【第八十二話】その男、約束を取り付けられる
証拠を提示する時、それがあまりにも荒唐無稽であれば実際に目にしない限り納得することは出来ない。
特に今回の異世界云々については、最も簡単に納得出来る方法がそれだ。
映像技術は発達を果たし、3D技法を用いて現実と遜色の無い映像を作り上げることが出来る。
流石に一喜が出した映像を作り上げるにはかなりの時間と資金が求められ、それを用意する術を彼が持っているとは綱吉も思わない。
それでも、可能性そのものは零ではないのだ。ならば、より明確な一押しを求めるのは自然なことだろう。
その場を見ることが出来るのならば、その時点で綱吉は自身の間違いを詫びて一喜と普通に相対することが出来る。
しかし、当の本人である一喜は彼の頼みに眉を顰めてみせた。要求を呑みたくないと思わせる表情に、綱吉はおやと内心首を傾げる。
「……正直に申し上げるのなら、あの場を見せたくはありません」
「それは、何故だい?」
疑問は綱吉にとっては当然だ。
それを見せれば全てが解決するのだから、既に映像を見せた以上は本物を見せたところで信憑性以外に変化は起きない。
「危険であるのは当然として、私はこれ以上の目撃者を増やしたくないのです」
「目撃者」
「はい。 此方側の人間ではなく、向こう側の目撃者です。 既に妹さんは偶発的に接触してしまい、あちらは彼女の事を知ってしまいました」
「ふむ……」
腕を組む。一喜の言っていることの意味が、綱吉には理解し切れない。
向こう側の人間になるべく此方側の人間が接触しないようにする理由自体は解る。
異なる価値観、異なる世界。双方が顔を合わせることでズレが生じるのは勿論、差異が広がれば不和に繋がりかねない。
相手は最終手段を暴力とする集団だ。そこに話し合いや、法を用いたところで有効な手にはならない。
一度異世界に行ってしまえば、既存の常識はある程度捨て去る必要が出るのだ。その時点で、成程予測不可能ではある。
しかしだ、それは何も知らない状況であったならばの話。
望愛は偶発的な接触となってしまったものの、綱吉は既に事前情報としてある程度は聞いている。
それに合わせて態度を変え、何ならバックストーリーを構築しても良い。
更に護衛も使い、完全とはいかないまでもある程度の防備を固めておけば交流をしたところで然程大きな不和が発生するとは思えなかった。
だが、それだけではない部分があるのだろう。
「もっと言えば、どうやら件の異世界にはもう一つ別の世界から来ている者も居るようです。 そちらは一応隠しているとはいえ組織を築いているようでして、明らかにあの世界と此方側に無い技術を持ち込んでいます」
「もう一つの異世界。 それとどんな関係が?」
「端的に言えば、異世界が実在することを少数が予測し始めました。 まだ疑いの方が強いですが、その組織が此方に接触すれば自然と露見しかねません」
「――成程、言いたいことは解った」
人はどんなに想定していても、予想外に遭遇する。
もしも綱吉が一般人であったのならば、一喜はまだ巻き込む覚悟を決めることが出来ただろう。例え本音では嫌だと思っても、綱吉が覚悟を見せれば押し切られる可能性は十分にあった。
だが綱吉はただの一般人ではない。富裕層に属した、大企業の幹部である。
彼が居なくなることで起きる騒動は並ではない。警察は間違いなく動くであろうし、彼を愛する両親が裏でも手を回すのは確定だ。
さてそうなれば、何れ一喜にまで辿り着かれる。そして捕縛され、洗い浚い吐かされることで下種とも言える彼の親に異世界が知られてしまうのだ。
利益を求めるのであれば、異世界は正に最高の立地である。
世界が異なることで法が適用されず、一喜が戦える術を持っていることから複製は十分に可能。
であれば、後は人員を送り込んで異世界の資源を奪い取れる。その事に両親が喜悦を覚えるのは確かだと、綱吉は忌々し気に舌を打った。
縛鎖は未だ存在する。本当に開放されるのは、兄妹の親が死んだその時だ。
綱吉の存在を異世界の人間に知られる訳にはいかない。知られ、正体が悟られれば、暴力的な彼等が如何なる行動に出るか一切不明だ。
故にその場を直接見せることは出来ない。出来たとして、それは間違いなく映像越しとなるだろう。
「では、私はその場に赴かない。 私が信頼する者を代わりに同行させたい」
「それは――」
「順番だ。 君は妹の頼みを断ってほしがっているようだが、話を進めるには真偽を定かにしなければならない。 これが真実なら、確かに危険だと私が妹を説得しよう。 そして嘘であるならば、私は君に対して報復する」
真剣な顔に圧を伴わせ、半ば威圧するように瞳の奥に炎が燃え上がる。
その勢い、その深度。社会の化け物らしく、異世界でも十分に通用する過激振りだ。
これで頷かねば、話は終わる。一喜は嘘を吐いた者として処断され、その結果は事故死にでもなっているかもしれない。
綱吉は怪物の雛だ。己の宝を穢すかもしれない人間に対し、容赦も慈悲も一切しない。例えそれで妹に嫌われるとしてもだ。
これは決定事項である。他のどんな言葉でも、これ以上の妥協は与えられない。
一喜としては断固と拒絶したい。しかしだ、社会的なステータスの前では彼は有象無象のその他でしかないのである。
弱者は強者の言葉を拒絶出来ず、ただただ受け入れる他になかった。
「その信頼する人物が死ぬかもしれませんが」
「誓約書は作ろう。 仮にその者が死んだとしても、君に一切の責任は無い」
「――本人の意志は聞かないのですか?」
「勿論聞くとも。 聞いた上で、彼女ならば私の命を遂行すると確信している」
唯一縋れるだろう確認の言葉はまったくの無駄に終わった。
そも、雇用される側とする側だ。する側である綱吉の命令に否を言えばどうなるのかなど想像に容易い。
人間であれば死ぬかもしれない環境に向かうことに忌避感は出るだろう。けれど、社会は日々弱体を繰り返している。
今回の職を辞めて次を目指したとして、果たしてその次が訪れるかは不明だ。
であれば、嫌でもやるしかない。トラブルがあっても依然として立ち続ける大企業の安定感に縋る為には。
「……解りました。 ですが、行けるのは週末の土曜と日曜だけです。 平日は絶対に出来ませんので、その点は御理解を」
「細かい時間は後で連絡をしよう。 メイドの一人に連絡先を伝えておく」
やりたくはないが、やれば自身の目的に近付く。
難易度自体はそう高くはない。ならば、手早く済ませるのが最短の道だ。
諦めたように息を吐く一喜の姿を見て綱吉は勝ち誇るような笑みを浮かべる。勝ったというなら間違いなくそうであるし、それを態々指摘することを一喜はしない。
そのまま二人は短く雑談を挟み、よろしくの二文字と共に最後には別れた。
行きと同様に沢田によって運転された車はアパート前に止まり、降りた先で一喜は一枚の名刺を沢田から渡される。
「連絡は此方に。 情報を保存したいので全てメールになります」
「了解です。 ……さっさとケリをつけて終わらせます」
「……私共は詳細を綱吉様から説明されておりませんので解りかねますが、お嬢様に関係する事であるとだけは解っております」
名刺を受け取り、沢田は静かに一喜に語る。
彼女の近くには二人のメイドが居た。今時場違いとも言える白と黒のメイド服を着つつ、二人は揃って頭を下げる。
沢田もまた、一喜の前で静かに頭を下げた。
「お嬢様を、どうか幸せにしてください」
沢田達はずっとお嬢様である望愛に親愛を注いでいる。
それは不幸故の同情だからというのもあるが、母性的な女としての側面もあった。
望愛は綺麗な子だ。強引な部分があるにはあるものの、そこに誰かを害したい気持ちは微塵も含まれていない。
彼女は何か無茶をしようとしているのだとメイド達は気付き、そしてそれを解決出来るのは一喜だけであることも確信している。
ならば、頼むしかない。――どうか可哀想な娘がこのまま不幸で終わるようになってくれるなと。
「勿論。 それは俺も目指す所ですよ」
沢田の気持ちに一喜は前向きに告げる。
彼女の頼みを叶えればどうなるのかを解っていながら。




