふらっと倒れてしまった。




 メリアンは夢を見ていた。

 いや、これは夢というよりも、メリアンの前世、早川弥生の記憶だ。

 前世の記憶というものはやっかいなもので、いっぺんに全てが思い出されるわけではなく、細かい記憶などはこうして突如思い出される。


 弥生は、不妊治療の結果に落ち込み、家に帰り、乙女ゲームをしている。もちろんしているゲームは大好きな『ミスティック・ロイヤル』。

 魔法の国カタルニア王国の新人メイドのエレオノーラが主人公で、攻略対象はイケメンだがキャラに癖のある王子たちや、貴族たち。

 弥生は、好きな人にだけとことんツンデレキャラである銀髪碧眼のフェルディナンド王子推しで、このゲームではずっとフェルディナンド王子ルートばかりをプレイしていた。夫にバレない程度に、キャラクターの小さなフィギュアやグッズを集めたり、暇さえあればゲームの情報などを漁ったりしていた。

 SNS上では、ハンネス王子ルートが一番人気のようだ。無自覚タラシのハンネス王子は弥生の好みではなかったので、プレイをしたことはそれまで一度も無かったが、このハンネス王子ルートでは、「フェルディナンド王子が大活躍」するという情報を見て、フェルディナンド王子の活躍ぶりを見たいがためだけに、一度ハンネスルートもプレイしてみることに。

 ヒロインのエレオノーラと、攻略対象のハンネス王子は、初対面で強く惹かれ合うも、ハンネス王子は第一王子という立場から、二人の恋には消極的だというストーリーラインのようだ。

「エレオノーラ、私から見ても、あなたたちは、互いに惹かれ合っている。兄は立場上、君を受け入れられないとしているが、いずれ王太子、更に国王として、重い責務を果たさなければならぬ兄上には、君のような心から惹かれ、愛し合うことの出来る女性が必要だ。」

 なんと、攻略対象としてはツンデレで拗らせキャラなのだが、こちらのルートでは、兄の幸せを願う、兄想いのフェルディナンド王子が、エレオノーラの相談役として活躍するのだ。

 フェルディナンド王子の二十歳の誕生を祝う舞踏会のイベントももちろんある。舞踏会は表向きは、フェルディナンド王子のためのものだが、訪れる国中の令嬢の中から、未だ婚約をしていないハンネス王子が婚約者候補を探すための場でもあった。エレオノーラは、普段は明るく振る舞っているのに、そのことを知ると落ち込んでいた。

「兄さんを驚かせよう。」

 フェルディナンド王子はそんなエレオノーラや、ハンネス王子のために、主催者特権でエレオノーラを招待し、最上級のドレスを用意したのだった。




 メリアンは目を覚ました。

 視界の中には、心配そうにメリアンを見つめるフェルディナンド王子がいた。


「フェルディナンド様…」


 メリアンは自分がずっと勘違いしていたことに今になって気づいた。

 今まで、自分が転生したこの世界は、エレオノーラとフェルディナンド王子を中心に回っている世界だと思っていた。けれどここは、エレオノーラがヒロインで、ハンネス王子が攻略対象の世界だったのだ。


「メリアン・・・大丈夫か?」

「ええ。」

「良かった。」


 フェルディナンド王子はほっとしたように呟き、メリアンの手を強く握った。なんでだろう、それがわかると、王子の行動が自分へ愛のあるもののように感じてしまう。

 メリアンは堪らなくなって、体を起こした。そして青い瞳を見つめた。


「殿下、私はあなたをお慕い申し上げております。」


 フェルディナンド王子は、メリアンの突然の告白に顔を赤くさせた。そしてその顔を空いた方の手で覆い隠した。


(もしかして恥ずかしがっているのだろうか。)


 今までずっと、メリアンから顔を逸らしていたのは、メリアンが嫌いだからだと思っていた。けれど、もしそうではなかったら・・・?


「どうか、あなた様のお心をお聞かせ願えますか。」

「お前の直球は怖い。」

「・・・」

「王子たるもの、常に相手に本心を見抜かれてはいかぬため、平常心でいなければならない。私はいつも、お前の前では、立派な王子でいたいのだ。けれど、お前はいつだって私の平常心を乱す。」


 フェルディナンド王子は深い溜め息をついてから、再びメリアンに向き直った。


「私がお前に対して抱く感情は、お前が抱くものと同じ・・・またはそれ以上だ。」


 メリアンの心は、フェルディナンド王子の言葉に震えた。


「ほ、本当ですか?」


 メリアンの目は涙で潤んでいた。フェルディナンド王子はメリアンの手を取って軽くキスをした。メリアンの視線は、もうずっと王子に向けられている。


「あまり、見ないでくれ。」


「・・・どうしてですか?」


「お前に見つめられると、顔がこう・・・赤くなってしまうのだ。格好がつかぬ。」


 王子がとことん自分と目を合わせるのを避けていた理由はこれだったのだ。なんて不器用な人なのだろう、とメリアンは思った。


 そして愛しさが倍増する。


「殿下は、お綺麗です。どんなお姿でも。」


 メリアンは、感極まってフェルディナンド王子に飛び込んで抱きつくと、フェルディナンド王子は、しっかりとメリアンを受け止めた。


「お・・・お前も、初めて会った日から・・・ずっと・・・」

「ずっと?」

「・・・ずっと・・・」

「・・・はい。」

「・・・か・・・可愛い。」


 どんな顔をして言っているのだろうかと、顔が見たい。けれどフェルディナンド王子は見せまいと、メリアンを強く抱きしめる。それでも、やっとのことで首を曲げると、王子の耳は真っ赤になっていた。

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