【第四十一話】その男、挑む
『ジャックか……!』
件の人物が怪物を利用している時点で当人も怪物になれるのは解っていた。
解っていたが、それでも出て来るカードの種類は他と変化は無いとも彼は考えていた。
ジャック。
そのカードは、ダイヤやクローバーと比較して一つ上の位階に該当する。
物語内でも上級に該当する怪物になれるカードであり、当然ながら味方の中間強化アイテムだ。物語の中で上級の存在であると危険視されてはいるものの、一喜本人の視点から見ればジャックは全てのカードの中で大中小の内の中の枠だ。
実際にクイーンやキングの強さを一喜は設定で知っている。もしも目前で立ちはだかった時、これまでのようなカードだけでは撃破は難しい。
主人公は二体居るキングの片方を初期フォームで倒した。それは偉業であり、作中においても奇跡だとして業界内で注目を集める一要因となっている。
一喜自身、キングを相手にして同じことは出来ないと思っている。あれは主人公だから出来たことで、殆どのカードが使用不可の段階であれば一喜は逃げ出しているだろう。
そのキングよりは格下であるとはいえ、ジャックは厄介だ。
基礎スペックは勿論、ジャックから上の位階に選ばれる兵器は全て特殊性を有している。
班目が有しているカードに色は無い。灰色のコピーはオリジナルと比較するば弱いものの、それでもまったく油断出来るものではない。
こんな場所で出て来るのか、というのが一喜本人の偽らざる本音だ。
「君のような人間を僕はこれまで見ていない。 勿論、カードの使い手なんてころころ変わるから解り様がないけど、それでも他とは違う性質を有しているみたいだ」
首にカードが突き刺さる。
飲み込み、姿形が変わり、出て来るのは本人に合わせたかのように細い体躯。
両腕の甲からは二種類の武器が生え、全身から電流を発生させた。灰色の肉体の急所には装甲板が縫い付けられるように装着され、顔面には何の装飾もされていない黒いフルフェイスで覆われている。
青白い稲光は出力の高さを感じさせ、同時に他とは違う雰囲気を抱かずにはいられない。
ジャックの元ネタはレールガンとレーザー。
通常は一種類しか実装されない中で、上級達は二種類以上の兵器を同時に運用することが出来る。
『悪を悪として正しく認識する。 この時代の中でそういう認識が出来る人間は、思った以上に少ない。 ある意味異常だよ、君は』
『――そいつは光栄』
班目が一喜を前にして余裕でいられるのは、ただ同じ化け物だからではない。
他よりも上位に立てる怪物。上級と下級には圧倒的な出力の差が存在し、これを覆すことは同じ化け物である限りは不可能だ。
コピーカードによる変化である以上、オリジナルのジャックには敗北を喫することになるだろうが、少なくともオリジナルのダイヤやクローバーには勝つことは出来る。
彼は謂わば、選ばれし存在なのだ。
キングやクイーンに劣るとはいえ、それでも全体の中から選ばれた強者の座に座れる地位を有している。故に、その視線には優しさが含まれていた。
人間全てを愛玩動物として愛でる。上位者の中でも珍しい部類の思想であるが、班目が優しさを纏っているのは単純に可愛いものに可愛いと言っていることと同じことだ。
飽きれば捨てて、次に可愛いものを求める。それを犬猫ではなく人間に対して行っているあたり、明らかに正常性を喪失しているとしか思えない。
『異常な奴ってのは世界に変化を与える。 僕等が変えたように、君が状況を変えてしまう可能性は十分に有り得るだろうね。 だからそうなる前に、イレギュラーは排除する』
部下である男女は彼から離れた。
瞬間、班目は一気に一喜へと肉薄する。遅れて彼の居た地点で爆音が鳴り、相手の基礎スペックの高さを間近で一喜は体感させられた。
ブースターを吹かす時間すら与えず、銃を上げる時間も無い。高速機動が売りの戦闘機としての状態で負けるのであれば、それ即ち戦闘機としての姿を維持する必要は皆無だ。
眼前にまで迫った相手はもう腕を伸ばし、片方の武器を一喜の顔に向けている。
その砲口に光が溜まった様をバイザー越しに認識して、発射される前に咄嗟に首を無理に傾ければ直ぐ横にレーザーが通過した。
即座に仕舞っている分のライトガトリングを引き抜き、二丁の武器を前方へと特に狙いも付けずに放つ。
相手はその攻撃への直撃を避け、左右に動きながら一発も命中させずに元居た位置にまで移動した。
互いに顔を向き合わせ、酷く重苦しい沈黙が辺りに圧しかかる。
殺意が、敵意が、緊張が、それぞれが平時とは比べ物にならない密度で二人を襲い――しかしそれを柳に風と受け流していた。
『どうだい?』
『流石はジャック。 認識限界を超えているな』
得意気な班目の言葉に一喜は素直に事実を答える。
オリジナルのアドバンスカードを使った上でこの結果。元の世界のメタルヴァンガードの設定と同様なようで、やはりというべきか普通のカードで突破するのは困難を極める。
とはいえ、知らない相手ではない。実際に戦ったことはなくとも、一喜にはメタルヴァンガード本編の知識があるのだ。
上手く動けるかは兎も角、ベルトのシステムは全て把握済みであるし上級のカードを一喜自身も有している。
ここは素直に一喜側も上級カードを使うべきだが、少し考えて彼はこの状況を丁度良いと思い至った。
現状、班目を除けば相手のカードは全て格下だ。格上と戦う機会は非常に少なく、よって今の内に経験を重ねておくことは悪くはない。
保険はあるのだ。ならば挑戦することに何の障害も無い。
ライトガトリングを仕舞い、左手を胸ポケットのある胸部装甲に当てる。相手は余裕を持って彼が何をするのかを眺め、その悉くを凌駕してやると腕を組んでいた。
カードは胸ポケットに収容されたままだ。その中から取り出すのは二種類のカード。
胸部装甲が僅かに発光し、貫通するようにカードが左手に移動した。
『お前は随分と余裕みたいだが、そんなに戦闘経験は無いようだな』
『まぁ、基本的に移動して殴れば全部終わってしまいますからね。 基礎スペックというのは残酷なものですよ』
『ああ。 ――確かに、基礎は大事だな』
余裕を持っている。その理由はこの辺りで彼を脅かす存在が居なかったからだ。
まともな勝負らしい勝負を目前の男はしておらず、故に本気の殺し合いをしていない。
自身で一喜のことをイレギュラーと呼びながら、自身を上回ることはないと根拠の無い自信に支配されている。
だから何かをしている様を容認するし、それを正面から破壊して絶望させたいと思ってもいる。一喜としては大変にありがたいことだ。
二枚のカードは共にダイヤ。この世界で倒した中で手にしたティーガーとダーパタロスの二つを右腕の機械に持って行く。
ジャックが敵だった時、物語本編の彼等は相手を撃破する為にどうしたらよいのかを散々に会議した。
その中でも罠に嵌めることで動きを止めようとして、結局それはスペックの暴力によって至極あっさりと突破されたのである。
苦しんだ最中、主人公は思った。一枚のカードではジャックを倒すことは不可能に近い。だが、二枚三枚と同時に使うことが出来ればスペック差を埋めることが出来るのではないか。
【Reset】
スーツを通して右腕の機械のモードを切り替える。
必殺技のみを使用するモードから着装モードへ。二つの機械が存在することで初めて使用出来る状態になった新モードをスーツが伝え、カードを一気に読み込ませた。
【Diamond of Tiger――Authorize】
【Diamond of Darpa Talos――Authorize】
【Diamond of The Fighter――Authorize】
最後の一つはベルトから音声が流れ、途端に待機音が鳴り出す。
激しく、勇気を漲らせる明るい音が彼の心の炎を増加させた。行けと、カードやベルトが訴えてくれているようだ。
ならば行こう、どこまでも。眼前の敵を倒す為――いざ。
『着装』




