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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第八十六話】その男、向き合う

 その日、一喜と望愛は全ての用意を済ませた。

 約束を交わし、仕事中は常と変わらぬ態度を貫き、その裏で特に望愛は準備を急いだ。

 彼女の場合は零から用意を終わらせなければならない。一喜側でいくらかの手助けは出来るが、最後は全て彼女の側に揃っていなければ意味が無いのだ。

 そして彼女は揃えてみせた。道中に向けられていた謎の視線の数々を無視して。

 望愛は自身が監視されていることに気付いている。同様に、一喜自身も監視の目が及んでいることは承知済みだ。

 大事な妹が怪しい男と何かをしている。

 それだけで厳しい目が向けられるのは確かであるし、何よりも先の約束によって望愛はこれから一喜に関わってはならなくなる。

 

 表面上、証拠を見せることは関係の終焉だ。

 望愛を一切関わらせなくすることを目的として一喜は綱吉に異世界を見せるのであり、それをもって綱吉は彼女を説得する手札を手に入れる。

 どんなに関わるなと言ったところで、望愛と一喜の職場は一緒だ。一喜側が配慮して無視を決め込んでも望愛が我慢出来るかは解らない。

 綱吉は望愛の積極性をある程度は把握していた。そして、彼女のその性質が絶対に約束に罅を入れるだろうとは確信している。

 故に職場からの退職と、家への帰還を迫るつもりだ。例え彼女に心底から嫌われようとも。


「――来たな」


 アパート前に高級車が止まった。

 今日は綱吉は此処には来ない。来るのは同行者だけと表向きには言われているが、実際は今も無数の視線が突き刺さっている。

 扉が開き、運転席から姿を現したのは私服姿の沢田。怜悧な相貌はそのままに、機能性を重視したズボンとジャケット姿は様になっている。

 着慣れているとも言えるだろう。彼女は執事服を纏っていたが、普段から女性らしい恰好をしていない可能性がある。

 彼女の背中には小振りなリュックが一つ、そして肩には長方形の箱のようにも見えるカメラ。

 それが綱吉のモニターに繋がっているのだろうと思いつつ、二人はアパートの入り口で顔を合わせた。


「予定時間丁度、流石ですね」


「合わせるのは得意ですので」


「こんな時間でもですか?」


 周囲は闇の中だ。街灯が幾分か道を照らしているとはいえ、それでも遠くまで見渡すことは出来ない。 

 時刻は午前一時。危険とされる夜の時間を綱吉は提案し、そして一喜は了承した。

 綱吉の自由時間は基本的に夜だ。朝や昼は仕事に忙殺され、リアルタイムでモニターを見る余裕も当然ながら存在しない。

 この提案を却下したら、次は一ヶ月後だ。綱吉としては後回しにしたくない案件であるし、一喜としても一ヶ月も警戒するのは勘弁願いたい。

 故に危険であることを双方同意した上でこの時間を選択した。現れたのが沢田であることは一喜には予想の範疇である。

 動揺の見えない一喜に沢田は内心、流石と僅かばかりに感心する。そうでなくては、あの綱吉とまともに話が出来ないだろう。

 

「私達は何時如何なる時間でも最良の行動をせねばなりません。 深夜だから万全のパフォーマンスを発揮出来なかったなど、自分の能力不足を周囲に教えるようなものです」


「成程、大変なこった。 出来れば今後縁が無いことを望むよ」


「そうなるかはこの件で決まるでしょう」


 軽くジャブを互いに放ちつつ、ではと彼女が本題に入る。

 一喜は無言でアパートの周りを回るように歩き、沢田もまた彼の背後を付いて行く。

 自室の窓は開け放たれ、そこから一喜と沢田は室内に入って靴を回収した。

 内部は客が訪れることで清掃されている。ゴミの類は見受けられず、かといって専門業者を入れたと思われる程には綺麗になっていない。

 典型的な個人清掃の限界といったところだろうと沢田は判断を下し、大きなリュックを背負う一喜を視界に入れる。

 

「向こうについての話は何処まで?」


「大藤様が綱吉様に御話していただいた部分は全て聞いております」


「なら、俺がこれからすることについても把握しているな?」


「廃コンビニに赴くのですよね。 支援の為に」


 沢田は準備をしている段階で事前情報として既に綱吉から話を聞いている。

 にわかには信じ難い異世界。そんなものがあるとは欠片とて信じられなかったが、そこに彼女が愛する望愛が関与しているのであれば無視は出来ない。

 嘘であるか真であるか、今日はそれを見極める。

 鋭い雰囲気は修羅場に赴く者特有で、一喜は放たれた視線に警戒を抱きながらも自然体のままだ。

 ある意味慣れたということだろう。化け物の敵意に比べれば沢田の雰囲気はまだ甘い。

 化け物であればそのまま攻撃を仕掛けて来ても不思議ではなかったし、仮に攻撃をしないにしても罵るくらいは平気でする。


「支援と言われると何だか大層に聞こえるな。 だがまぁ、間違いでもない。 予定では一時間から二時間の間向こうを歩き回り、此処と向こうの違いを肌で体感してもらう。 これをもって異世界は存在するという証拠にしたいんだが、特に注文は無いな?」


「はい。 内容が真であれば此方も約束を守りましょう。 必ずや、貴方様への関与はしません」


「よし、なら行くぞ。 道中は暗いからライトを忘れずにな」


 一喜は携帯のライトを付けて、沢田は胸元の照明器具のスイッチを押す。

 携帯と比較すれば照明に特化している分沢田の方が光量が高い。部屋は明るくなっているが、その中でも胸元から発する光が一喜には見える。

 これならば遠くまで照らすことが出来るだろう。頷き、室内の電源を落として一喜は玄関扉を外に向かって開け放つ。

 

「――――これ、は」


 土曜の深夜一時。

 普段使われる筈の玄関は、零時を超えた段階からその役割を異なるものへと変える。

 玄関の外に広がる極々平凡な景色は姿を消し、現れたのは荒廃の二字が広がる絶望の世界。

 沢田は動画を見ていない。話に聞いた程度で、故に彼女は初めてその光景を視界の内に収めた。

 崩壊した建物の数々。罅割れの目立つ大地。瓦礫やゴミが処理もされずにそのまま転がされ、人の気配は一切感じられない。

 現代における死の世界。その概念を形にしたような景色に、彼女は息を呑んだ。


「……行くぞ」


「は、い」


 一喜の声に沢田は意識しながら言葉を返した。

 気を抜けば無言になってしまいそうな世界の中に足を踏み出し、その瞬間にいきなり大きく気配が変化した。

 何ということはない。今や修羅の世界に近くなってしまったからか、およそ平和や平穏を感じさせてくれる要素が排除されているのだ。

 流れる空気には死臭が混ざり、呼吸をする程にその身が汚染されているかのような気分にさせる。

 目を周囲に向ければ、建物の種類は異なれど現代の様式とほぼ一緒だ。

 道路も此方側と非常に似通っている。車の道順とこの道を脳内で照らし合わせれば、怖ろしい程の一致をみせた。

 

 似ているのではない。これはほぼ一緒なのだ。

 違いがあるとすれば建物の種類くらいなもので、歩けば歩く程に此処が異世界の事実に現実味が付加されていく。

 そのまま暫く。沢田は周りの風景を撮影したり、綱吉へとメールを送りながら一喜の背中を追い続け――廃コンビニへと到着する。

 内部はやはり凄惨なまま。食料以外の嘗て商品だった物が転がり、掃除もされていない所為で埃が積み重なっている。

 更に外の瓦礫がガラスを壊して内部に侵入し、とてもではないが元に戻すことは出来ないだろう。

 

「……こんな場所に人が来るのですか?」


「こんな場所だらけだよ、この世界は」


 思わず出て来てしまったような疑問に一喜はバックを隠しながら即答した。

 それがこの世界の現実。それがこの世界の実状。今も災害が起き続けている世界なのだと、彼女は容赦なく告げられたような気がした。

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