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青い春など春ではない  作者: 猫屋の宿
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-春雪-




今日一日の疲れと、これから起きる事への緊張が入り分け隔てなく入り混じっている。


屋上から見る景色には体育祭の余韻が残ったグラウンドと、その余韻の中で思い出作りをしている生徒の姿があった。


しばらくして、重い扉がゆっくりと開いた。


そこから現れた者は俺を見て一度足を止め、息を吐きこちらに近づいてくる。



「俺は君の事が…」



…。


……。


………。






両思いなんてありえない。




そんなのは理想郷を語っているアニメや漫画だけのフィクションでしかない。



結局、お互いがお互いの気持ちを隠したまま、偽ったまま、仮初の自分を演じている。



ゆえに、直ぐに別れてはまた付き合って、そんな事の繰り返しで…。




……「貴方こそ私の運命の人」なんて言葉は相手を、そして自分自身さえも騙す為の口実にしか過ぎない。




そう、この世界に「運命」など神さま任せな言葉は所詮人間が都合の良いように造られた言葉にしか過ぎないのだ。









春-


この季節に降る雪はどこか寂しく思う。

上空からゆっくりと揺れるように落下したかと思うと、地面に触れた瞬間にはもう溶けて見えなくなってしまう。

地面全体を真っ白に染める事が出来ない…それが春に降る雪だ。

何とか薄く積もる事が出来ても、人の足に踏まれ、車輪に踏まれ跡形もなくなってしまう。


来年の雪もまた………積もらない雪が降るだけなのだろうか。

はたしてその雪に存在意義はあるのだろうか-


「おい、しけた顔してんな。どうした?何かあったのか?」


「…あぁ。何でもない」


 3階の教室の窓から見える桜並木に優しく降りかかるっている雪に目を奪われていた俺は突然と声をかけられ少し言葉を詰まらせながら話した。


「今年も同じクラスとは俺たち()()だな!」


「…運命。そーだなーって言っても進学クラスはそのまま学年上がってるだけだから必然的だろ?」


俺たちは今年で高校3年生へと進級を果たした。

俗に言う受験生という地獄の学年へ進級してしまった。

そんな事は置いておいて、このクラスは6クラスある中で唯一の進学クラスと名付けられており、勉学に長けている生徒を中心に編成されている。


「たしかにそうだけどよ…知ってるか?3年生から新しく一人進学クラスに入った生徒がいるって話」


「…知ってるよ。あの一番前で黒板と睨めっこしてる黒髪ロングの子でしょ?」


「どっちかって言うとネイビーじゃね?」


そう、今年から通常クラスから新しく入ってきた生徒が一人だけいる。だがこれはそれほど珍しいことではない。本人に高い志があり教師もそれを認めたならば昇格される。

しかし、一人昇格されたという事は一人…降格されたという事を意味する。

クラス人数は30人と固定されているため、降格される生徒は必然的に勉学が劣っている人がその対象となるのだ。例えば-


「けどよ、お前降格にならなくて良かったな。聞いたぞー特別版学年末テスト受けさせられたんだってな」


特別版学年末テスト。それは、来年時の進学クラス維持をかけたサバイバルテストであった。4名降格候補として挙げられ、その内の一人が俺だった。結果的には3位…と降格を回避することになったんだが………このクラスでは現状最下位…ビリという事になってしまった。

いつも適当に勉強しぼちぼちの点数で満足していた身からするとこのサバイバルテストは地獄であった。

ふと黒髪ロングの女子を見ていると勉強?をしているのだろうか。クラスでただ一人周りの騒がしさなど気にもせず集中している様だった。

たしか…名前は上坂汐音(うえさかしおん)と言っただろうか。

俺は君のおかげで危うく降格されそうになったよ…と、一言冗談混じりに告げる事など出来る訳もなくちょっとした不満を抱いていた。


「あの時は落ちたと思ったが何とかギリギリな」


「俺らはもう嫌でも受験生なんだから勉強、ちゃんとしろよぉ〜。あ、先生きたな。また、後で」


何かに真面目に取り組む事が俺は苦手…だと思う。

これをすればこれになる事を保証できる将来なんて無いのにどうして皆んなは努力する事が出来るのか、上を目指そうとするのか俺には分からない。

そこそこ運動して、勉強し、そこそこの高校、大学に進学し就職する。このライフプランで満足できる。無駄力を出す事なく人生を全うできる。

そうすれば何かあっても落ち込む事もない。


「…なのに…どうして上坂は進学クラスへやって来た?」





卒業式で先輩がこの学校を去り、皆んなの胸の中が寂しくなったように感じていたのもつかの間、桜が散る頃には受験の事で胸の中が埋め尽くされている。

結局、寂しさや嬉しさという感情はずっとは生きてはいない。

時間と共に薄れていき、いつかは消えていく。

名残惜しいという言葉がまさにそうだろう。別れの瞬間は寂しく、どこか心に穴が空いた様な喪失感で埋もれていても、いずれ心に穴が空いている事さえ忘れてしまうのだ。


放課後


放課後になっても他の生徒は自分の机に向かい鉛筆を動かしている。それは5時、6時、7時を過ぎてもだ。

外はすっかり暗くなり、教室内には秒針音と鉛筆の摩擦音が響いている。

早速明日、全国模試が行われる為普段は俺が残る事などないが今日は家に帰らず鉛筆を握っている。

…そう、言葉の通り鉛筆を握っているだけだ。

集中力というのはどこかに捨ててきたのか、元々備わっていないのかは分からないが、つまりそういう事である。

座る事さえも我慢できなくなりついに、音を立てずに教室の外に出た。

教室の空気とは一変し、冷たく身体がリラックスできている。


「ちょいと自販機にでも行くか」


自販機は一階まで降りなければどこにもない為、少し苦労するが今の俺にはこの教室内にいる方が辛かった。

いつもとは違う飲み物を選びたい気分になっていたので、いつもならば押すはずのないドリンクのボタンを押した。


「…このコーヒー…苦い!!!」


何だ!?この苦さは…。お金を払ってまでこんな飲み物を選ぶ人の心境が俺には分からない。

口の中一杯に広がっている苦さは中々消えずに居続けている。

急いで別の飲み物を買おうと財布を取り出したが廊下が暗いせいか、中身のお金が見えにくかった。


「あの……ごめんなさい」


財布の中の小銭を探すのに必死になっていた俺は後ろの生徒の存在に気付かなかった。


「…!す、すみま―」


振り返って見ると、薄暗い照明に照らされたネイビー色のロング少女、上坂汐音が立っていた。


「せん……どうぞ」


「ありがとうございます」


「…え」


なんと、彼女は俺と同じコーヒーを選ぶやいなやまるで風呂上がりに牛乳瓶を一気飲みするかのような姿勢でコーヒーを飲み干した。


「このコーヒーやっぱり……美味しい」


俺は呆気に取られていた。

こんな可愛らしい少女がブラックコーヒーを満面の笑みを浮かべ飲み干している姿に。


「……コーヒーお好きなんですか?」


超コミュ障の俺でさえどうして彼女がコーヒーを好きなのか聞かずにはいられなかった。


「いいえ」


自分に微塵も興味などないかのように思わせる程あっさりとした口調だった。

いや、きっと本当に俺に興味がないだけなのだろうが。

彼女はそう答えるやいなや空になったコーヒー缶をゴミ箱に捨てて去った。


「……」


どこか、悔しかった。

それは、男子の俺よりもブラックコーヒーを容易く飲んでいたから?そう問われると何だか少し違う様な気もする。

何も論理的根拠のない、あるのは悔しいという感情だけだがひどく負けたようなそんな気分であった。

俺の中の最下部にある何の役に立つのか分からないボロいプライドが珍しく機能していた。




「よし!じゃあ帰るか〜」


「そうだな」


7時30分を過ぎ和人(かずと)が声をかけてきた。

他の生徒達もそろそろ帰る支度をしている。学校としては8時までは居残り勉強を許可しているがまだまだ日が沈む時間が早い為ほとんどの生徒はこの時間に帰宅している。

一部の生徒を除いては………。


「…どうした?早く帰るぞー」


「お、おう」


上坂汐音…。彼女だけは帰ろうともせず勉強をしている。

勉強が好きなのか、勉強に囚われているのか分からないが周りの雑音を、気にすることなく鉛筆を動かしている。

やはり、不思議であった。彼女がどうして勉強を頑張っているのか。

聞くときっと、受験生だからとサラッと答えるかもしれないが…それでも納得出来ない程、何か特別な理由があるのではないかと思ってしまっていた。


外に出ると薄暗く、まだ少し冬の残りを感じる風を肌に感じた。

和人とは帰り道が途中まで同じ為、こうして一緒に帰る時がある。部活動のある日は基本一人で帰る事が多いが。


「なぁ、お前振られたのか?」


「はぁ?急に何言ってんだよ」


「ただでさえ覇気のないお前の声と顔が今は一段と感じられないからな。さっき教室出た時に何かあったのか?」


「…何もないよ。今日は久しぶりに長時間勉強したからな」


和人とは高校一年生からの付き合いだけあり、俺の些細な変化に直ぐに気付く。

こんな冗談、どうせ和人ならばすぐに見抜いているだろう。けれど、これ以上はいつも追求してこない。それが和人なりの心遣いなのだろうか。


「ふーんそうか。それよりさ、明日土曜日なのによ〜どうしてテストなんだよ!!」


「そーだなー」


「お前あれだな。振られたんじゃなくて、恋したんだな」


「は!?そんなんじゃない!ほんと…ただ勉強で疲れたんだよ」


和人が突然突拍子もない事を言うので大声が出てしまった。

だがこれは、図星をつかれた焦りと言うものではなくただ驚いたからだ。

そう、ただ驚いたからだ。


「まぁ、お前が誰かに恋をするなんて考えられねえもんな」


軽く笑いながら俺の肩を叩いた。


そう…俺が誰かに恋心を抱くなどあり得ない。

俗に言う勉強と部活に恋愛を謳歌する青春なんてものは結果として無駄な労力にしかならない。

面倒なクラス委員長や体育祭でのリーダー、そんなものをすれば将来安泰な生活を送る事が出来るのか?

もしYESと答える人がいるならば俺も全力で取り組むだろう。

可愛い彼女を連れ周りから羨ましがれたり、全校生徒の前でスピーチをしたり、定期テストで毎回学年1位を取り続けていたりしても、卒業時平凡な生活を営んでいた俺と同じ進学・就職先だったら?

結局は欲張らず与えられたものだけを程よく力を抜き取り組む方が結果として無駄なく終える事ができる。

効率を重視すると、特に恋愛なんて一番のお荷物だ。

だから俺は恋をするなんて有り得ないのだ。


「それじゃあ。また明日な」


「また明日」


もう4月中旬だと言うのに今年はまだ肌寒い。

学校の桜並木と違い、帰り道の桜はすっかり散っていた。


「…ふっ」


「とりあえず…明日の模試の勉強…するか」




続く











   










この度は『青い春など春ではない』をお読みいただきありがとうございました。

挨拶申し遅れました。私、猫屋の宿と申します。

普段は学生という職業に就いている者です。

作品タイトル、サブタイトルには勿論意味があります。この、意味をこれからを通して皆さんに伝えていけるような作品を作りたいとおもっております。

どうぞよろしくお願いします。

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