情熱
メリアンは広い宮殿の中、自然とある場所を目指して走っていた。
子供のころからずっと辛いことがあると、この場所に来てしまう。
宮殿内にある数々の図書室の中でも最も入り組んだ場所にある図書室。
マニアックな古い本ばかり置かれているこの図書室は、普段誰も訪れることはなく、たくさんの人たちが行き交う宮殿で、一人になりたい時には、ちょうどよい場所だった。
掃除だけはきちんと定期的にされているため、埃っぽいことも無い。綺麗に装丁された歴史を感じる書籍の独特の紙の香りや、それらがビシッと並ぶ本棚のオークの香りがほのかに漂う落ち着く空間。特に本好きだというわけではないが、メリアンはこの雰囲気に包まれるだけで、心がいつも安らいだ。
メリアンは自分が好きな装丁の本を本棚の1箇所にまとめていて、それがまだ同じ並びで並んでいるのを見つけた。
(ここも六年前と全く変わらない。あれから、この場所を利用する人はいなかったんだろうな。)
その中でもとくにお気に入りだった愛について書かれた詩集もまだある。その背表紙はバーガンディー色で、金色の文字で「愛は見えない」と言うタイトルが記されている。その文字に触れた瞬間、扉が開く音がした。メリアンは急いで、部屋の奥の方に隠れたが、行き止まりのため、結局は見つかってしまう。
現れたフェルディナンド王子は、全速力で走って来たのだろうか、短い息を吐いている。そして王子はメリアンを壁に押し付け、彼女を囲むように手を壁に置いた。
「殿下、どうしてここが。」
「お前が事あるごとに、いつもこの図書室に隠れていたのは知っている。」
メリアンはびっくりした。あの頃ずっと自分に興味が無さそうだったフェルディナンド王子が自分の些細な行動を知っていてくれていたなんて。
「一体、どうしたというのだ?」
フェルディナンド王子は、メリアンの濡れた頬を愛しげに撫でた。
「・・・」
「・・・もしもエレオノーラのことならば、お前が気にすることなど一つもない。」
そしてフェルディナンド王子はゆっくりと顔を近づける。
「…勘違いしてしまいます。」
「何を勘違いするというのだ。」
メリアンに拒否をする暇も、驚く暇も与えないほど早く、フェルディナンド王子はメリアンの唇を奪った。メリアンは一瞬動揺したものの、いっこうに離れないフェルディナンド王子の熱いキスに徐々に応えていく。
(どうしてこんなことを・・・あなたはエレオノーラと結婚して、子供も・・・)
頭が追いつかないけれど、体は正直なもので、もっと深く繋がりたいと思ってしまう。
やがて顔が離れると、フェルディナンド王子はメリアンの赤い髪を撫で、苦しそうな表情をしながらメリアンを見つめた。
「お願いだから、もう私から逃げるな、メリアン。」
フェルディナンド王子はそう言うと、メリアンを強く抱きしめた。
(このまま彼に抱かれていたい。でも・・・)
メリアンは複雑な気持ちで、フェルディナンド王子から離れようとした。けれど、彼はそれを許さなかった。
(残酷な人・・・けれど私はどうしたってフェルディナンド様を愛している。もうそういう運命なのだ。それならば、二番目の・・・もう何番目の女だって、いい・・・)
やっと力強い抱擁が緩まると、メリアンはこんな時まで美しい顔を見つめ、心臓が更に高鳴るのを感じた。深呼吸。でも、落ち着けない。昂る興奮は抑えられないところまできている。
その欲望のまま、メリアンは、今度は自分からフェルディナンド王子の唇にキスをした。
「・・・っ」
戸惑う唇はほんの一瞬で、王子はすぐにメリアンに応えた。甘ったるいキスに蕩けてしまいそう。
(好き・・・大好き・・・)
メリアンは厚い胸に抱かれ、同じくうるさい心臓の鼓動を感じた。まるで時間が止まったかのような、至福の時間。衣服が、一枚、また一枚と、床に落ちていく。静かな図書室で、二人の粗い吐息が重なる。そしてそのまま熱い情熱に身を委ね、二人は再び一つになった。
気づくと、メリアンは巨大な寝台にいて、産まれた時の姿のまま、フェルディナンド王子に抱きしめられていた。鍛えられた太い腕は、六年前よりも、ギッシリと力強いものだった。
ここはフェルディナンド王子の部屋だ。
あの後、何度交わっても収まらぬ熱を、フェルディナンド王子の部屋にも持ち込んだ。長い間、二人は互いを求め合い、その度にメリアンは現実に苦しみながらも、やめられなかった。何度も、何度も、求めては、果て、やがて気を失ったようだった。
今、目に入る光は、窓から溢れる月光のみで、メリアンは慌てふためいた。
「・・・子供たちは。」
メリアンが起き上がろうとしたが、フェルディナンド王子は自分の腕の中にいるメリアンを放さなかった。
「モーリスが今夜は子供たちを見てくれるそうだ。」
「モーリス様が?」
「だから心配しなくてもよい。」
「・・・でも。」
「お前はルカとリリスにとって素晴らしい母親だ。でもたまには、こうして休んだっていいのではないか。もうお前は一人ではないのだ。」
そう言い、フェルディナンド王子はメリアンの耳元に口を近づけた。
「寝なおすか?それとも・・・?」
フェルディナンド王子の湿っぽい囁きに、メリアンが顔を赤らめると、王子は甘い顔をして笑った。こんな無邪気な顔を今まで見せてくれたことはない。想う気持ちが強くなり、体の中が沸々と熱くなる。
「殿下・・・」
「なんだ?」
「・・・それとも、の方で。」
フェルディナンド王子は、困ったようなため息をついた。
「メリアン、お前は本当に、たまに突拍子の無いことを。」
熱っぽいメリアンの瞳に、我慢できなくなったフェルディナンド王子は言葉を途中で切り、メリアンを抱きしめた。そして、メリアンの赤い波打つ髪の毛に優しく触れ、愛おしそうにキスをした。