【第三十九話】その男、お約束を見せる
メタルヴァンガードと化した一喜は開けた空間に静かに佇む。
それを遠くからダーパタロスは観察しつつ、隙が無い事に苛立ちを感じつつ舌を打ちそうになった。
化け物であるからこそと言うべきか。同様の存在であるが故に、あれがどんな状態であるかなど容易く理解出来る。
姿が見えなくなり、追ったとしても相手側は当の昔に再起を果たしているだろう。このまま愚策に突っ込んで先と同じ展開になっては無駄に消耗するだけで完全な撃破には至らない。
故に待ちを選び、相手が襲って来るのを待っている。そう決めたのにはダーパタロスの性格も加味されている筈だ。
あれは短気で、ちょっと煽れば直ぐ我を忘れて襲いに来る。物事がうまくいかない程に怒りは募っていき、最後には攻撃の形すら崩れて無様を晒す。
そう思われていることに腹立たしい気持ちが無いではないが、しかしダーパタロスには同じ化け物からの圧倒的な敗北経験がある。
怒りだけでは解決しない戦いは存在し、平静であることが正解とはならない戦いがあることも解っていた。
蓄積された戦闘回数は十や二十では効かない。元々が粗野であるからこそ、喧嘩という名の戦いの経験は無数に存在している。
ならばどうするのかが正解かと問われれば、ダーパタロスが選択するのは肉体をフルに活用した時間差多発攻撃だ。
付近に転がる無視出来ない瓦礫を軽々と持ち上げ、そのまま一喜へと放り投げる。
その結果を見る前に足を駆動させて別の瓦礫を持ち上げてはやはり彼へと放り捨てた。
サイズは大きな物ばかりで、どれも一般人に命中すれば即死は必至。化け物相手には足止めにしかならないが、それでも足を止めれば勝機はある。
ダーパタロスの運動性能に追い付けない環境にすれば必然的に速度による有利不利は覆り、そのまま叩き込むことが可能だ。
特異な武器が無いからこそ、環境を変えることで場を有利に変える。これまでとは異なる敵であるが、しかし一喜の方は敵の行動に対してカウンターを仕込む真似はせずに回避に努めた。
どれだけの瓦礫の山が迫ろうとも、一つ一つは別に合体している訳でもない。同時に攻撃しているのでもない以上は隙間も存在し、今の一喜ならその隙間を縫うように抜けることは出来る。
『……避けるか』
ブースターに火を入れ、向上した肉体を動かして並み居る瓦礫を全て避けていく。
耳には建物が倒壊するかのような轟音が届くが、それに混じって何かが移動する摩擦音も聞こえていた。
ダーパタロスは真っ直ぐ此方を攻撃する気は無い。その上で瓦礫を弾幕として使用したのならば、目的はヒット&アウェイか最も致命的な部分への全力攻撃。
殴り合いとなったのであれば、軍配はダーパタロスの方に上がる。速度では上回りはしても戦闘機の力では直接の戦いには負けてしまう。
――であるならば、どのように対策を取るべきか。
摩擦音が近付いている。途中途中で拾った瓦礫の山々を投げ捨てつつ、一番体勢が悪いタイミングで突いてくるつもりだ。
攻撃を回避しながら右手にライトガトリングを持つ。そのまま左手はベルトのレバーに向け、右に傾いていた状態から左に戻した。
【Over】
忘れてはいけない。メタルヴァンガードとは本来、特撮番組に登場するヒーローだ。
そのヒーローがただ武器を使って、格闘をして相手を倒すだけの筈がない。
隠し玉の一つ二つは当然存在し、この世界に来てもそれは使用可能だ。
ダーパタロスは前後左右の全てで弾幕を形成して攻撃の隙を狙い、迅速な行動に移っている。
もうじきその牙は一喜の下へ届き、不利な肉弾戦へと発展するだろう。
行けるとはダーパタロスは考えていない。ただ、やるしかないからやると覚悟を決め動いている。
怒りの拳は爆発の時を待つ。早く早くと急かす心を叩き付けるように抑え――その顔が射程圏に入った瞬間に我慢の限界は容易く迎えた。
動作はほぼ無意識だ。
繰り出されるのは右腕の突き。筋肉を引き締め、髑髏の口で食い縛り、体内から聞こえる軋む音の一切を無視した。
これを決められなかった場合、待っているのはカウンターだ。逃げる場所を可能な範囲で封じた上で移動の余地も限定したが、それでも瞬間的な速度差は変わらず向こうが上。死にはしないであろうと予想はしてあるものの、無傷で済むとまでは流石に楽観出来なかった。
相手は背を向けている。しかし気付いてはいるようで、反転しようと背を捻っているのは確認出来ている。
だが遅い。このまま決めて、次に繋げる。
『はぁ!』
裂帛の気合を込め、拳は顔面へと残り数ミリへと接近した。
大丈夫だ。もうこれで回避は出来ない。安心すべき段階まで進み、されど唐突に世界がゆっくりとしたものへと変貌する。
全てが万分の一の速度で動き、緩慢過ぎる世界に僅かにダーパタロスは戸惑った。
何が起きている。そう疑問に思いつつ、身体は一度突き進むことを決めてしまったが故に止められない。
拳が横を向いた顔面に到達する。それがゆっくりと装甲を拉げようとして――――まるで読んでいたかのように急に振り返ろうとした身体を逆に回した。
その動きだけはこの世界から外れているかのように普通で、ダーパタロスは一喜と正面から顔を見合わせる。
赤いV字のバイザーが視線を通わせ、全身に死の気配を感じた。
駆け巡る悪寒に必死で身体を動かそうと命令を発信するも、そこに至るまでが遅い。腹立たしい程に愚鈍な状態のまま、彼は一喜がライトガトリングを前に持ってくる様を見ていることしか出来なかった。
何をするつもりなのかなど、態々思考するまでもない。
だが、彼がベルトに付いたレバーを右に倒した理由までは察することが出来なかった。
【Non standard. Full Metal Finish!】
ガトリングが急速回転を起こす。
光が銃口から溢れ出し、只の銃弾が光のエネルギー体となって何万発の光弾として発射された。
真正面から、そして至近距離で。
ダーパタロスはそれが夜空に浮かぶ星が一斉に降り注いで来たように錯覚した。
光弾の群れは凶暴な肉食獣が如くにダーパタロスの胸に殺到し、容赦無く彼の肉を食い荒らす。
一撃一撃が並の威力ではない。これが戦闘機が有するデメリットを解消する手段であり、確実に相手を打倒する必殺技であった。
『――――ォ、ォォォォォォォォォォおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!』
『逝っとけ、糞野郎』
一喜の罵倒の言葉は相手に届かない。
光弾の群れを受けた身体は強制的に浮かび上がり、そのまま遥か後方へと押し出される。
やがて耐え切れなくなった身体から光弾が肉を突き破って後ろにまで被害を与え始め、それは多くの建物を一瞬で吹き飛ばす程だった。
これを抑えることは一喜には出来ない。初めての使用であるが、出来るのは攻撃箇所を変えることくらいだ。
正真正銘、メタルヴァンガードという存在が有する最強。
全て全て確実に相手を倒す手段とはなりえないまでも、決まれば多大なダメージを相手に刻むことが出来る代物だ。
撃ち続けている身としてはあまりの威力に内心ドン引きであるが、早く物事を終わらせるには相手の隙を突いて一気に攻撃を決める方が良い。
速度では一喜の方が上だった。それはつまり、その速度の中でも十分に動けるように認識能力も向上している。
一喜には相手が何処に居るのかがスーツから与えられる情報で解っていた。
そして攻撃に引っ掛かるフリをして、受けそうになった瞬間に身を翻して必殺技を決める。
無数の光弾はメタルヴァンガードのエネルギーを使い尽くし、維持と生成に必要な分だけとなった状態で攻撃を停止した。
銃口からは白煙が立ち上り、黒く光っている銃先は赤熱状態だ。今触ればスーツ越しであっても熱を感じることだろう。
『……決まったな』
銃から攻撃した先へと視線を向け、一喜は確信を込めて呟く。
彼が見ている先ではダーパタロスは壁に埋め込まれていた。下半身の全てが消失し、上半身が火傷となった状態で。




