【第九十六話】その男、一人作業に精を出す
「久し振りの一人な気がするな……」
土曜夜。
一喜は一人、玄関の扉を抜けて廃アパート前で呟いた。
傍に望愛は居らず、仕事疲れで休んでいるだろう彼女を一喜は態々呼び出さずにそのままにしている。
仮に本人が来たいと言い出しても、元々の生活を忘れてはならない。一喜自身は此処と向こうが繋がってからは満足に休める日が無くなってきているが、それは彼本人が望んでしている行為だ。
彼女の場合も同じ様なものであるとは一喜は考えていない。胸の内が明らかとなっていないのだから彼に彼女の本音が解る筈もないだろう。
危険だとされる夜の中で荷物は中古屋で買った安リュック一つだけ。多くを収納出来る代わりに大した耐久性の無い品物は、一喜以外から見れば安物買いの銭失いに見えることだろう。
実際は何時何処で置いていくことになるのかが解らないからだ。
リュックを開けて中から取り出すのは、十数体の蜘蛛型の支援ロボット達。
予め箱から出しておいたボックススパイダーを起動させて地面に置くと、彼等は勢いよくその場から広がっていく。
機械的な姿のお蔭で嫌悪感は幾分少ないが、虫嫌いにはやはり堪える光景だ。
通販で状態の良い中古ごと纏めて購入した所為で表面には傷が見受けられるものの、破壊されることを考えれば誤差の範囲である。
「よし、このアパートから始めて周辺の建物の修復を頼む」
ボックススパイダーに頼むのは修復だ。
彼等にはそれしか出来ないのだから当然だが、直った先から彼が壁として活用するのが本来の目的である。
怪物相手には何の意味も無い壁であるも、この壁で遮るのは人間だ。
誰を通して誰を通さないのか。その選別をする為にも、間に巨大な壁を残しておかねばどんな侵入者が訪れるか解ったものではない。
一斉にアパートに群がっていく蜘蛛達を見つつ、一喜はそのまま足を進めた。
出来ることはなるべく早い内にやっておいた方が良いのは世の常だ。
一喜もその例に逆らわず、望愛が居ない内になるべく多くの物資をアパートに集めておこうと廃墟となった店達を目指す。
集めたところで盗まれればお終いであるが、食料でなければ放置はされ易い。
故に適当なコンテナボックスを見つけ、その中にバッグや衣服を優先して入れて持って行く。
一人での活動なので効率的ではないが、やるやらないで成果は多少変わる。
何より暫くは望愛と二人での活動となるのだ。態々購入しなくとも良い物を集めておけば、彼女も有難くは感じるだろう。
「これじゃ、どっちが主導者か解らないな」
複数回の往復に息を上げつつ、一喜は愚痴を吐いては歩く。
どちらが率先して動かねばならないなんて、本当は望愛の方なのだ。迷惑を及ぼした側だったのだから、彼女が動かねば悪事の清算は叶わない。
しかし、彼は別に彼女を奴隷として認識してはいない。精々が都合の良い女であって、守るべき女ではないのだ。
着装も出来るのだから危険地帯に飛び込ませても早々に死にはしない。極論、体力を削るような真似をしたとて一喜にとってはどうでもいいことなのである。
それでもしないのは、一重に現実世界において一喜は弱者だからだ。
此方でどれだけ無双することが出来たとしても、元の世界では非力な一般人と大差ない。
警察や法が動けば処罰されるのは彼であり、故に理不尽な真似はただただリスクを呼び込むだけとなる。どれだけ一喜の方が正しくとも、女性に過度な悪待遇を与えたと知られれば悪は彼になるのだ。
コンテナボックスは予想よりも多く放置されていた。
更に探せば別の店で台車を発見し、車輪自体に大きなダメージが無かったお蔭でコンクリートの瓦礫や段差が無い場所では役に立った。
何時間も掛けて積み上がっていくコンテナボックスは十を越え、中身も一喜本人から見ても充実している。
それこそ一人で暮らしていく分ならこれで十分な程だ。二人分でも節制していれば次を見つけるまで消耗は抑えられるだろう。
しかし、それでも二人分だ。大人数を賄うには些か以上に集まりが悪い。
こういう時に物資を集めてくれる支援ロボットが居れば良かったのだが、残念なことにメタルヴァンガード本編には登場しても玩具化は果たしていない。
これは活躍が地味であるという部分が強く、またカードを使わない一般車両の分類に入るからだ。
トラックに六本のアームを取り付けた些か不格好な姿のそれが今の一喜には喉から手が出る程欲しい。叶わない夢であると知りながら希いつつ、深く息を吐いて徐々に重たくなっていく足を酷使させることに費やした。
「……流石に、そろそろ注目は集まってくるか」
約四時間。
途中で休憩を挟みながら作業を続行していくと、夜の空が徐々に太陽で照らされ始める。
街の中を彷徨う人間に時間の概念などあってないようなものだが、それでも陽が出ている間はこの街に漁りに来る人間は増えていく。
実際に街とアパートを往復していくと人の目が明らかに増え、彼等は揃って一喜に対して怯えを露にしている。少数は敵意の籠った眼差しを送り、機会があれば襲撃を仕掛けるつもりなのか即席の鈍器を彼等は手に持っていた。
彼等が怯えと敵意を持ったのは、一重にオールドベースの一件があったからだ。
彼等の中では食料を恵んでくれるオールドベースが味方であり、そんな味方の人間を傷付けた一喜は敵である。
実に表面的な話であるが、人はどうしたって助けてくれた者に好感情を抱き易い。
それが地獄の淵から掬い上げてくれる者であれば、危機の度合いによって神や仏の如く見えていただろう。
そんな勢力の頼れる戦力を明確に傷付けたのだから、最早キャンプ内の人間が一喜に対して好印象を覚えることはない。
こればかりは致し方無い話で、諦めざるを得ない話だ。
彼等は化け物によって運営を受けているとは理解していないのだから、それを馬鹿正直に伝えたところで嘘だと切って捨てる。いや、そもそもまともに話を聞いてくれるかどうかも定かではない。
「こんな調子で勢力なんて作れるもんかねぇ……」
自分で言い出したことではあるものの、異世界で勢力を作るには一喜の取った行動は些か不味過ぎた。
少なくともこの街で多くの人間を集めるのは適していない。安全性を高め、此処が人類が過ごしていく上で最適な土地であると宣伝し、その餌に釣られて現れた別の街からの住人を取り込んでいくルートになる。
遠回りだ。場所を変えて行った方がまだ集まってくれる。
せめて異世界への扉が移動式であれば移動も視野に入れたが、移動出来るかも試せない環境で博打をするのは彼の考え的にナンセンスだ。
多くの人の目の中を一喜は意識的に無視しつつ、ただ黙々と荷物だけを積んでいく。
今はただ、やるべきことをするだけだ。
キャンプの人間を警戒したところで何れ腐敗は無視出来ない範囲にまで至る。欲望すらも腐り切ってまともに湧き出してこない彼等では、最終的な末路は受動的な死だ。
積極的に自殺する勇気も持てない集団は、ただ苦しみに喘ぎながら何かをしようともせずに勝手に死んでいく。
今はまだ限界のライン上で生を繋げることが出来ているだけで、キャンプという足場は常に脆いままだ。
彼等の目は意識を向ける必要こそあれど、警戒を強めるには至らない。
それに一喜は別にこの世界でも孤独という訳ではないのだ。数々の視線の中を歩く内、彼はふとそこに好意的なものを感じて顔を動かした。
「あ」
「お」
陽が昇れば、彼女等とて活動を開始する。
街中であれば幾らでも出会う機会があるのだから、この遭遇は偶然ではあっても低い確率ではなかった。




