【第八十八話】その侍従、異世界の女を知る
女という存在に対する常識とは一体なんであろうか。
美への追求、感情的、比較的軟体、腹黒。
感情的な部分と腹黒の部分は正反対の性質のように思えるかもしれないが、これらは確りと両立している。
選択に関しては感情的となり、己の未来に対しては打算的になるのだ。別にこれは女性に限った話ではないが、女性の方がより性質としては強い。
男はいくつになっても馬鹿と言われるように、どうしたって幻想を求めやすいのだ。
打算的になれない男の方が実際は多い。幻想的な女を演出すれば、実は思いの外男とは釣られてしまうものである。
その中で、沢田は自身の美しさを正確に把握していた。
醜さとは無縁であり、数多く居る人間の中でも美へと傾いている側であると。
「あの御方はこの世界が真実、どのような環境になっているのかを気になっておりました。 過酷極まるならば過度な干渉は避け、逆に違うのであれば大藤様と話し合いを行った後に事業を展開するつもりです」
「その話は初耳だが?」
「今話しましたので。 そも、これは断られるだろうことを前提にしています。 大藤様が御望みになっているのは干渉の回避ですから」
一喜はやはりと思いつつ、此処で披露した事実に少々驚いた。
疑心を抱かせるとは、即ちこれからの関係継続を困難にさせることと同義だ。干渉しないことを条件にした筈の話の中で実際はこれからも干渉したかったと語るなど、その場で一喜の怒りを買うようなものである。
それを敢えて口にしたのならば、相応に理由があると見て良いだろう。少なくとも相手側の思惑が予測通りの範疇であったことを喜びつつ、彼女の話に口を挟むことを彼は止めた。
事は瑞葉が予想していた範囲を大きく逸脱している。彼女は世良達の中で唯一真っ当に異世界を信じたがっている者であり、可能であれば移住を望んでいた。
その移住先の異世界から明らかな権力者の部下が来ているなど、未だ若過ぎる身空で完全に予測することは難しい。
ただ、それでも解ることはある。一喜は干渉しないことを条件に案内をしているが、沢田自身が諦めている素振りを欠片も見せていない。
彼が初耳であると言ったように、今日この場で沢田は初めて権力者の意向を口にしたのだ。
ならば、彼女の発言を完全に嘘だと切って捨てることは出来ない。何よりも信頼出来るであろう男が権力者の部分に否定を入れなかった時点で、瑞葉の目前に居る美女は並の人間ではないと信じることが出来た。
人は大きな権力に弱い。真っ直ぐに前を向けるような強靭な心とやらは普通に生活している限りでは中々に育つことは無く、育ったとしても真向から跳ね除けるような真似は絶対にしない。
権力者を前に力の無い者が出来るのは二通りだ。即ち、媚を売るか無謀な強がりである。
瑞葉はまだ生きていたいと願っていた。であるからこそ、怪物ではなく人として格上の人物が来訪した理由について納得しなければならない。
そうせねば、最終的に不利になるのは自分だと解ってしまう。
「……私が此方に赴いた理由は以上です。 見た目が他者よりも目立つのは承知の上ですが、どうかその点につきましては然程お気になさらずにお願いします。 滞在時間も僅かですので」
「――いえいえ、お気になさらず。 納得出来る理由があるなら私は特に気にしません。 あ、パイセン。 世良パイセンにはこのことを伝えても良い?」
「構わないが、出来れば接触は控えてくれ。 別に話をするのが目的じゃないからな」
「勿論。 今はどっちにとっても会話をすべきじゃないと思いますしね」
理由は解った。突っ込める隙が無かったことは悔しいが、それを態々表に出して無駄な諍いを発生させたくはない。
瑞葉は自身の暗い感情を内に仕舞い、元の快活な少女に戻った。自然と彼女から発されていた冷気も引っ込み、傍で受けていた烈はほうと息を吐く。
言葉による戦いはこれで終わりと沢田も矛を収めた。双方の中で何が起きているのかは一喜には解らなかったが、取り敢えず終わったのであれば長居は無用だ。
世良達のグループと過度に関り続けているこの状況は不味い。互いが互いにまだ和解のような措置を取っていない段階で親し気に話しては、一喜は兎も角として瑞葉や烈も離れることを考えているのではないかと世良達に思わせてしまう。
瑞葉に対してはその通りであるが、烈はまったくの無関係だ。この偶然の出会いで少年が怪しまれるなど一喜は別に望んではいなかった。
世良達が一喜と会話が出来るようになるには、どうしたって異世界に関する証拠が求められる。
それを提示しない限り、我が比較的強い世良が進んで謝罪をするとも思えない。
故にこの場はただちょっと会話をしただけ。謂わば近所のおばさん同士による井戸端会議のようなもの。
それで決着を付け、未だ何があの瞬間に起きたのか一喜以上に解っていない烈を瑞葉は半ば引き摺りながら姿を消して行った。
「――少々の会話でしたが、存外にあの少女は心根が素直ですね」
「……少なくとも、同年代の子よりは現実を知っているからな」
「遊びに行くことは出来ず、生と死の隣にあり続ける。 並の女子高生では体験出来ない日々です。 それがあったからこそ、何とも違うという印象を抱かざるをえません」
沢田にとっては初の異世界人との会話だ。
それ故に価値観を広げてはいたが、会話をしていると元の世界の女子高生とは違うと思わずにはいられない。
妙に大人びている訳ではなく、かといってこの世界に染まって野蛮になる訳でもなく、大人と子供の中間の人間と会話をしているように彼女は感じた。
元の世界では中々見ることはない人間だ。今時の子供も以前と比較すれば大人らしさを感じることは多くなったが、それでもまだまだ少年少女的な思考は抜けていない。
やってはならないことをやろうとするし、大きなミスをしても謝れば何とかなると浅く考えている。
欲望に素直で、大人の忠告なんて右から左。ただ、若さに身を任せて突き進む様は老人に近付く程に眩しくも見えるだろう。
されど、瑞葉にそんな若さは無い。
子供特有の素直な心根はあるが、それを内に抑え付けることが出来る程度には他者との会話に慣れていた。
相手の思考を読み取り、それに対して自分なりの意見を飛ばす。簡単なことのようでいて難しいことを瑞葉は難なく熟している。
恐らくはそうせねば生活が出来なかったのだろう。暴力行為に慣れていなければ、言葉によって他者を惑わすしかないのだから。
「これがこの世界の若人ですか?」
「まだ良い方だ。 物騒な奴の方が多いさ」
沢田の中で異世界人への評価が変化していく。
国が変われば人の価値観等容易に変わるものだが、それが世界規模になれば起きた変化はあまりにも大きい。
ましてやそれが怪物侵攻によって果たされるなど、彼女には創作物の中の出来事のように感じられた。
この世界で生きる人に余裕は無い。余裕が無いからこそ勝者と敗者の差は貧富よりも広がり、無数の敗者が塵の如く積もっていく。
発展が無い世界で、ただ僅かな食料を奪い合う生活。そこに希望などある筈も無く、正しく終わっているとしか形容出来なかった。
「此処で事業を始めるとしたら、先ず慈善活動からになりますね」
「それも難しいけどな。 食料を分け与えようとすれば奪いに来るぞ」
「……つまり本人達が限界になるレベルで施しをしなければどうにもならないと」
難しい話だ。終わっている世界を救うとなれば、費やされる資源は莫大の一言。
一体どれだけの資源が無くなるのかを想像して、沢田は曇り始めた空を遠く見つめた。




