友達
「…説明は以上になります。では来週からよろしくお願いします」
今日の集会は顔合わせ、仕事の確認を行い終了した。
俺は午前の部に行われる玉入れやクラスリレー、大縄跳びなどの設営を行う。
上坂も午前の部らしいが何を担当するかは分からなかった。同じクラスだからと言って、同じ仕事をするわけではないらしい。
周りを見渡すと仲良さそうに雑談をしている。俺達は同じ空間にいるものの、話すような空気は全く無かった。
流石にこんな近くに上坂がいるのに…話さずにいるのはもどかしさを感じる。
けれど……何と話かければいいのか、話かけても反応してくれなかったら…と思うと言葉が声にならない。
別に…今日話せなくても、また今度集まった時に話せばいい。無理に話さなくても、自然な流れで話す機会などこれからたくさんあるだろう。
こんな考えをしていてふと思った。
俺はいつもそうなのだろう。無理やり今の自分を正当化し、自分から行動する事を諦めてばかりである。
『仲良くしてやってくれよ〜。これからまだまだ沢山行事があるんだ……皆んなで楽しまなくちゃな』
ふと田中先生の言葉が蘇った。
あの時の言葉を聞いていた自分は複雑な感情になっていた。上坂への気遣いの言葉ともとれるが、反対に今まで上坂は誰とも友達を作らず、一人で学校行事に取り組んでいた事を意味する。
本人の気持ちは分からないが、誰にも気付いてもらえないのはとても残酷な事だ。それは俺にも分かってしまう。
「…そうか」
みんなに避けられている上坂に俺が話しかけて、上坂が少しでも笑ってくれるなら…楽しんでくれるなら…誰に変に思われようが、嫌われようが関係ない。
当たって、砕けて、また…当たればいい。
それで、余計なお世話と正面切って言われれば引くしかないが…。
「あ、あの、上坂さん!」
「……何ですか?」
「頑張りましょう」
「…?はい。頑張りましょう」
「……」
「あの!その髪飾り素敵ですね…」
「…!ありがとう……ございます。この髪飾りは祖母からの貰ったもので私にとって凄く大切な物なんです…」
ずっと大事にしてきた分愛着が湧くと言うが、上坂の髪飾りにはそれ以上のものが宿っているのだと思った。
それと同時に、透き通った肌を持ち愛くるしい目をした上坂に見つめられると心拍数が上がってどうしようもない。
「…そんなに大事にしてくれてお祖母様も喜ばしい事でしょうね」
いつもの口調で話す程余裕などなく、つい堅苦しい感じになってしまっている。
「蒼井さんはお優しい方なんですね。私って話してみると自ずと相手の事が分かるんですよ」
「俺は優しくなんかないですよ…ただ相手に合わせる為に自分を殺して演じている、ただの偽善者ですよ」
「そう…なんですね。でも偽善者って自分で決めつける事は出来ないと思いますよ。それに、少なくとも私は蒼井君の事を偽善者だなんて思ってません。お優しい方です」
「…」
あれ…上坂さん実は俺のこと結構良く思ってくれてるんじゃ?
そんな小学生の様な思考に辿り着いてるのにと気付かず予想以上の返答をもらい少し気分が高揚していた。
一週間後
「本日もよろしくお願いします。体育祭まであと1ヶ月弱ある為、まずは例年と同じように体育祭の看板を作成してもらいます。この学校の伝統を受け継いでいる大切なものなので一生懸命頑張りましょう!」
ここ、三年三組の教室を利用し、今日から設営係は毎日放課後から体育祭の看板を作成する。
看板と言っても、入学式や卒業式の際に正門に置いているあんな小さく質素なものではない。
縦横何メートルもある長方形に、今年は虎の勇ましい絵を描くらしい。
「……俺、絵描くの苦手なんだよなぁ…」
「蒼井君は苦手なんですね。お絵描き」
「…!!上坂さん。そ、そうなんですよ」
てっきり誰にも書かれていないと思っていた中突然、上坂さんに話しかけられ声が裏返ってしまった。
そんな声が聞こえる横を向くと、華やかな瞳に艶やかな髪が窓の隙間から漏れる風にゆらゆらと揺れていた上坂さんがいる。
「どうしました?」
どうか、平常心を保ってくれ!
こんなに動揺して、きっと上坂さんも気づいているに違いない。
ここは…いつも通りに…いつも通りに。
身体全身の温度が高まっていくのが分かった。
事前に考えていた言葉や話の流れなどは突然の風に吹かれ、どこかに行ってしまい…混乱だけが残っている。
俺は絞り出すように口を動かした。
「上坂さんは絵を描くのは得意ですか?」
「…それほど得意ではありませんが、虎を描くのは好きです。何か、猫を描いてるのと同じ感覚な気がして」
「そうなんですね…」
「「……」」
あれ?会話終わった?
どうして、そんなんですねとか言ってるんだよ!
まるで興味なさそうとか、いいかげんな態度で話しているな、とか上坂に思われたらどうするんだよ!
海外ならば…
「I see. (そうなんだ。)By the way〜(ところでさ〜)」
って言うんだろうな…。
会話が続くためには話題転換を行うらしいが…俺には高難易度な会話だ。
はぁ〜。俺には会話の引き出しがあまりにも少なすぎる。
せっかく、上坂さんから話しかけてくれたと言うのに……。
こんな貴重なチャンスを逃す俺はもう2度と…
「…蒼井君は…蒼井君は、好き…ですか?」
「え!?」
「…猫」
「あ、猫ね。うん、好きですよ。家で…猫飼ってるから…」
上坂さんは突然目をキラキラさせて、軽く飛び跳ねる様な仕草をしながら、俺を見つめていた。
「え!猫飼ってるんですか。いいですよね〜。私は家では飼ってないんですけど…たまに…その…カフェなどに行き、癒しを貰ってます」
俺はこの時気づいた。
上坂もみんなと変わらない一人の女の子に過ぎず、自分の好きなこと、楽しいことを誰かに伝えたいのだと。
て言うか今の上坂の反応可愛すぎないか?こんなにも美少女が猫の話題に目をキラキラさせて話しているなんて…俺の今までの不幸がここで返済さらた様な気がした。
「あ…ごめんなさい。取り乱してしまいました」
「ううん。上坂さんと話すの楽しいから」
缶コーヒーの時とは全く別人の上坂さんに戸惑いながらも、その時の思い出を上書きした。
「…ありが-」
「あー!凪先輩!」
「お、佐藤じゃないか。お前も設営係だったんだな」
教室の入り口から元気な声で俺を呼んでいた。
「先輩こそ、設営係だなんて珍しいですね。もしかして…設営係に好きな人でもいるんですか〜」
「な、先輩をからかうな」
「……」
上坂の様子を見てはっとした。
佐藤との会話に引き込まれて上坂の事を無視してしまっていた。
「あの、凪先輩のお友達ですか?」
「え……えと…」
「こーら。先輩困ってるだろー。上坂さんは気にしなくていいから…」
「ほら!お前の友達さんが呼んでるぞ?行かなくていいのかー?」
「すみませんでした!!失礼します!」
上坂さんは自分が何をしたいのか、自分の意志に迷い混んでいる様な…うつろな目をしていた。
「驚かせる様な事してしまって悪かった。けど…あいつは悪い奴じゃないんだ。ちょっと、距離感が近いっていうか…」
「…はい。分かってます。私の方こそごめんなさい」
いや!上坂さんが謝る必要はないんだ!!
…って言えないのは…自分でも分かっている。
自覚したくなくても…上坂の表情を見れば分かってしまう。
俺と上坂は友達ではない事を。
続く。
最後まで読んでいただきありがとうございます。
キャラクター紹介③
佐藤愛佳
高校2年生。凪の後輩で図書委員会と弓道部を掛け持ちしている頑張り屋さん。非常に明るく、周りにいる人までも元気にする不思議な力を持っている。
どうやら…凪の事をからかうのが好きなのらしい…。