【第三十七話】その男、守るべきを守る
赤光がケースより離れ、形となってダーパタロスを襲う。
使用したカードから生み出されるのは複数の砲。誘導式の物から無反動の物まで様々なバズーカと呼ばれる品物は、一斉に火を吹いて相手に殺到した。
無防備に背中を晒す相手の背中に先ず一発が命中し、衝撃が敵を吹き飛ばす。その後空中で回転している間に複数の弾が衝突しては爆ぜた。
強烈な熱と内臓をシェイクする衝撃波、加えて聴覚の一切を奪う轟音。
受けた側は堪ったものではなく、何の防御も回避も姿勢も取れずに一喜とは反対側の建物へと吹き飛んだ。
その様を見届けつつ、急いで地面に倒れ伏している立道に駆け寄る。
彼は意識を喪失してはいなかった。その身に大小様々な傷を抱きつつも、今の彼はそんなことに意識を割いてはいない。
立道はただ、信じられないような眼差しで一喜を見ていた。
まさか、そんな馬鹿なことがと。自分の見ているものが現実ではないと信じたかったのがありありと見て取れる。
カードを使う人間は、基本的には人類の生命を脅かす存在だ。人類を態々助けようとはしないし、間違っても立道達に食料を与えるような真似もしない。
驚愕と疑問。この二つが立道の中で混在し、思わず救いを求めて元凶である一喜に目で答えを問うた。
それが解らない一喜ではなく、彼と確りと目を合わせてからゆっくりと頷いた。
「言いたいことは解ってる。 後で説明するから、今は大人しく俺に運ばれてくれ」
遠くからは瓦礫から飛び出る化け物の音がしていた。
無駄話をしている暇は無い。それは立道にも解っていて、浮かんだ疑心を無視しないようにしながらも今は蓋をした。
一喜の腕を掴みながら震える体躯を強引に動かす。肉体の痛みは意識を喪失しかねない程だが、生きていたいのであれば寝ていることは許されない。
一喜の身体に寄り掛かる形で二人は歩み、そのまま一県の大型施設の裏側にまで移動した。
外側の壁に寄り掛かる形で座らせ、暫くは此処に居ろと一喜は力強く告げる。
「一先ずはアイツを殺さなきゃな。 そうじゃないとまた似たようなことになりそうだ」
「……倒せるん、ですか?」
「毒を以て毒を制す。 あんまり使いたくはないんだけど、奴等に対抗するには同様の力に頼らないとな。 ……まぁ、心配するなよ」
立道の肩を軽く叩く。
子供を安心させるように一喜は意識的に笑みを浮かべ、その優しさに立道は過去の尊敬すべき大人の姿を思い出す。
心配するなと、嘗て自分の親も語っていた。どうにかすると根拠の無い自信で無謀を突き詰め、立道自身を逃がして親は共に死んだ。
愚かだったと言われればその通り。けれど、彼等の犠牲があったからこそ立道という青年は今もこうして生きている。
瞳が潤んだ。黒い瞳から透明な雫が頬に流れ落ちていく。
「無茶、しないで……くださいよ」
「お前が言うな。 生きることを第一に行動しろよな、まったく」
軽く文句を言われ、そこに大人達と同様のものを立道は感じた。
きっとこの人は無茶をする。自分を守ってくれる為に、この人は一人で前を張る。
死んでほしくない。カードの力が彼を守ってくれるというのなら、この際それが全ての元凶であったとしても願わずにはいられない。
じゃあなと、一喜は言葉と共に駆け足でその場を離れていく。
後ろ姿を立道は傷む身体を無視して見続け、ただ只管に無事であることを祈るしか方法がなかった。
『――糞がぁ! 何処行ったあのガキィ!!』
一方。祈られていることなど知らぬ一喜は、悠々とした足取りで怒りで暴れるダーパタロスの前に立つ。
相手は一喜を見つけて随分と警戒した足取りのまま接近する。それが強者の足運びではないのは一目瞭然で、強気な言葉とは裏腹な様子につい笑ってしまう。
それが相手の煮え滾る嚇怒に油を注ぐことになっても、一喜は笑うことを止めはしなかった。
「なっさけねぇ。 そんな口調でへっぴり腰かよ」
『あぁ!? 誰がだ!』
「お前以外居ないだろ。 あんなちょっとした攻撃にビビるなんてな。 怪物の名が泣くぜ」
『――あの後ろからの攻撃もお前の仕業か。 さっき来た奴は石で撃ち落とした筈だが、まだ隠し持ってたのかよッ』
「いいや、ドラゴンフライは一機だけだ」
相手を発見した時、既に銃声は鳴っていた。
にも関わらず一喜が来てからは銃声の一つも鳴らなかった様子から使い物にならなくなるくらいには壊れていると予想していたが、持ち主の危機に際して勝手に姿を現して奇襲を成功させた。
つまり予定にはない攻撃である。彼の事前の発言全ては嘘であり、実際のところは爆破の衝撃で立道を吹き飛ばして奪還を狙うつもりであった。
結果的に全て予定通りかのようになったが、実状を把握しているのは彼一人。
ドラゴンフライは躯体に確かな軋みを作りつつ、欠けた羽根を懸命に動かして一喜の元へと無事に帰還した。
「まぁ、つらつらと話す必要も無いだろ。 此処で会ったが百年目って訳じゃないが、大人しく死んでくれよ」
『っは、何を言うかと思えば。 お前が使ったカードは確かに驚愕に値するが、種が解っていりゃ回避するのは簡単だ』
ドラゴンフライを近くの瓦礫の上に置きつつ、使用したカードを胸ポケットに仕舞う。
ダーパタロスは嗤っていた。確かに見知らぬ何者かが突然カードを使用した事実は驚愕だが、受けたダメージは然程酷くはない。
まだまだ自然回復で簡単に治る範疇であり、この分であればどれだけ受けたとしても限界が訪れるまでは遠い。
加え、相手の使用した兵器は解っている。一直線にしか飛ばない代物ばかりではないが、弾道を自身で誘導出来る物なら回避は造作も無い。
完全な怪物に変じた後であればどうにでも出来るのだ。故に、何故相手が怪物になっていないかの疑問を除いてダーパタロスは勝利を強く思考に抱いていた。
――で、あるならば。
「お前の保有する力は運動性能の極端な向上。 元ネタがパワードスーツだから、他に何か武器がある訳でもない」
『テメェ……』
どうしてそれを知っている。
髑髏の眼孔に灯る焔が鋭く一喜を睨んだ。それを知っているのは仲間内くらいなもので、あまり他所の組織に知られている情報ではない。
遠目から隠れて観察をしていた誰かが居たとしても、こんな真正面から戦おうとする為に情報を集めてなどいまい。
それだけ怪物と生身の人間が戦うのは無謀で、真っ向勝負には向かないのだ。
ならば、この男はその常識を破っていると言える。
「だが、お前の運動性能の高さは把握している。 油断をするつもりはこれっぽっちもないからな。 ――使える札はどんどん使っていくぞ」
胸ポケットからカードをドロー。
出現するのは金剛石としての意味合いもあるダイアと、三機の戦闘機が飛ぶ絵柄。
それを表に見せた瞬間、ダーパタロスは息を呑む。
しかしそれに対して一喜が反応を見せることはない。既に腰に装着済みのベルトのスリットへとカードを導き、即座に装填した。
【Standby. Diamond of The Fighter.】
待機音が周囲に鳴り響く。
赤光がベルトから出現し、帯となって彼の周囲に飛んで行っては各々の戦闘機の形へと変貌している。
シャープな印象を与える空中戦用としての姿が、多くの爆弾を積載する為に敢えて鈍重となった姿が、特殊な用途に用いる為に通常とは異なる姿が。
様々な戦闘機が空を舞い、小規模ながら曲技飛行を見せる様は明らかに何者かの意志が混ざっているように感じさせた。
ゆっくりと一喜はベルトに付いたレバーに手を当てる。ダーパタロスも彼が次に何をしようとしているのかを警戒する為、視線を完全に固定化させた。
「着装」
静かに、殺意を込めて。
レバーが左から右に動き、カードの力が彼への収束を開始した。




