お祭り
「えへへー。浴衣や~」
それから数時間後。そこそこおいしくていかにも民宿のゴハンといった感じの夕御飯を食べ、お風呂を済ませたあたしたちは、用意されていた浴衣に袖を通した。
あのあと案内された部屋は、まあ狭くも広くもない普通の和室だった。
ただ、ふたつある窓の内のひとつは例の山に面していて、あまり景色がよくないのが難点と言えるくらいだ。ちょっとだけ威圧感があるのだ。
弥生はすっかり体調が回復したらしく、嬉しそうに浴衣の袖をひらひら振って遊んでいた。
楽しそうなのはいい事だが、ずいぶんとはしゃいでいるのでつい訊いてみる。
「ずいぶんと嬉しそうねー。あんたってそんなに浴衣好きだったっけ?」
「好きとか以前の話や~。ウチ、浴衣着るの初めてやもん」
「えっ? そうだったっけ? 夏祭りとかで着てなかった」
あたしはちょっと驚いてしまった。
いくら都会育ちのあたしでも、浴衣の一着や二着は持っているというのに。
弥生は拗ねたようにあたしを見上げた。
「なに言うとるんや~、美代ちゃん。ウチ、お祭りなんか一回も行ったことあらへんで~」
「ええっ? うっそ!」
さらに驚いた。
確かに弥生は年中入退院を繰り返していて、夏休みも大半は病院にいるが、でも、一度も行ったことがなかったなんて……。
「ウチ、どういうわけかいっつもお祭りの日に入院の日が重なったり、体調が悪くなったりして、一回もお祭り行ったことなかったやん。美代ちゃん、忘れてしもたんか?」
「ご、ごめん、それは本当に知らなかったわ。というか、気づかなかった」
「もー、ひどいなあ。ウチのコンプレックスなんやで、いいや、トラウマや、トラウマ」
「ご、ごめんごめん。これは本当にあたしが悪かったわ。気づかなくてごめんなさい」
「もー」
どうやら弥生は本気で怒っている(傷ついている?)ようだったので、あたしは一生懸命謝った。
とりつくろうように言う。
「ほ、ほら、だったらさ、確かこの町でもうすぐお祭りがあるって言ってたじゃない。それを一緒に観に行こうよ、ね」
あたしは半ば思いつきで言ったのだが、弥生の反応は予想以上に良かった。
「ほんま? わーい、やったー!」
どうやら本当にお祭りに行きたかったらしい。あたしはほっとする半面、ちょっと申し訳ない気持ちにもなった。弥生の気持ちにちっとも気づいてあげられなかった。
「えへへー、ついにウチもお祭りデビューかー」
「こらこら、浮かれるのは早いわよ。この旅の本当の目的を忘れたの?」
あたしは罪悪感から目を逸らしたい気持ちも手伝って、話題を変えた。
「もちろん覚えとるでー。ウチの親捜しや」
「そゆこと。なんとなく勢いでここまで来ちゃったけど、そもそもアテはあるの? いくらなんでもやみくもに探したって見つからないわよ」
それを聞くと、弥生は意味ありげな笑みを浮かべた。
「んっふっふー。美代ちゃん、ウチを甘く見んといて欲しいなー」
「なによ。どういう意味?」
「じゃーん。これや、これ」
弥生は自分のカバンのなかから、謎のファイルケースを取り出した。
「なにこれ?」