#1。これは、俺が天国に行くまでの物語・2
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神王の性格を一言で言ってしまえば、馬鹿王子である。
見かけは三十代ぐらいの若い男だが、ヨッちゃん曰く「千年は天界にいる」らしい。まぁ天界は死んだ瞬間から見かけが変わらないシステムだから仕方ないけど、千年も神様やってるわりには大人げないというか、上司じゃなければあんまり関わりたくない人物だ。
まず、男尊女卑思考が強い。男はいいけど女はダメみたいな……神のくせして部下を平気で差別する上、自分が一番正しいと思っているので誰かが注意しても聞きゃしないどころか、自分の思い通りにならないと怒り出す。
例えばウチの部……概念や観念を司る神が集まる天界・第三観念部には美の神という女の子がいるのだが、この子は美を司ってるだけあってとんでもない美少女だ。その美貌から魔女だと呼ばれて16歳で処刑されたその子に向かってオッさんは「一番可愛い時期に死んでよかったね」と笑っていた。美しいから神に選ばれたんだと言う彼に。
「頭おかしいんすか」
面と向かって言った結果が「目上の者に敬意を払わないとこうなる」という見せしめのため、一ヶ月間の受付の刑である。ちなみに面と向かって言ったのは美の神ではなく、近くで聞いてた無関係の俺。美の神には呆れた顔で「おかしいのはアンタの方なの」と言われてしまった。
「邪智暴虐の神王が天界を統べていられるのは、その能力の特殊性にある」
最上階へと続く階段を上りながら、平和くんは言う。
「占いによる予知能力だ。普通の占いはボンヤリした未来しか分からないが、神王の占いは100%当たる……あの力で地上の危機を何度も救ってきたから誰も逆らえないのだ」
「彼ほど当たる占い師は珍しいですからね。巨大隕石の落下位置から日付けまでピタリと当て、回避方法まで外したことがない」
そんなのがゴロゴロいてたまるもんか。
「……ていうか、そこまで当てられるなら平和くんの企みもバレてるんじゃないの?」
「心配するなセージ」
俺は全くの無策で挑むような馬鹿じゃない。と言わんばかりに自信に満ちた表情で、平和くんは笑う。
「神王はな、未来予知以外に特筆すべき力がない」
「だからその予知が厄介だって言ってんだけど……」
「占える回数が決まっているのだ」
月に一度、地上と天界で起こる最も危険な災いをひとつずつ完璧に予知できるが、逆を言えばそれ以外の災いは予知できない。だから『神王の死』さえ占いの結果に出さなければ問題なく狙えるし、殺せるらしい。
……なるほど確かに理屈はそうだが。
「神王のオッさんが死ぬよりもヤベーことって、そんな事件が都合よく起きるかよ……なぁやっぱりやめようぜ?」
そう言って八十階目の踊り場に立ったとき。上からバタバタと忙しない足音がして顔を上げる。
「夜様! 緊急事態でっ……」
慌てた様子で転がるように降りてきたのは……声をかけてきた瞬間に浴びるほどの銃弾を浴び、顔を吹っ飛ばされて蜂の巣になってしまったから判別ができないが、多分福の神だったと思う。
何が起きたんだと呆然とする俺の横で平和くんが銃弾を込め直している。ああやはりコイツが撃ったのか。散弾銃に連射機能って付いてたっけ?
撃たれた神は後ろに倒れ、俺が駆け寄った頃にはもう遅かった。その身体を砂のような何かに変えて、消えてしまう。神が死ぬところを初めて見た。嘘だろう、神って奴は千年も生きるくせしてこんなに簡単に死ぬものなのか。
「……お前っ、何もしてない相手になんてことすんだよ!」
何も言わずに階段を上る平和の神を睨んだが、倒れた相手に一瞥もくれないような男が俺の言葉など気にするはずがなかった。神王の部屋がある最上階に向かって、どんどんどんどん上に進んでゆく。頭にきたので走って階段を駆け上がり、前にいたヨッちゃんを突き飛ばして平和くんの肩を掴む。
「邪魔だセージ。引き止めんでくれるか」
足を止めて振り返られると、綺麗に整った顔が俺を睨み返してきた。近くで見る彼の黒い瞳孔には珍しい赤色が散らばっていて、悪魔のような迫力である。思わず肩を震わせるも、ここで引き下がってたまるもんか。
「いいや止めるね! 俺だって戦争は反対だけど、こんなの絶対おかしいって! その、俺の故郷ではムカつく上司だろうと間違ってる上司だろうと、銃を向けたらいけないんだから! 口がついてんだから話し合いで何とかしろよ!」
上手く頭が働かなくて子供みたいな説得になってしまったが、言いたいことは伝わったようだ。ただし納得はしてもらえなくて、
「言っても分からん奴に説明してる暇などない」
平和くんは俺の額に銃口を向ける。
「神王が人の話を聞くと思うのか? アレは生意気な部下が理想をいくら語ったところで気にも留めないぞ。そうしてる間にも世の中には辛い思いをする者がいるのに、お前は心が痛まんのか?」
「それは……」
痛む。と答えるのは簡単だ。しかし『ではどうするか』の代案を述べろと言われると非常に難しい。実際神王は部下の話を全く聞かない。
「もっとこうしたら地上は良くなるんじゃないか」
と、いくら言っても下っ端の俺の言葉は届かなかった。
「もっと仕事ができるようになって偉くなってから言え」
何を言ってもそれで終わる。『相応の立場』じゃない限り耳を傾けないと知って、そのうち意見するのをやめてしまった。
平和くんの言う通り、言っても分からない人だからと諦めたのだ……どうしよう。
俯いて思考を巡らせるが、どうしても彼を止める方法が分からない。
「……どうしても俺を止めたいなら、俺を殺して止めればいい」
占い師でもないのに心の中を見透かした平和くんが、とんでもないことを言い出した。なんでそんなこと言うんだよ。誰も死んでほしくないから止めてんのが分からないのか。
「できないだろう? キミはそういう、誰かを傷つけるくらいなら自分を殺すような奴だ。俺のような人殺し……俺のような神殺しが相手でも殺せないだろう」
「お前に俺の何が分かるんだよ」
「サッパリ分からん」
ハッハッハ、と笑う声が聞こえる。恐る恐る顔を上げると、平和くんが清々しい顔で笑っていた。気づいたら銃口は下を向いていて、
「分からんが、大丈夫。全部上手くいくから。俺が戦争を無くしてやるから」
兵器のない、キミが戦わなくて済む世界で一緒に暮らそう。
意味の分からないセリフを言って彼は俺の胸をドン、と押す。無遠慮に押し出された左手から茶色の紙袋を突きつけられたので、よろけながらも咄嗟に両手で受け取っていた。
「何これ」
「爆弾だ。開けたら爆発する」
「うぇっ!?」
その場で解きそうになった封を閉じ直し、ソオッ……と紙袋に耳を近づける。小刻みに時を刻む、チッ、チッ、チッ、という音。聞き覚えのある音に中を覗くと、爆弾ではなく普通の懐中時計が入っている。
騙されている間に、平和くんは先に進んでいた。