電車にて2
「出来たで~」
「あたしも出来たわ。じゃ、ちょっと交換……って、うまっ!」
弥生の絵を一目見た瞬間、あたしのなかに電流が走った。誇張ではなく本当に走った。
そこに描かれていたのはもちろん、大学ノートに絵を描いているあたしの姿そのものだ。
写実とマンガ的なデフォルメの中間ぐらいの絵で、シンプルだが特徴をよく捉えている。
たとえなにも聞かされていなくても、あたしはそれがあたしのことを描いた絵だと即座に分かっただろう。
だがあたしが驚いたのは、そういった技術面だけのことではなかった。
その絵が持つ独特の臨場感というか、雰囲気だ。
こちらを向いて(つまりは弥生の方を向いて)シャーペンを走らせているあたし。そのあたしが、ふと顔をあげた瞬間の、その楽しげな表情。絵を描くというという真剣作業の合間に見せた刹那の表情を、弥生のペンは見事に捉えていた。
そう、一言で言えばその絵は、とても『楽しそう』だった。
正直、このまま家の壁にでも飾っておきたいくらいである。
「うわ……アンタ、相変わらずむちゃくちゃウマいわね。正直、嫉妬しちゃうわよ」
「あはは。ありがとなー。でも、美代ちゃんも上手やん」
「うーん、下手とは言わないけど、なんかあたしの絵って固いのよねえ」
弥生と再びノートを交換し、そこに視線を落として、あたしはため息をついた。
あたしの絵は、弥生の絵よりもより写実的に弥生を描いている。
技術だけ見ればもしかしたら弥生よりも上手いのかもしれない。
しかし、あたしの絵からはなにひとつ伝わってくるものがないのである。
正直、これならモノクロの写真でも見ていた方がまだマシだ。
「はあ……こんなんだから『キャラに気持ちがこもってない』なんて言われちゃうのかしら……」
「気にすることあらへんて、美代ちゃん。それになんやったら、せっかく旅に来たんやし、旅の思い出をたくさん描いてスキルアップしたらええやん。思わぬ心境の変化があるかもしれんで」
「……そうね。せっかくなんだし、修行のつもりで描きまくってみましょうか」
結論から言えば、この旅は思わぬ心境の変化どころかあたしのその後の人生観をガラリと変えてしまったのだけれど、このときはまだそれぐらいの軽い気持ちでしかなかった。
なによりこのときのあたしにとって、この旅は弥生の親捜しのお供、弥生のささやかな願いを叶えてあげる手伝いくらいの気持ちでしかなかった。
弥生が、本当は親捜しなんてどうでもいいと思っていたなんてことは、もっとずっとあとになって知ったのだった。