第一話 旅立ちは突然に!
「ウチなぁ、もうすぐ死ぬねん」
それは、高校生活最初の夏休みを目前に控えた、昼休みの教室での出来事だった。
その当時十五歳のあたしと向かい合わせで昼ごはんを食べていた同級生、弥生が唐突にそんなことを言って来たのだ。
まるで昨日の晩ゴハンの話でもするかのように、平然と。
だからそのときのあたしも、いつものごとくしれっと答えたのだ。
「知ってるわよ。余命半年でしょ?」
「ちゃうちゃう。正確にはあともう五カ月と二週間や」
弥生はそう言って、いつも通りのおっとりとした笑顔を浮かべた。
いつもは血の気がなくて紙のように青ざめている弥生の顔だが、その日はいくぶん、元気そうに見えた――ように記憶している。
きっと、五日ぶりの登校なので弥生もテンションが上がっていたのだろう。
そう、弥生は、もう長く生きられない。
十万人だか百万人だかにひとりの病気を生まれつき持っていて、物心ついたときからずっと病院で本格的な治療を受けていたのだが、ついにそれも限界に来てしまったらしいのだ。
医者から年内いっぱいの命と告げられたのは、二か月前、五月の始めである。
そのことを弥生から知らされたとき、あたしはショックを受けた。
ハンマーで頭を殴られたようなショックを受けて、目の前が真っ暗になった。
だけど、あたしは泣かなかった。
弥生も泣いていなかった。それどころか、弥生は今と同じように、平然としていた。
悲しくないはずなんてない。
ショックを受けていないはずなんてない。
だけど、幼馴染であり、一番の親友であるあたしと弥生の間には、あるルールがあるのである。
絶対に、弥生の病気のことでお互いに暗い顔をしない。
それは、ハッキリとそうしようとふたりで決めた約束ではないけれど、いつの間にか出来あがった絶対のルールなのである。
弥生は物心ついたときから、周囲の人間に気を使われて生きてきた。
生まれてすぐに生みの親に捨てられ、児童養護施設のなかで育ち、病院と施設を行ったりきたりする日々。
学校にも満足に行けず、行事にも参加出来ない彼女を、周りの人間は本当に気の毒がり、優しく接してくれた。
だけど、それはかえって、弥生の心を傷つける結果にしかならなかった。
優しく労られ、大事に扱われれば扱われるほど、気の優しい弥生は申し訳なく感じ、自分の存在そのものに引け目を感じてしまうのである。
自分がいると、周りの人たちに迷惑をかけてしまう、と。
彼女のそんな性格に気づいたあたしは、そのときから、弥生を特別視することをやめた。
弥生がどれだけ大変なものを背負っていようとも、病気の話題を持ち出そうとも、弥生の前では平然とし、他のひとと変わりなく接することにしたのである。
弥生もそれが嬉しかったのか、自然と話し相手にあたしを選ぶようになり、いつしか、あたしたちは誰よりも仲良くなっていた。
だから、弥生の命があと数カ月だと聞かされたときも、あたしは泣かなかった。弥生も泣いていなかった。
平然と、まるで世間話をするかのように、あたしたちはその運命を受け入れたのだ。
もちろん、本当は胸が張り裂けそうなほど辛いけれど。
それでもあたしは、今日も平然と彼女に言葉を返すのだ。
「へえ。早いもんだねえ。もうあれから二カ月が経ったか」
あたしはそう言いながらひょいと箸を伸ばし、お弁当の卵焼きを口に運んだ。