【第四十話】その男、乱入者と話す
『ッ! ごほッ、ごほッ……こりゃ、やべぇな』
壁に埋め込まれた体躯を見下ろして確認して、ダーパタロスは諦観に支配された笑みを浮かべていた。
身体はまだ死に近付いていない。下半身の完全消失が起きたとて、激痛が走りはしても上半身は鼓動を刻んでいる。自己回復で元に戻るには多大な時間が求められるも、休める時間があればまだ問題の無いラインだ。
しかし、血を吐き出すダーパタロスの耳にブースターの轟音が届く。
それが眼前にまで到達した時、相手は見逃すことをしないのだと舌打ちをした。
激痛に眉を顰めながらも顔を上げれば、一本角の赤いバイザーが彼を見下ろしている。
その手にはここまで彼を追い込んだライトガトリングが握られ、既に引き金に指を当てた状態でダーパタロスの顔面に突き付けられていた。
『王手だな』
『っち、くそったれが』
血が流れている。人間同様の赤い血潮は地面を濡らし、肉体的に滅びが無くとも全身に極寒の寒さが襲ってきている。
身体は意識とは別に小刻みに痙攣を始め、さながら死ぬ間際を想起させられた。
関節の各所から僅かに白煙が漏れ出る。漏れ出る程に肉体は元の人間の姿に戻っていき、もう着装を維持出来ないのだと一喜は察した。
数秒の後、ダーパタロスは人間へと戻る。血濡れの地面にカードが落下し、一喜はそのカードを拾い上げる。
四隅のマークはダイヤ。無骨な機械スーツが駆けている絵柄は、正しくこのカードの特徴を露にしている。
カードが持ち主から離れてもダーパタロスだった男の身体は修復が続いていた。
一度使ってしまえば、もう元の人間ではいられないのだろう。クイーンによる除去があって初めて元の人間に戻れるのであり、基本的にカードを使った者の人間はその時点で怪物に成り果てる。
男は口調通りに不良のような見た目をしていた。
肩まで伸ばし放題にした白髪。此方を睨む赤と黒の目。片方の目は黒く、オッドアイと言うには違和感がある。
カラコンを入れているような、という表現が一番適当だ。犬歯が目立ち、眦の鋭い男は一般の人間ならば関わり合いになりたくない部類である。
それでもこの世界では似合うだろう。世紀末的な恰好をしていたとしても然程驚かない程度の狂相を持っていた。
『その身体ならもう何も出来ないだろう。 最後に言い残すことはあるか?』
「っは、お優しいことで。 ――一つ聞かせろ」
『なんだ』
「同じ化け物のクセに、どうしてあんな連中を守った。 俺達にとっちゃ存在維持に使われるだけの家畜をどうして守護してやろうだなんて思える」
存在維持に使われるだけの家畜。
その言葉の意味を一喜は知らない。男にとっては心底不思議に思っての質問だろうが、彼はあのカードを渡した相手と何かしら話した訳ではない。
それでも脳内に仕舞っていた設定の数々を思い出し、予測として浮かぶのはカードそのものの設定だ。
アドバンスカードは勿論人為的に作れるような代物ではない。メタルヴァンガード本編でも件のカードは科学的に解明出来ているとは言えず、解っている部分だけを用いて運用されていた。
発見されたのは遺跡から。古代の文明人が残した遺物の中にカードが存在し、物語のスタートを刻むラスボスが活動を開始した。
当初発見された際には絵柄は異なり、しかし発見して保管されていく過程で突如として全てのカードは変異した。
具体的に言えば、より近代的な絵柄になったのだ。そうなる理由として――安直と言えば安直だが、人の悪意が関係していた。
忌避そのものとも表現出来るだろう。
人が嫌うもの、トラウマとして抱えてしまうもの。このカードはそういった忌避感を時代に則した兵器として再現する為に存在している。
よって、悪意がある限りはカードは存在し続けるのだ。人が一人でも居る限り。
『彼等には食料を渡している。 それが無駄になるのが嫌だっただけだ』
「は? なんで食い物なんて――」
『お前みたいな負け組が足を引っ張るような環境を嫌っただけさ。 悪い人間は相応に罰を受けて退場し、出来る限り真っ当な奴だけが生き残れば良い』
悪しき人間は許さない。
一喜の言っていることをダーパタロスは聞き、心底信じられない顔をした。
カードの魔力は絶大だ。その力を使えば、少なくとも人間相手では誰も止められない。同時に、人間が作り上げた兵器でも彼等を打倒するのは不可能だ。
そんなカードを使った上で、一喜は悪人を許さぬと発言した。
言葉の意味を察することなど簡単で、故に驚くしかない。何故ならそれは、本当に困難を極める行いなのだから。
「――成程、その意見には賛成だよ」
ダーパタロスは答えの内容を突き詰めようとして、一喜の背後からの声に強制的に口を噤まされた。
一喜は振り返り、そこに佇む男女に視線を向ける。
数は五人。共にこの時代では似合わない普通の服装をしていて、痩せ細い印象は覚えない。
声を発したのは中央の一番若そうな男だ。細身ではあるものの健康的な体躯に、柔和な笑みを浮かべる好青年。
白シャツにジーパン姿の出で立ちは何処か大学生味があり、彼以外の面々は一喜に対して興味のありそうな視線を向けている。
「悪い奴なんて居なくなってくれた方が良い。 僕としてもその気持ちには賛成的だ。 ……そういう奴は余計な真似を起こし易いからね」
『お前は……』
「ああ、自己紹介が先だよね。 班目・悟。 近くにあるキャンプの纏め役なんてしてるよ」
朗らかに自己紹介をしたが、その肩書に一喜は内心驚愕した。
それはつまり、こうなる前まで一番怪しんでいた対象が目の前に居るということ。
好青年という評価は成程、彼の姿を見ていればよく解る。黒髪黒目の日本人顔は実に爽やかに整っていて、口調も穏やかで優し気だ。その口調が意識してのものでないのは話しているだけでも伝わるもので、見た目の清潔さも合わさればこの時代でも珍しい裕福な側な人間だと誰もが思う。
纏め役をしている以上、少なくとも決断力もあると見るべきだ。
若く優秀なリーダーが優しく接してくれる。それはそれは老若男女問わずに支持を集めることだろう。
誠実そうな見た目は、人に裏があると思わせない。
一喜も短い社会人経験の間で幾多も出会ったことがある人種である。こういう奴が考えることは大体の場合において、両極端だ。
単純に誰かを尊敬して、同じ様な存在になるか。自身のルックスを活用して、如何に自分が楽に仕事を押し付けられるか。
そして班目と名乗った青年は、一喜の考えでは後者に当たると考えられる。見た目と中身が正反対の厄介な方だ。
「悪いんだけど、そこの彼を殺すのは勘弁してもらえないかな。 負けた側ではあるんだけど、僕のキャンプの管理者の一人だからさ」
『僕のキャンプの管理者、か。 ――どうりでキャンプの人間達の食料を揃えられる訳だ』
少し考えれば解る話だ。
全てを用意出来るのは、この世の中で最も力を持つ存在だけ。
彼等がキャンプの人間を養いながら裕福そうな見た目でいられるのは、全て怪物としての力を有しているから。
キャンプに住まう人間は事実を知らないだろう。知っていればもっと怯えた暮らしをしている筈で、子供達とて真実を語ってくれていた。
加え、家畜という単語。これまで解らなかった部分が繋がっていき、キャンプを態々彼等が維持している理由も解った。
「見逃してもらえるなら僕達の食料の一部を別けるよ。 君だって生きていくのには必要だろ?」
『……何も悪いことをしていない人間を、こいつは無駄に痛めつけた。 悪人を見逃すというのは、俺の中には無いな』
「……そう」
一喜は一歩も退かない姿勢を見せた。その姿を見て、班目は柔和な目に冷たい色を宿してジーンズのポケットからカードを取り出す。
「うん、じゃあ仕方ないね。 悪いんだけどさ、死んでくれよ」
四隅のマークは騎士。ジャックを示すその中には、灰色の兵器が鎮座していた。




