【第四十三話】その男、駆逐する
『ご!? が、ま、て……!!』
首を掴まれた状態のまま二機の機銃から無限にも等しい弾を受け続け、それでも肉体は依然として形を保ったままになっている。
されどそれが良い形になっている訳ではないのは当の本人を見れば明らかで、肉体が崩れない限界ライン上で痛みを与えられてしまった。
一撃一撃が重く、本当に格下なのかと驚愕する程の破壊力。
ジャック、クイーン、キングを除いた全てのカード保持者では太刀打ち出来ないであろう圧倒的な火力は、痛みで全てを塗り潰されてしまいそうな班目の思考に一種の脅威を抱かせる。
このまま死ぬまで嬲るつもりなのか。
その考えが過った刹那、一喜は首から手を離して回し蹴りを無防備な胴体に叩き込む。
骨の砕ける音を立て、班目は自身の肺に該当する部分から息を全て吐き出させながら瓦礫の山へと突っ込んだ。
驚愕を覚えたのは他のメンバーである。下がって事の成り行きを見ていたキャンプの幹部陣は、この異常な事態に一種の悪夢を感じざるを得ない。
ジャックの力は強い。強いという言葉が霞む程に、少なくとも普通の怪物と比較すれば絶対に勝てると豪語出来るだけのスペックが約束されていた。
覆るとすれば上位者からの仕事の放棄に対する制裁くらいなもので、後は本人が上位者に挑まなければ負けを見る確率は低くなる。
故に、完全に想定していなかった。キングやクイーンを用いずに圧倒するような存在が居ることを。
『――そこに居る連中は戦わないのか?』
畏怖を叩き付ける一喜は、一方向に固まっている男女に声を掛ける。
班目はカードを持っている。ダーパタロスを持っていた男は恐らくは幹部の中の一人で、推測するならば他にもカードを使用可能な人間が居る筈だ。
班目はまだ起き上がって来ない。めり込んだ瓦礫の山の中で必死に自身の砕けた肉体を再構築している真っ最中であり、誰かが時間稼ぎをしなければ間に合わずに班目は死ぬだろう。
「……ッ、冗談。 折角の楽園を潰される訳にはいかねぇだろ」
一人、男が前に出た。
腰のカーゴパンツからカードを取り出し、釣られるような形で全員がカードを取り出しては一斉に首に突き刺す。
各々が各々の怪物としての姿に変化していくのを眺めつつ、内心で一喜で僅かながら驚きを感じた。
他に誰かが居るとは思っていたが、まさかの全員が怪物。
彼等には強烈な個性があるので共同で動くのは不可能ではないかと会話を重ねて考えていたものの、それは否定された。
ジャックによる力による政治故か、或いは共通の目的意識を持っているが故か。
一番最初に反応した男は楽園と口にした。
その言葉の意味は最初の頃には解らなかったが、今の一喜であれば解る。
きっと怪物が怪物で居る為には人間が必要となる。叛逆される可能性が無いように力を奪いつつ、ギリギリ生存を可能にさせておかねばならないのだ。
悪意とは人が居て初めて存在する。もしも人が全て滅んだとすれば、怪物は怪物としての形を保つのが難しくなるだろう。
カード使用者は既にその身を怪物に作り変えている。今更戻ることも出来ないとなれば、必然的に彼等が上位者となって人間を管理しなければならない。
故に、あのキャンプは怪物の襲撃を受けてはいないのだ。そこを確りと維持するのが彼等の仕事であるが為に。
『行くぞテメェ!!』
怪物に変化した男は、他の全員が着装を終えたのかも確認せずに我先にと接近を始める。
見た目は犬に近いだろうか。頭部は犬を模していて、一対の耳が頭頂部より生えている。両腰には正方形の包みが備えつけられ、両肩にも一つずつ付いている形だ。
見るからに武器と呼べる物は存在せず、下半身を隠す襤褸の黒布を巻き付けただけの怪物は、動物の力を駆使して一喜に一撃を見舞おうと必死になっていた。
『はぁ、お前もか』
直線というにはブレている軌道を描き、真正面から殴り合いに挑む犬。
拳は下から弧を描くように顎を狙い、それを易々と一喜は片手で掴んで握り潰した。
骨と肉が潰れる異音と共に犬は絶叫を上げ、その声を遮る形でスーツ側が一喜に上部の危険をアラートで伝える。
悠々と顔を上げれば、一喜の頭上には無数の楕円の物体が落ちてきていた。
それを成した存在は建物の上に何時の間にか移動していて、細く流線形な姿となっている。
背部からは先程落とした物と同質の物体が抜けた先から生え、そして本人の意志で離れては遠隔ドローンの如く一定の位置で生えた物を落す。
胸の膨らみから女性だと認識しつつ、迎撃の為にと二機の機銃は数多くの物体を薙ぎ払った。
一瞬の後に楕円形の物体は轟音と共に辺りを吹き飛ばす程の爆発を起こし、視界一面を白に染める。
その間にスーツは接近音を捉え、視界が白に染まっている状態で無手のままの左腕を音の発生源へと向け――この轟音全てを打ち消す撃砲を放った。
戦車としての砲撃の力は一枚だけでも優れているが、三枚分の力が乗った影響で破壊力は更に増している。
攻撃を仕掛けようとしている側はまさか捉えているとは思っていなかったのか、砲撃が起こった直後には音が途絶えた。
襲い来る三つの脅威を全て対処し終え、光や音が止んだ後に残るは一人分の怪我人と一人分の死者だけ。
二足歩行の犬のような怪物は潰された拳を何とか振りほどこうと一喜の腕を殴り続け、機銃で空中爆破をされた線の細い怪物は巻き込まれて焼かれたまま地面に落ちている。
そして音だけしか感知出来なかった存在は、僅かな肉片を残して消失していた。
撃ったであろう方向には巨大な円形の破壊痕が残り、ただの一発でカード一枚分の必殺技と同等の威力があることが解る。
無事なのは着装した上で後方で待機した二人だけ。丁度男と女一名ずつに別れ、彼等の恰好におよそ爆発物や武器めいた物は見受けられない。
女の方は背中と両肩から伸びる三本のアンテナ。男の方は背中に大きな金属箱を背負い、どちらも一歩も動けずにいた。
前線で動く人間と後方で動く人間。一喜が推測する限り、あの二名が動かないのは戦闘に不向きであるからではないだろうか。
それに該当するカード自体は存在する。されど基本的にサポートだけのカードというのは存在しないので、戦わないのは当人達の気質も関係していると見るべきだ。
相手は怪物。人間相手であればただ殴るだけでも殺せる存在だ。故に、本人が戦いに不向きであろうと殺すべき対象なのは間違いない。
機銃が動き、二名へと向けられる。二人は砲門が此方に向いたのを視認して――――呆気ない程簡単に土下座に移行した。
『は?』
『う、撃たないでください!』
『俺っちは何もしません! 何もしませんから、どうか攻撃だけは!!』
他三名が決死の突撃をしていたにも関わらず、この二名は揃って逃げることを選択した。
何度も何度も顔を地面に叩き付けるように下げ続け、この露骨とも言える姿勢を更に強調させている。
『テメェら!』
犬の怪物になった男は痛みを忘れる程の怒りを二人にぶつけた。一瞬だけ二人はその怒りの声に震えたが、それでも撤回をするような真似をせずに逆に犬の怪物に鋭い目を向ける。
『うるせぇ! 俺達は最初からお前達と組むのは嫌だったんだよ! 班目の奴が有無を言わせず入れたから今まで組んでただけで、その本人が負けた今じゃ縛られる理由は無いだろ!』
『そうだそうだ! 私達を荷物持ちにしやがって! 自分達はどっかで適当に寝てるだけだったじゃん!』
『誰のお蔭で余裕のある生活が出来たと思ってやがる! ぶっ殺されてぇか!』
『今から死ぬのはお前の方だろ!』
三人の言い争いは醜かった。班目が健在であればこそ保たれていたバランスが崩れ、怪物同士で仲間割れが発生している。
元々自由に生きたかった二人と、良い思いだけをしたかったそれ以外。双方の思想が一致することは有り得ず、一喜という存在によって二人は逃げれるだけの機会を獲得することに成功した。
二人は一喜に攻撃していない。このまま謝り続ければ逃げられる可能性はある。
楽観だが、そうすることで嫌な現実から逃げ延びていた二人は必死に逃避を行いつつ都合の良い結果を求め――彼等が再度頭を下げることはなかった。
撃音、轟音、地響き。
犬の鼓膜が破れかねない音を立てて一喜は腕から砲を撃ち出し、二人が居た箇所に着弾させた。
二名が居た場所には肉片と血の赤に汚れたカードが二名。
犬は茫然としたまま、そしてこれまで倒れ伏していた流線形の怪物は顔だけを動かして一喜を見る。
腕に生えた砲口からは白煙が立ち上っていた。偶然ではなく、本人の意志であの攻撃は発生したのだと嫌でも認識させられた。
一喜は善人ではない。正義の味方ではない。
都合の悪い者、自分にとってただ不都合だけを招きかねない者、単純に嫌悪感しか抱けない者。
そういった存在は、彼にとっては排除対象だ。
『……これで少しは話が出来るだろ』
『……そうだね』
呟き、そして瓦礫から足を引き摺りながら班目が姿を現した。




