【第三十八話】怪物、現実を直視させられる
『は、ははは……冗談だろ?』
ダーパタロスは怪物になったその日から、数少ない言葉を吐いた。
彼の視界の先では赤光の戦闘機達が一斉に一喜へと集まっていき、その躯体を鎧へと変換して装着されている。
足が、腕が、腰が、胸が、頭部が。
背部には一対の細い機械翼が生え、背中にはジェットエンジンがある。全体的には戦艦時と比べて明らかに肉体は細く、スタイリッシュな様相を露にしていた。
赤いV時のバイザーと額には一本の鋭い角。両腰には一丁ずつのハンドガトリングがぶら下がり、これが主武器であるのは明白だ。
鋭角的な装甲が発する赤の輝きは装着が全て終わった段階で消えていき、残るは元々の色彩が青の装甲だけとなった。
【Flying might not be all plain sailing, but the fun of it is worth the price.】
関節部から蒸気を放ち、ソレはついに完成する。
化け物としての生物的な要素は微塵も存在しない。あるのは、より兵器としての側面を前面に押し出した機械的なフォルム。
真に己は人である。それを証明する姿が――メタルヴァンガードという存在そのものだ。
スーツの中で一喜はざっと過去の記憶からこのモードの長所を思い出しつつ、ガトリングを引き抜いて相手に突き付ける。
青に白の差し色が入った銃は見掛けは玩具にも見えるが、その銃口が自身に向けられた瞬間にダーパタロスは背筋に悪寒を感じて移動した。
ダーパタロスに特殊な能力と呼べるものはない。
剣も銃も無く、あるのは驚異的な運動能力のみ。人の目では視認することも出来ない高速域での肉弾戦を得意とし、それは元々一般人であった彼にとって一番都合が良い戦闘スタイルでもある。
当然と言えば当然だが、普通の人間が剣を振るうことも銃を撃つことも無い。練習をする場も限られ、極普通の一般市民からすれば縁の無い武器だ。
初めてそれを手にして、じゃあ上手く使えるのかと問われれば否である。故にこそ、単純な殴り合いの方が馴染み深い。
人間、喧嘩の中でつい手が出ることもある。手と足を用いた殴り合いこそが原初の争いで、過去から流れ込む本能が自然と最適解を導き出してくれるものだ。
周囲の瓦礫の山を跳ね回り、相手が動く時を待つ。
攻撃範囲は間違いなく相手の方が上。この場合は先手を取るのではなく、敢えて先に行動させてからの後手で返す。
後の先だ。一喜はその場から一歩も動かずに顔を前に向け、銃も二丁前に突き出しただけ。
動きを静止させているのは此方の動きを予測しているのか、それとも何かしらのトラブルに見舞われたのか。
後者であればダーパタロスにとっては万々歳だが、実際にそうなることはないと彼は経験則で知っている。
そして実際、一喜が停止しているのはトラブルに寄るものではない。
ただ単純に過去の記憶から基本情報を掬い上げているだけだ。この姿となったメタルヴァンガードは高速戦闘を可能にし、小回りの利く火器を手にすることになる。
反面、装甲が薄い上に火力自体が然程高くはない。よってこの状態で戦うとなれば、必然的に打点が多くなければならない。
顔を動かし、一喜は散々に移動したダーパタロスと一発で視線を交わす。人の認識限界を容易く超えて適当に移動したにも関わらず、バイザーは確りと相手の軌道を見ていた。
『っち、認識速度は一緒ってか』
『そうかな』
ブースターを吹かす。
出力は中程度で、足を僅かに浮かせる程度。初めてのフライトであるものの、スーツ側の補助のお蔭で驚く程に身体は安定している。
基本的な情報を掬い上げ、ついに一喜はスーツを動かす。
背部のブースターの勢いが増していき、ダーパタロスが相手の攻撃に注視し――――ようとする前に姿を消した。
一瞬だった。ダーパタロスは瞬きをしていた訳でも、ましてや刹那の瞬間まで気を抜いていた訳でもない。
瞬間、明確な殺意を感じた彼は身体を倒す。その上を何かが通過していき、風が身体を撫でる。
『……ッ、!』
『まだ』
通り過ぎたのは一喜の足だ。
横に凪払った足を元に戻しながら片手のガトリングでダーパタロスの胴体を撃つ。
銃身は瞬時に回転を始め、持ち主と同様に一秒も掛からずに弾を吐き出す。一秒間で三千発の弾が飛び出ては敵の肉体目掛けて殺到し、先程よりも濃密な殺意に相手側は身体を滑らせつつ横へと移動する。
静止していた場所が瓦礫の山であれば転げ落ちていただろうが、幸いなことに足場には余裕がある。
ガトリングが足場を容易く破壊し、振動と轟音が容赦無くダーパタロスの不安感を煽った。
破壊音から一定以上離れた段階で身体を回転させて発生源に顔を向ければ、既に目と鼻の先に赤いバイザーがある。
何かを言う暇も無かった。疑問が思考に流れる前に髑髏の顔面に拳が叩き込まれ、体躯が後方に吹き飛ぶ。
先程の砲など比較になどならない。廃墟の壁を何枚もぶち抜き、十枚を超えそうかという段階で漸く停止した。
『なん、だ。 ありゃ』
怪物は総じて肉体を変質させている。
一喜のようにスーツとして運用しているのではなく、それ故に髑髏へのダメージも直だ。激痛が頭部を巡り、殴られた一瞬の間に一度気絶していた。
視界がぐらつきながらもゆっくりと立ち上がり、あれはなんだと信じられない気持ちで呟いた。
速い。ただただ、速い。
ダーパタロス自身も決して遅い部類ではない。寧ろ逆に速い方で、鈍重な怪物が相手ならば速度を用いて圧倒することも可能だと確信している。
しかし、あれは駄目だ。ダーパタロス最大の長所がまったくと使えず、見事に認識速度で敗北を喫していた。
唯一の救いは攻撃力が低いことか。銃を用いた攻撃によって漸く致命傷を与えられる程度だと推測すれば、頭部に衝撃が走っただけで済んだのは不幸中の幸いだった。
加えて遠慮無しに殴ったことで一喜はダーパタロスを視認出来ていない。
視界の揺れは未だ直ってはいないものの、今の内に動いて奇襲を仕掛けることが出来ればまだ勝敗は解らない。
『ひっさしぶりだなぁ、おい』
移動しつつ、考えるのは敗北について。
最後に負けたのは、恐らくカードを手に入れた直後。まだまだ自分より上は無いと粋がっていて、井の中の蛙であることを理解していなかった時分だった。
その時の敗北の内容は覚えている。試しにと別の場所を治めていた怪物が試合を望み、呆気無くダーパタロスは負けた。
僅かな勝機も見出せず、四肢の骨を全て砕かれた上で胴体は鉄の杭で貫かれて地面に縫い付けられたのだ。
痛みと屈辱で声を荒げる中。圧倒的勝利を手にした怪物はダーパタロスを馬鹿にせず、けれど優しく慰めるような真似もしなかった。
――カードの力におんぶに抱っこ状態だな。それでは我々の領域には辿り着けないぞ。
後で知ったことだ。その挑まれた相手が上位者で、目的は新人の観察だった。
一つの指摘だけを残して以降は姿を消し、カードを渡した最上位者からの命令でこの地域一帯を支配するようになってからは一度も会っていない。
その支配も半ば放置している状態で、故に何名かの怪物がやってくるようになった。
怪物達は口々にやる気の無いダーパタロスに文句を口にして、自分こそがこの地を支配すると息巻いていたのを思い出す。
尤も、そういった者達は全員死んだ。戦車も銃も、いきなり音信不通となって消息を絶った。
そこまで行き着き、奴かと口から言葉が漏れる。
あれほどの力があれば確かに勝つのは不思議ではない。――あの色付き達のような圧倒的な力なら。




