ラジオが締めくくる百物語
「さぁーて、まだかなぁ」
「おっつけ(落ち着け)?」
「お前がおっつけ」
夏、と言えば、ホラー。
ホラー、と言えば、百物語。
……とはいえガチで百物語するほど怖い話のレパートリーはない。せいぜい三物語位が限界である。
だからどうするかっていうと、有名配信者の百物語企画を友人と見るわけである。
俺は友人の相羽とLINE通話を繋いで、YouTubeの有名配信者・ScareCrowの百物語配信を一緒に視聴しようとしている。実力派ホラー系配信者の元に集まる、リスナーからの厳選恐怖談、果たしてどんなヤバい物が飛び出すのか。
自宅の自室で、部屋の灯りを全部消し、カーテンも締め切ってクーラーをかけて、完全に納涼する気満々である。恐らく相羽も同じ感じだろう。両親がドアの向こうでバラエティを見てゲラゲラ笑ってるのだけ頂けない。仕方ないけど。イヤホンである程度軽減している。
『【百物語】すけあくろうのホラーなラジオ特別編【リスナーの最恐ホラーお便り百本読む】』と銘打たれた配信。つくづく個人が発信する情報の拡散力ってのが一昔前と比べてとんでもない量になったな……と、父が言ってたのを思い出した。ネットネイティブの俺ら世代からすると至って普通の事なのだが。
「とはいえさー」
相羽のだるそうな声がイヤホンから流れる。
「あん?」
「今時トイレの花子さんくらいじゃ誰もビビんなくね?」
「お前それ小学生の時の自分に言えんのかよ? いいか、人間いつになっても恐ろしいんだよ花子さんが」
「いやそうじゃなくて、なんていうの? 心霊現象って今どき一般人に信じられてんのかなって」
「あー……どうだろう、子どもの頃は怖いの純粋に怖かったもんな」
「うん。今じゃエンタメだよ」
「これみたいにな」
「うん」
超常現象なんてエンタメだ、預言者の預言も、イタコの口寄せも。
「実際この世の八割くらいは作り話だと思うよ」
「ホラーな体験とかは特にな」
そうこう言っているうちにストリーミングの画面が変わる。いつもの配信画面ではなく、特別企画用に用意されたイラストだ。どこかの山里の奥にある、庭に竹の生えた寺。その建屋の裏、石灯籠と縁側に座る案山子、といった構図。
『はいどうもー。』
およそホラーには似合わない爽やかボイスなスケアクロウ氏だが、逆にそれが無機質な感じで恐怖を誘う。
『スケアクロウですー。本日はお集まりいただきありがとうございます。音量とか大丈夫ですかね?』
氏は少しだけ環境を確認してから配信を再開する。
『……えーでは『すけあくろうのホラーなラジオ特別編』やっていきますか。』
『……気づいたんです。これ、金縛りだと。背中側から何かが滑り込んでくるような感覚がしました。あまりに怖かったので大声で「出ていけ!」と叫びました。そうすると滑り込んでくる感覚はどこかに行きました。でも首筋の冷たさは無くならない。』
まぁそこそこ怖いかな、と俺は思う。
「金縛りになったことある?」
と相羽が聞いてきた。
「ない」
「ふーん」
『その日は結局寝付けず、朝を迎えることになりました。私の身に起こった不可解な現象は、後にも先にもそれだけです。』
俺はとある話を唐突に思い出した。
「一説だと体が起きて頭は寝てる状態って言うよね」
「金縛り? そうなんだ」
「あれ初耳?」
「初耳学だね」
「田舎に帰ってカブトムシ捕まえに行こう」
「林だけに?」
「おぉよくわかったね」
分かりづらいボケをよく拾ったもんだ。我が友として誇らしい。
「分かりづらいからやめようね」
「すいやせんした……」
沈黙を埋めるスケア氏の言葉。
『ここで言うのもなんですけど、みなさん。頭の片隅にでも置いておいていただければ幸いなんですけど、怖い話一本三分と見積っても全部読むのに三百分、時間にして五時間ですからね、えぇ。まだまだ始まったばかりですよ』
「確かに」
俺は呟いた。午後九時四十二分、百物語達成まで、残り八十四本。
『……肝試し以降、身の回りで不可解な現象が起きるようになりました。なくしものが多くなったり、仮に見つかったときには見るも無残な断片になってたり。後は耳鳴りも多くなりました。視界の隅に白い何かが映ったように感じることもありました。一番不可解だったのは、寝てる間に突然窓が割れたことです。ワンルームマンションの四階なのに、です。とてもその頻度がすごかったので、お祓いをしてもらったところ、不可解な現象はぴたりとやみました。』
「あら」
電話越しの相羽の声。
「普通だな」
「おう」
『お祓いの数日後、友人とご飯を食べに行ったときのことです。いつものように他愛無い話をしていたら、不意に何も誰もいない虚空を振り返るので、「どうしたの?」と聞くと、友人じゃ「白い何かがちらっと見えたから何かと思った」と言いました。得体のしれない”なにか”がお祓いで消えたと思っていたら、友人に……。私は言葉も出ませんでした。』
……。
二人して絶句である。
「……やば」
そう呟いた時、気配を感じて俺は後ろを振り返った。もちろん何もいない。この投稿者と俺は関係ない。幻覚を見ただけだ。
『おおこわいですねー。気を付けてくださいね、このリスナーさんも、友人さんも、もちろん皆さんもね。こういうタイプもいるらしいですから。』
スケア氏は能天気に感想を言う。
「あんたが怖いんだけど俺は」
相羽は言葉を漏らす。百物語達成まで、残り五十二本。
『おっ、これいいですねー。ラジオネーム『通天閣』さんから頂きました。……『スケア氏、うしろ。』』
「……ふっ」
「笑ったら負けだろ今の」
相羽の笑いを殺したような声が聞こえる。
「笑ったら負けゲーム始まってないでしょ? 今。だからセーフなんだよ」
「このタイミングで使うかこの雑なボケ」
『でも私はこういうの好きですよ』
スケア氏はマイペースだ。
「好きだって」
「なんでだよ」
『ちょっと違う意味で寒くなったかもしれませんね』
それはボケが寒いって意味じゃないだろうか……。
「あれ今の俺のボケ聞こえてたかな」
「聞こえてたらそれはそれでホラーだけど」
「確かに」
ようやく日をまたいだくらいの頃の話。百物語達成まであと三十七本。
『……それ以来、その人はいなくなってしまったらしいです。友人はその後、何度も知り合いにその人のことを聞いたのですが、決まって皆『その時は別の場所にいた』と主張し、取り合ってくれなかったそうです。むしろ私の友人のことを、『幽霊が見えるようになった子』と疎んで、離れていったそうです。ちなみにこの企画にこの話を送ろうか提案したところ、『もう過ぎたことだからいい』とオーケーしてくれたので送った次第でございます。消えた同級生の話でした。』
「……おぉー。」
「これいいな」
相羽から高評価が下される。
「普通に薄気味悪かったわ」
「な」
『これ怖いですねー。もう終わりも見えてきたところで、この怖さはいいですねー。ここまで読んできてもしかしたら一番怖かったかも。』
スケア氏的にも刺さる話だったらしい。
「おぉかなり高評価」
午前一時半、そろそろ眠くなってきた。百物語達成まで、あと九本。
『これで最後ですねー。……起きてますか皆さん。最後、読みますよ』
「起きてるか?」
「……」
相羽の返事がない。ただの……寝落ちだろう。気合いが足りてない。
「はぁ……」
俺はため息をついて怠さを誤魔化す。流石に五時間も六時間も配信を見てると疲労が溜まる。寝落ちるのも無理はない。親もとっくに寝ている。
同時視聴がただの視聴になった所で、改めてスケア氏の語りに耳を傾ける。
『ラジオネーム『ポカリくん』さんからいただきました。
……私が子どもの頃の話です。祖父が好きだったのもあって、家には古いラジカセがありました。父と祖父の仲はあまり良くなく、よく捨てるだのなんだのとケンカしていました。結局祖父が死ぬまでそのラジカセは使い倒され、私のものになりました。とても何十年も使われてきたようには思えないくらい状態がよかったです。それが大体小学校二年生くらいです。そんなこんなでラジオとゆかりのある幼少期だったので、必然ラジオが好きになりました。
周りの同級生は全く聞かないけど、面白い番組は沢山あって、なんでみんな好きにならないんだろうなーって思ってました。家に友達を呼ぶと必ずそのラジカセを自慢して、一緒に触ったりしてました。
それはいわゆるダイヤルでチャンネルを合わせるタイプのラジオでした。いつだったか、友人を家に呼んで一緒にラジオをいじくって遊んでたんです。夕日が家に差し込んでとても暑かったのを覚えてます。友人の一人がダイヤルを思いっきり右に回してみたんです。私は壊れるからやめておけと止めたんですが、なぜかチャンネル合わせの針が右端に到達しても回るのが止まらないんです。
ざっと三回転半ほど回ったところでダイヤルの回転が止まりました。ふつうはザーと砂嵐が吹いたような音が鳴るはずなのに、無音でした。正確には、誰かが部屋の中を歩き回るような音が聞こえました。なんだこれ? と思った瞬間、悲鳴とずりずりと引きずられるような音が聞こえました。
「うわぁー!」
その声が突如途切れるとともに、砂嵐の音が帰ってきました。
時間にして30秒にも満たないほどの時間でしたが、当時の私たちは小学生でしたから、どう考えても聞いてはいけないものを聞いてしまったと、みな真っ青になりました。この後何かが起こってしまう……。恐怖心にとらわれた私たちは私の部屋に逃げ込んで、ドアに鍵をかけたうえで部屋の隅に固まりました。そのままじっと何かが来る、何かが来る、と震えていることしかできませんでした。しかしいつまでたっても何も起きません。
大丈夫なのか? 私は恐る恐る立ち上がってみました。ドアを開けるため一歩目を踏み出したとき、ドアが急に開きました。
キィ……。
ひ、と声にならない声が出ました。
ドアを開けたのは私の母でした。どうしたの? という言葉で我に返り、私たちは安心で泣いてしまいました。
とはいえ恐怖体験をしたのは事実で、もう遊ぶどころの騒ぎでないことは確かです。その日はそこでお開きにして、みな帰りました。一応確認しておきたくて、親にそれとなく頼んで友達が皆ちゃんと帰れたか確認してもらったところ、一人残らず無事に家に帰れたようでした。私はホッと胸をなでおろしました。
その後、私の周りの人たちに何かがあった、なんてことはなかったのですが、その体験から一週間ほどでしょうか、通学路近くの川で身元不明の死体が見つかる事件がありました。地元で少し話題になりましたが、それだけです。
しかし、私や私の友達はその前に起きた不可解な音声が関係しているとしか思えないのでした。』
突如、配信画面が止まる。ロード中のマークがグルグル回り出す。
ん?
「相羽? 配信止まった?」
返事がない。そういえば寝てたか……。通信障害かな? もう一度入り直そう。
流れるようにスマホを操作し、入り直す。配信は問題なく出来ていた。
『みなさーん? 戻れてますかー?』
ふと同接をみると、配信が途切れる前よりかなり減っている。結構な人数グルったんだなー……。
「おい、おい!」
「ううぉい!」
突然相羽が大音量で俺を呼ぶので、素っ頓狂な声が出てしまった。
「なんだ寝てたんじゃねえのかよ」
「あ、聞こえてる、よかった……。」
「は?」
「あ、いや、何でもない。良かった。」
様子がおかしい。
「良かったって何が?」
「き、気にすんな。じゃ、お休み」
「は? おい終わってねえぞ配信」
言い切るが早いか、通話が切れる。一番最後にちびったか?
『いやすいませんね、配信が止まるなんて思わなかった。でもこれって百物語の怪奇現象ってことでいいんですかね?』
確かにそれだったら面白い。
『一応言っとくんですけど、一本話すごとにろうそく一本ちゃんと消してますからね。カメラないんで証拠もなくて申し訳ないんですけど。いやー怖かった。皆さん大丈夫ですか? ……ふぅ。最後の最後に怖いの来たねー。ホラー系YouTuber冥利に尽きますね。よかったよかった。あ、ちゃんとお祓いにはいきます。ハイ、じゃーこれで百物語企画、終わりでーす。皆さんご清聴いただきありがとうございました。この後はスパチャ等見させていただきます。』
俺にスパチャを投げる趣味はない。そのためこの後の話はあまり興味がない。
最後に変な事はあったけど、納涼って意味だと有意義だったんじゃないかな。
そう思いながらアプリを閉じる。携帯はベッドの横に投げ散らかして、そのまま寝た。
次の日。午前の授業は眠気と全面戦争していて何一つとして聞けてない。熱中症対策にスポーツドリンクを飲みまくっているので、これは紛れもなく夜更かしがたたっている。
それが昼休みになるとどうだ、眠気は勝手に俺と平和条約を結んでどっかに行く。逆にしてくれ、とつくづく思う。なんで休めと言われると眠気が吹き飛び、働けと言われたら眠たくなるのか。学生七不思議のひとつに入れていいんじゃないか?
「なぁ」
昼休みになってやっと相羽が話しかけてきた。今日の相羽はなんだかよそよそしい。
「どうした? 熱中症? なんか変だぞお前?」
「いや……」
返事もぼんやりしてるし、風邪でも引いてるんじゃないかと思う。いや……そういうことか。
「ははん、お前昨日の百物語でちびったな? いまだに最後の話思い出して怖いみたいな」
「ちげぇよ……あってるけど」
「は?」
何言ってんだこいつ? 相羽は俺の前の席からイスを引っ張ってきて俺に相対し座る。
「あの配信の最後、お前何見た?」
見た? 聞いた、じゃないのか?
「何見たって……しいて言えば配信画面だろ。一応、配信がグルったりはしたけど。」
「てことは、お前は見てないのか……?」
「何をだよ?」
それを聞くのか、と、信じられない目で相羽は俺を見る。相羽は唾を飲み込んで答えた。
「百物語、一番最後の話が終わった直後に、突然画面が切り替わって、題名もチャンネル名もコメントもない動画に飛ばされたんだけど、そこにお前が映ってた。お前が自分の部屋の中を歩き回ってると思ったら、部屋の奥の影から手みたいな、触手みたいな黒いものが出てきてお前を影に引きずり込んだんだ。お前は抵抗したけど、そのまま飲み込まれてった……。音声はなかったけど、何か叫んでるように見えた。」
「え……?」
俺は目を見開いた。俺が、飲み込まれる映像……?
「お前、誰だ……?」
俺は、誰……?
「なに、言ってんだ。俺だよ」
「……。だよな、だよな、考えすぎだよな。うん。」
「当たり前だろ……」
つまり、こいつは俺のことを、俺じゃない何かだと疑ってるってことか。
あり得ない。だって昨日の記憶があるんだぞ?
でももし、寝てる間に夢遊病みたいな感じでそういうことが起こってたとしたら……。だとしたら俺は、いや、相羽は、ここは、俺の記憶は……。
「……やめよう、この話。きっと悪い幻覚でも見たんだろ」
「……。見てくれ」
相羽が見せてくれたのは、ネット掲示板のいくつかのスレ。
話を要約すると、配信を見ている時に、変な動画に飛ばされた、という内容。それは相羽がさっき説明したそれとそっくりだった。
もうひとつはあの配信の直後、都市伝説スレで多くの行方不明者を探すスレが立ち上がっているらしいということだった。
見つからない、という場合もあれば、無事に見つかったというものもある。それから、見つかったが記憶の欠落が見えたり反応がおかしい場合もある。
「お前、これなんじゃ」
「考えすぎだって。」
俺は相羽の言葉を遮った。
「……」
なおも疑いの目を取り下げない相羽。俺はその目を見返して言う。
「……怖いんだよ。俺も」
「……ああ」
相羽は目をそらした。二人して、声が震えていた。
評価・コメントなど頂けると幸いです。
追記:なんか書いたと思ってたら書いてなかった謎の表記とか見つけたので直しました。ホラー……ではなくただの編集ミス、誤字です。ごめんなさい(20220802)