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玩具が魅せる異世界特撮  作者: オーメル


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【第七十七話】その男、想いを捨てる

「君のやったことはありがた迷惑だ」


 長い溜息が流れた後、一喜は糸口に厳しい言葉を送った。

 糸口は目を見開いて一度一喜を見て、そして顔を俯かせる。金糸の髪が彼女の表情を隠し、一喜には雰囲気で察することしかできない。

 

「俺の事を良い風に語ってくれたのは嬉しいが、あんなのは所詮は自己満足だ。 満足するだけ満足すれば、その時点で俺は支援を打ち切っていた。 ……そもそも君と俺は赤の他人だ。 あれを見た者同士だからといって、言葉は悪いが関係者面をするな」


「……ッ!」


 息を呑む音が一喜の耳に届く。

 今、彼女の心中は曇り切っている。自分がしたことを否定されることは解っていても、何の関係も無いとまでは言い切られるとは予想していなかった。

 確かに赤の他人だ。けれど、この世界の中で異世界についてを詳細に知るのは今のところ糸口と一喜だけである。

 関係者ではないと彼が言い切ったとしても、客観的に見れば糸口は関与した関係者になってしまった。

 誰が何をしたのかなど関係は無い。ただ知ったというだけでも、無数の業界の中では関係者として認識されることもある。

 情報の質次第では命を奪われることもあるのだ。彼女の知った情報も十分に殺されるに足る理由であり、最初に知ったのが一喜ではなくサイコパスであれば死んでいた未来もあった。


「た、確かに私は赤の他人です。 会話だって三十分もしていない。 あの子達の今の暮らしぶりも碌に知らない身ですが、代わりに先輩のことはある程度解ります。 ……支援を打ち切るなんて、嘘でしょう」


「いいや、嘘じゃない」


「嘘です。 仮に嘘ではないのなら、それはきっとあの子達が先輩無しで生きていけると確信した時だけです。 それ以外に見捨てる真似を貴方はしない」


 何処か、糸口の言葉は断定的だった。

 彼ならそれをしない。俯いたまま、表情を見せることもなく彼女は言い切っている。

 何を知った風なと一喜は鼻を鳴らした。

 糸口は一喜の兄妹でもなければ、幼馴染のように身近な存在でもない。未だ半年も過ごしたこともないただのバイト仲間であり、職場の後輩だ。

 一喜自身の人生に彼女は足を踏み込んでは来ていなかった。その時点で、一喜にとって彼女は何の価値も無い少女なのだ。

 

「はぁ、君の中の俺はどうなってるんだ」


「良い人です。 尊敬に足る、私の両親とは比べようもない人です」


「それは職場の顔だけだ。 本当の俺の顔を君は見ていない。 見ていないから、そんな一側面の意見しか口に出来ない」


「そんなことはありません。 ――今こうして私を関与させないようにしていることも、先輩の優しさではないですか」


 否定をして、しかし彼女の言葉に呼吸が止まった。

 目が自然と見開かれる。それが図星だと、一喜自身にもまったく想定していなかった。

 そして、彼が何の反論もしないことで彼女は更に言葉を募らせる。


「私の身分はもう解っている筈です。 私は冷遇される身ですが、兄を筆頭に大事だと考えてくれる者も居ます。 私の為とあれば兄達はきっと協力を惜しまないでしょう」


 一喜の道の先には断崖が待ち受けている。

 本人も破滅が近付いていることは認識していて、その道を回避するのであればバイトをしている場合ではない。

 異世界そのものを交渉材料にして、金を持っている存在と手を結ぶ。

 事は簡単ではないものの、彼にはそれをする選択肢とて存在している。今目前に居る糸口を使って、彼女の兄から金を引き出させてやることも不可能ではないのだ。

 けれども、一喜はそれを選ばなかった。

 秘密が露呈するのを恐れて。

 誰かに裏切られることに嫌悪して。

 何が起きたとしても、責任は自分だけで済むようにして。

 誰かと行動すれば、そこには自分以外の予測出来ない部分が生まれる。既に異世界で散々に経験したことであるが、あれで一喜の予定が何度も変わることになった。


 自身の人生に他人など要らない。己の懐に、自分以外の心などあってはならない。

 

「秘密を守る為にだとか、他人と行動するのを煩わしく感じてだとか、そういうのが建前であるように私には見えます。 本当の貴方は、危険なことを全部背負ってしまう優しさを持った方です。 信じることに臆病になっている方です」


 強固にさせた心に、彼女の言葉が直撃する。

 脳裏には過去の自分。まだ希望に溢れた明日があるのだと信じられた自分だ。

 社会の荒波に揉まれようとも、自身を強く保てばきっと前を見ることが出来る。例え一度挫折しても立ち上がることが出来る筈だ、と何の根拠も無く信じていた。

 現実はそうではない。今の一喜こそが正しい社会人であり、糸口の言葉は甘いだけで何の現実性も無い。

 

「私は先輩を見て、今まで会って来た人達を思い返しました。 家に仕えてくれる人を除けば、業界人の目は何時も飢えていて怖かったのを覚えています」


 彼女は一喜が目にするもの以上の闇を見ている。

 パーティーの場で。家で。家族が持て成す、会社の首魁達が巧妙に隠していたマグマが如き欲望の火を彼女は知っている。

 その欲望を満たす為ならばどんな行為も厭わない。寧ろ逆に、誰かを地獄に落とすことを心底楽しんでいるような雰囲気が彼等にはあった。

 社会という怪物と戦う以上、人間性など持っている余白は無い。

 怪物を倒す為に怪物になったような種族に、人間が恐怖を覚えるのは必然だ。

 人は格差に嫉妬し憤るが、その根底になるのは決して怒りだけではない。恐怖もあるからこそ、怪物を排さねばならないと行動するのである。


 人は何の為に行動するのか。

 個々人が持つ自分本位な欲望が肉体を動かし、やがて社会に新たな怪物が産声を上げる。

 人はどうしたとて、他者の為に完全に優しく在れる訳ではないのだ。

 特にこの現代においては顕著である。人々は豊かな生活を送ることを目的として、誰かを蹴落としていく。――――なればこそ、誰かの為に動けるような人間が一等尊べるものとなる。

 

「先輩。 先輩は、誰かが死にそうになっている場面で助けられる人です」


 顔を上げた彼女は、一喜同様に前を向いていた。

 瞳に強い輝きを有して、とことんまで彼は素晴らしいと謳い上げる覚悟を持って、暗闇を払う声でもって一喜の行いを肯定する。

 人間とはそうあるべきだ。奪い合うばかりではなくて、与え合うことだって立派な社会構造になりえる。

 今はまだ一喜は与えるだけだ。それだけでは一喜がマイナスになる。

 ならば更に大きな資本を有する者が助けても良いではないか。少なくとも、彼女が知る自身の家の会社はプラスよりもマイナスの側面が強かった。


「やりたいことをやる為の手伝いをさせてはくれませんか。 兄を説得して、絶対に味方にしてみせます」


「――いや」


 長い長い彼女の説得の言葉に、ついに一喜は声を発した。

 罅の入った掠れたような声は、しかし拒絶の意志が宿って彼女の案を蹴り飛ばす。思わずと糸口は顔を一喜に向け、そこで初めて彼もまた彼女に視線を向けていたことに気付いた。

 一喜は無表情だ。人間味の全てを削げ落した機械的な顔は、何処までも温もりを与えようとする彼女を否定している。

 

「お前は何も知らなかった。 お前は何も言いはしなかった。 今日この日の出来事は全て無かったことで、お前の兄はただお前に嘘を吹き込まれただけだ」


「先輩!」


「黙れ、糸口。 これ以上踏み込んでくるな」


 前に顔を突き出した糸口に一喜は強く告げた。

 今度は声に罅は入らず、冷酷無情な言葉は容赦無く彼女を突き放す。

 一喜は黙らされた彼女を見つつ、ベンチから立ち上がる。今日の話は双方のみの記憶に留め、後の誰にも知られることはない。

 一喜は彼女の温もりを否定して、それを彼女は飲み込んだ。そういうシナリオで全てを終わりにする。


「あの異世界は俺が知るだけで良い。 他の奴が踏み込んで状況が悪くなったらどうする?」


「そうならない為に兄と密な連携をします」


「無理だな。 そもそも、俺はお前の兄を知らない。 その兄が利益重視だったとして、他に情報を売る可能性だってあるだろう」


「兄は優しい人で――」


 言葉は最後まで続けられなかった。

 優しい人だと言い切る前に、彼女は一喜の漆黒の瞳を見たのだ。何の光も差さない闇の底は、僅かでも希望を信じる者には特効である。

 中でも彼女はこの目を嘗て見た。それは欲望に飲み込まれ、人間性を捨てた社会の首魁達だ。

 

「優しいから、なんだ。 優しい奴なんざ世の中に大勢居る。 そしてその優しさは、僅かな人間にしか向けられないものだ。 ――お前の言葉を信じるには値しないな」


 一喜は解っていた。

 糸口は社会経験が圧倒的に無い。闇そのものを見る機会はあったかもしれないが、社会の中で生きる者が変化していく様を見たことがない。

 希望が絶望に転じ、誰かを潰して上を行く様を知らないのだ。故に、人心について非常に疎い。

 そんな女性の言葉には信頼性が無いのだ。新人の仕事に不安しかないように、感情論ばかりを尽くす女を誰が信じるというのだろう。

 傾きかけた心は時間経過で再構築を果たした。言葉を募ってくれたお蔭で、逆に一喜の心はますますの硬質化を果たしたのだ。

 

「もうこの話で関わってくるな。 お前程度が関わって良い問題じゃない。 大人しく元の暮らしをしていろ」


 家へと歩きつつ、最後に彼は糸口にアドバイスを残した。

 背後の彼女の表情をまったく気にせず、心の片隅に走った罅を必死に埋めようと一喜は別に思考を向ける。

 ――無音になった公園に、女の泣き声だけが静かに響き渡った。

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