後輩
「試験終了。筆記用具を机の上に置いて下さい」
担当教員の言葉に生徒全員がすぐさま鉛筆を置いた。
きっと俺以外の誰もがこの一言を聞き少し肩の荷が落ちているだろう。
ただ席に座り試験を受けているのではない。様々なプレッシャーを抱えこの試験に挑んでいるんだ。
しかし、こんな状況でさえ俺はプレッシャーのプの字も抱えていなかった。たかが、前日少し出題範囲をかじったぐらいで結果が出る訳ない。
「模試終わったな〜。疲れたわ〜まじ」
「これから部活だろ?大丈夫なのか?」
「模試で体力使うわけじゃないんだから余裕よ」
ここ1週間は模試が近い事もあり部活、委員会活動が休みになっていたが晴れて模試も終わり身体を動かしたり、委員会の活動に取り組んだりする事が出来る。
和人はサッカー部に所属している。しかも、副キャプテンを任されているらしく、部活への熱意は人並み以上だ。そんな和人でさえ受験を控えた今は一回一回の模試にも全力でアタックしている。
言葉通り余裕そうな声音で話している和人は直ぐにでも部室に行きたいのか肩にはスポーツバックを背負っていた。
「じゃあな。部活頑張れよ」
「おう!」
「…さて俺も委員会に行くか」
聞いて驚くだろう。
こんな俺でも一応委員会には参加している。と言ってもこの学校では委員会も部活の様に一年生からずっと同じ委員会に所属している人が多く、学年ごと、学期ごとという訳ではない。
一年生の俺は友達を作りたいという、今では到底考えられない意志を持っていた。読書が好きな俺は直ぐ様図書委員会に入った。
3年在籍した事も相まって、今では少し位が上がってしまい副委員長に就いてしまっている。本当は副委員長にもなりたくはなかったのだが…。
しかし、あるのは肩書きのみで仕事は殆どないので楽ではある。
「…あ、凪副委員長先輩!」
図書室に入るや否や愛嬌のある声で名前を呼ぶ生徒がいた。
「佐藤その呼び方はやめてくれ」
「なんでですか〜」
わざとらしい言い方をされても戸惑う事など無いが、自分が可愛い事を自覚している心持ちからなのか余裕のある顔付きと声である。
佐藤愛佳。俺の一つ下の学年で図書委員会の後輩にあたる。
周りの後輩は俺が一応副委員長と言うこともありあまり声をかけてこなかったが彼女だけは違った…。良くも悪くもコミュニケーションを図ろうと接近してくる。
「名前長いし」
「それでは…凪先輩!久しぶりですね。模試、終わったんですか?」
「まあ、ぼちぼち。学校生活も残り少しだし、後輩の顔ぐらい見ようと思ってな」
…彼女のお陰なのか、せいなのかは分からないが、佐藤と話している時は少し違った自分を出す事ができている気がする。
余計な一言……まぁ、いわゆる冗談と表現した方が適切だろうか。ユーモアのセンスなど微塵もない俺だが時々そんな事を口にする。
まぁ…佐藤とはかれこれ一年以上の付き合いなんだから…自然と心が開くのはおかしくない。
「早く私に会いたかったんですか〜?凪先輩は今年で卒業ですもんね……でも、凪先輩は来年もこの学校に居そうですよね」
「やめてくれ。流石に三年生二回目は勘弁だ」
ふふふと可愛げに笑う姿は誰もがこの子には心を許したくなるような不思議な表情だった。
「…と言う事で三年生の皆んなはこの図書委員会での活動は残り僅かとなりました。これからは二年生…君達がこの図書館運営の中軸を担っていきます……」
図書委員長の挨拶がはじまった。新学年になり2回目の図書委員会が開かれた。
副委員長の俺は皆の前に座っているだけで特に言葉を発する事はないのでやはり、楽だ。
この委員会は委員長の律儀さ故に成り立っている、と言っても過言ではない。スケジュールや行事イベントの際はいつも率先し皆んなを率いていた。そりゃあ、俺に関わろうとする人など殆どいない訳だ。
「…では次は凪副委員長。一言いいかな?」
-はい?
今なんと仰られましたか?
委員長が俺の方を見ている。
周りも俺を見ている。無数の視線が俺に突き刺さり、思うように身体が動かなくなってしまった。
俺に何か喋らせようとしているのか?
それとも…いつも私が頑張っているのに副委員長である貴方はただ座っているだけ、ぼーっとしているだけ。調子に乗るなよ?とでも言いたいのだろうか…。
「ぁ…えーまぁ、、青春しましょう」
許さない…許さないぞ、委員長の野郎…!
台本も無く、無茶振りさせやがって…。
わざわざ時間を使ってまで俺に話をさせようとしたところで俺の一言には何のメリットがあったのだろうか。
俺が何かを喋り周囲に、そして自分に何を見出す事が出来るのだろうか。
「どうしたんですか、凪副委員長?青春しましょうって…一番言っちゃいけない人でしょ」
ケラケラと笑いながらも今は声をかけてくれるだけで、どこか少し救われた気分になっていた。
「俺の言葉なんか真剣に受け止めなくていいんだよ。雑音程度と思って聞き流せばいいんだよ」
きっと今の言葉を覚えている人なんていない。数時間も経てば俺の言葉など忘れ去られてしまうのに…無駄な事してるなあ…ほんと。この一言に尽きてしまう。
「いいえ。私は忘れませんよ。凪先輩の言葉ちゃんと覚えておきますから」
「…佐藤」
「でも、いつもの凪先輩なら何もありません…って言うと思ってたんですけどね〜。あれですか?皆んなの前だから副委員長としてここは一言ビシッとカッコつけようと−」
「ばか。そんなんじゃねえよ。あの場面で何も言わなかったらどうなる?副委員長としての面目が立たなくなるだろ〜?理由なんてそれだけだよ」
一瞬でも佐藤が俺の心に寄り添ってくれたのだと勘違いした俺が憎かった。
「ふ〜ん、そうなんですか。でも先輩、青春…したいんですか??」
「俺は青い春なんかには興味ない」
「ふふ…先輩らしい…ですね」
一言そっと告げると佐藤は他の生徒の方へ歩いて行った。多くの友人を持つ佐藤は俺とは正反対の道を辿っているのだな、と思った。
「……お疲れ様。凪副委員長、先程は突然振ってしまって悪かったね。もう残り少ない委員会だから、少しでも皆んなにアドバイス的な-」
「いいよ。何も気にしてないからさ」
「…そうですか…ならよかったです。ところで、次期委員長など役員決めを私たちで行わなければいけないのですが…これから少しよろしいですか」
今日の委員会は終わり、一、二年生やその他の三年生はゾロゾロと図書室を後にしている。
委員長や副委員長などと言った役員決めをするだけなのに、これほど真面目に話す委員長だが無理もない。
うちの学校は、先ほども言った通り部活同様に一年時から同じ委員会に入る事をほぼ強制されている。
理由は簡単で委員会は部活と同じ様に力を入れているからだ。
今日の様に休みの日でさえ委員会を開く事もしばしばある。
その中では図書委員会は比較的活動量は少ないのだが、委員会の長決めは部活動の部長を決めるぐらい大事らしい。
「…分かった」
「…と言うふうに私は考えているのですが、凪副委員長はどう思いますか」
「いいんじゃないか。だが、副委員長は…こいつがいいと思う」
「……ほう…意外ですね。凪くん自身が推薦をするなんて。この子が適任だと思う理由を聞いても?」
「まぁ…こいつは周囲からの人気もあり、気の利くやつだ。自分から率先し先頭に立って物事に取り組む事も出来れば、誰かの為に力を貸すのにも全力を出してくれる。委員長を手助けするには必要なんじゃないか?」
「………驚くほど彼女の事気に入ってるみたいだね」
「気に入ってるも何も、そんな事誰から見ても分かる事だろ」
「誰から見ても…ね。ですが、分かりました。凪副委員長からの推薦として佐藤愛佳さんを副委員長に決定します…それでは-」
およそ一時間ほど会議を行い、次期委員長、副委員長などの重要な役員に関して決定した。
図書室内にある、様々な文献資料が置かれている事務室で会議を行い、少なくとも委員長は満足している様な表情だった。
「それでは」
「じゃあな」
図書室を後にし、下駄箱に着いてから一つ気が付いた。
カバンの中を見ると筆箱が見当たらなかった。
恐らくテストの時間の時に机の中にそのまま入れっぱなしにしてしまい忘れたのだろう。俺は急いで教室に戻る事にした。
廊下を歩いているとまるで誰もいなくなった学校の様であった。
耳をすませば部活動の掛け声や吹奏楽部の演奏が聴こえてくる。この様な体験は今しかできないと思うと改めて俺は学生なのだと痛感した。
それから少し歩き、教室に到着した。
「……ん?電気ついてるな…」
外から教室の照明が漏れている事に気付いた。最後に教室を後にした生徒が消し忘れているようだ。
後で教室の鍵を返しに職員室へ行かなければならないと思うと少し筆箱を取るのが面倒に思ったが…流石に取らない訳にはいかなかった。
しぶしぶ教室の扉を開けた。
「………!!」
「……」
誰もいないと思っていた教室の真ん中に上坂汐音がいた。
最後まで読んでいただきありがとうございました!
この後書きではキャラクター紹介を行なっていこうと思います!
蒼井凪と一番仲の良いと言っても過言ではない和人君。フルネームは大庭和人君。サッカー部に所属しており、スポーツだけでなく勉強にも全力に取り組む実は真面目な人。チャラい、そんなイメージを持ちながらも強い芯を持っている。これから凪とどのように絡んでいくのだろうか、、。