小さな悩み
「お、凪じゃないか」
「田中先生。おはようございます」
「…今日は何だが元気そうだな。昨日はあんなに凹んで、今にも泣きそうな顔してたのにさ」
「…何か自分の中で変わった事でもあったか?」
「…?俺は泣きそうなんかしてませんでしたよ」
「フッ…私は心配して昨日眠れなかったと言うのに…」
やれやれと言うように田中先生は俺を見ていた。
それにしても、昨日の俺はそこまで田中先生に心配させる程落ち込んでいる様に見えていたのだろうか。
「と言うか、まだ7時半だと言うのに今日も設営か?」
「はい。少しずつテントを立てていくみたいで…三年生なのに朝早くからテント立てって…こういう仕事は一年生がやるかと思ってましたよ」
「凪が愚痴を言うとは珍しいな〜…そんなに私に心を開いて…いや〜教師として嬉しい事だなぁー」
「愚痴ぐらい別に言いますよ。では…俺は係の方へ行くので!」
「そうか…頑張れよ!三年生!」
「お…次は上坂か。おはよう」
「田中先生、おはようございます」
「上坂も今から設営の仕事かい?」
「はい…ところであの…先生……ありがとうございます。」
「よかったよかった…まぁ友達も出来たそうだしな〜」
「はい!!大切な友達が出来ました」
本当に変わったな…この一ヶ月の間に何が起こったかは分からないが……いや、きっと彼が変えてくれたのだろう。
この二人はお互いに影響し合い成長しこれから沢山の事を経験していくのだろう。だがそれはとても幸せな事であり…時にはそれが関係を築く上で危険な事でもある。
しかし、そう言うの含めて……
「……アイツら青春してるなぁ〜」
「あ、蒼井君。おはようございます」
テント置き場へ向かっていると聞こえるはずのない声が背中から優しく聞こえた。
「おはよう…ございます」
挨拶をしてくるなんてどういう風の吹き回しなのか。
だが、俺の返答に上坂さんは不満げな表情を浮かべこちらを見ている。
「……」
「上坂…さん?」
「え、私たち友達なのにさん付けして呼ぶんですか?」
…??俺と上坂さんが友達!?!?
夢だと思っていた昨夜の出来事が現実であった事を知り驚きと同時に恥ずかしさが溢れ、しばらく上坂さんのことで頭がいっぱいだった。
体育祭の準備が始まって二週間ほど経ち、他の生徒たちは流石…と言うべきなのだろうかこの準備期間中にカップルがいくつか誕生していた。
体育祭の共同作業を通じお互いの気持ちが惹かれ合い、意識し始めた頃にはもう…あれ?いつの間に付き合ってたの?と俺の様な影的キャラには気づく余地もなくゴールインしていた。
けれど、俺は高校三年生…受験生だ!!!
受験生の努めは勉強!勉強!!勉強!!!
恋愛などに時間を費やすなど…受験をなめているとしか言いようがない!
…という理由を建前に俺は逃げていた。
好きな人と結ばれる…はぁ…いいなそんな世界線。
なんかもう妬みとかそんなの関係なくして単純に羨ましい。
そんなある日-
「…おい…凪…邪魔」
家に帰りリビングのソファで、今日一日の疲れを癒やしていた。
そんな至高の時間など関係ないかのように小柄な女の子が俺を蹴っている…そう、蹴っているのだ。
「おい…お兄ちゃんを蹴るな…ひな」
俺には一人の妹がいる。
妹と言っても兄のことを「お兄ちゃん♡」などと愛のこもった呼び方でもなく、一緒に出かけたり風呂に入ったり、ゲームしたりなどそんな漫画やアニメの中の妹とは真反対である。
「邪魔!」
「…何なんだよ…アイツは」
必要最低限の言葉、邪魔と罵倒し、その場を去ってしまった。
ひなは今年で中学二年生へと進級し、歳は増えていくものの見た目はいつまでも幼さが残っており、それが性格にも顕著に表れている。
この時期の子供は反抗期真っ只中なのだろう。気に食わない事があれば自分で解決する事を諦め、周囲にあたり苛立ちを解消しようとする。
そのサンドバッグになっているのが兄である俺なのであろう。
お互いそれぞれの自分の部屋を持っており、大体家ではそこで過ごしている。
薄い壁の向こう側にはひなが友達と電話をしていたり何かの音声が聞こえたりと、俺の前とは違い口数多く元気な様子だ。
ひなは気さくな性格をうまく活かし沢山の友達を作っている。
きっと、学校ではモテているのだろう…シスコンなどではないが兄から見ても妹は幼さを残しながらも少しずつ身なりを整え大人へ近づこうとしているその努力が可愛らしく見えた。
ただ、俺と話す時と学校で友達と話す時どちらが本当のひなのかは誰も知らない。
そんな事を考えながら俺は机に向かい参考書を開いていた。
上坂のおかげで俺は逃げ続ける事はもうやめようと…その行動がまずは勉強をする事だった。
けれど、勉強をしている時に俺は無我夢中で出来るほど頭は良くなく、勉強の最中も何のために?やる意味なんだ?という疑問ばかり浮かびなかなか集中出来ていなかった。
「あー…もう無理…」
「…何みっともない姿晒してんだよ!」
「え!ひながどうしてここに」
机に寝そべっている所をひなに見られてしまい少し恥ずかしい気持ちになっていた…と言うよりなぜ俺の部屋に?
「私がいたら嫌なの?」
「いや…そういう事を言ってるんじゃ。何か貸して欲しいものでもあったのか?」
…ちょっと待ってくれ。よくよく見るとひなの右腕には割と大きめなクマのぬいぐるみが抱かれてるではないか。
流石にもう兄として十年以上務めているのだから勘が働くが、こういう何か手に持っている時はいつもの様に嫌味を言うのではなく悲しい事や悩み事などを聞いて欲しい時だ。
しょせん中学生の悩みだ。お友達と喧嘩しちゃって〜だったり、今日給食でご飯残しちゃったの〜だったり、今日猫踏んじゃって怖かったぁ〜とかまぁ、可愛い悩みに違いない。
ここは、少しでも好感度を上げる為兄として全面協力してあげようじゃないか!!
はなは、こんなにも経験豊富な兄がいて良かったな。
さぁ…何なりと遠慮なく悩みを打ち明けてみよ!
「私…今日男子に告白されたんだけど…どうすればいいの…かな?」
続く。
最後まで読んでいただきありがとうございます!