【第三十三話】その男、人の生活を疑う
「よっと……もう直ぐ着くぜ」
一喜が第一として欲しがった情報は、やはり集団生活をしている現行人類だ。
彼等が一喜の知っている生活とは異なる生活をしていることは理解しているが、それはただ単に理解しているだけでしかない。
テレビ画面に映る難民達を見ても何も感じないようなものだ。一喜としては実際に見ても心が動かないだろうと思っているが、それでも相手を知ることで今後の動きを決めることが出来る。
食事を終えた一喜達は、少年が先導する形でキャンプへと向かった。
移動時間は片道で約三時間。慣れた道を進む子供は途中で休憩を挟みつつ、真っ直ぐ向かうよりも早く目的地に到着した。
少年が指を差し、一喜はそちらに顔を向ける。
子供達が嘗て暮らしていたというキャンプは、想像よりも遥かに広く展開されていた。
キャンプの色は多種多様であるも、一番に多いのは白だ。砂や泥によって元の色から離れてしまい、今にも破けてしまいそうな古さを醸し出している。
遠目には人の姿も見えた。子供達と同様に崩壊した街から回収した物を長く着続け、穴や破けが目立つ。それらを一枚の布で包む形で隠しているようだが、あまり隠れていないというのが一喜の感想だ。
全体的に雰囲気は暗い。騒々しさは皆無であり、人が住んでいながらにゴーストタウンに似ている。
「酷いな。 これが普段の状態か?」
「そうだよ。 飯の配給の時は皆一斉に出て来るから騒がしさは出て来るけど、一時間もすれば元に戻る。 五月蠅い時なんてのは基本的に喧嘩だとか襲撃があっただとかの時だけさ」
「成程な」
眺めていればいる程、視界に収まるキャンプに希望的なものは感じない。
訪れるだけ収穫は無いだろう。此方が意欲的に動かない限り、彼等は自分の意思で行動を起こしはしない。
これを率いている側は随分と不憫な立ち位置に居る。皆で協力して分担が出来ればまだ何か出来たであろうが、見る限りにおいて彼等は何もしていない。
自身で食料を作り出すことも、探すことも、身を守る術を用意しようとすることも。
どうせ全て怪獣に蹂躙されてしまうからと諦め、しかし本能的に生きることを選ばせられている。故に自殺も出来ず、彼等は死ぬその瞬間まで惨めな生活を強いられるのだ。
「指導者はどうして見捨てないんだ? こんな奴等が居たところで自分に益は無いだろうに」
「わっかんない。 会ったこともないし」
「私は会ったことあるよ」
こんな益の無い集団を残してどんな意味があるのだろう。
その疑問を率直に少年にぶつけるが、当の本人は首を振るだけ。代わりに女子高生が近付きながら声を掛け、一喜はそちらに視線を向ける。
セーラー服を珍しいと思うことはないが、派手な金髪を流している女子高生は随分とギャルという雰囲気があった。スカートは短く、冬服用の長い袖にはデフォルメされた動物が飾り付けられている。
昔はチャラいと思われるような言動をしていたのだろう彼女は、しかし一喜を前にしては大人しい。そもそも彼が子供達と出会ってから、この女子高生が軽い雰囲気を表に出したことはなかった。
「偶々配給の人手が足りないからっておばちゃん達に手伝わされて、その時隣にキャンプのリーダーが居たんだ。 最初は吃驚したけど、その人は随分優しい男だったよ」
「どんな風にだ」
「基本的にキャンプに住んでる大人って自分本位なのよ。 それはこの生活が厳しいからってのがあるんだけど、それでも優しい大人は凄い少ない。 一割でも居たら奇跡的なレベルね」
子供達が子供達で団結しているのは、そもそもにして大人達に余裕が無いからだ。
現実から目を逸らしたくて子供や立場の弱い人間を虐めたり、大人同士で理不尽に対する鬱憤を晴らす為に喧嘩を行う。
それをしたところで何の成果も得られないのに、彼等は彼等の心の余裕を少しでも獲得したくて暴れるのだ。
優しい大人が生まれる基礎がキャンプには無い。故に、優しい大人が居る場所というのは極めて環境が良いことを指す。
この事実に照らし合わせみると、目前のキャンプに優しい大人が居るのは女子高生が語る奇跡と同レベルだ。
キャンプのリーダー。男であるその人物は優しく、彼女曰く持ち帰った資源の殆どを皆に分け与えている。
何処かに自分が自由に使えるだけの物資を隠しているのではないかと一喜は思うが、現状においてこの規模の集団を養っていくのは決して簡単ではない。
彼等が少しでも満足する品々を渡して、その上でリーダー自身が満足するだけの量を隠しておけるかと言われれば難しい。
「その男の周りに居る奴等も優しいのか?」
「うん。 何とかキャンプを良くしていこうとか、皆で協力して状況を立て直そうと奮闘してる。 ……まぁ、大体は無駄に終わっちゃうんだけどね」
「そうか。 ――成程な」
顎に手を当てて一喜はキャンプを運営する意味に予測を立てた。
その言葉には確信めいたものが混ざっていて、女子高生も何か分かった事があるのかと尋ねる。
少年達もそれは一緒だ。あのキャンプに何かあるのであれば、それは当然気になるものであろう。
彼等の生活がどれほど悪かったのであれ、生まれ故郷のようなものなのだから。
周囲の視線を感じた一喜は一度咳払いし、人差し指を立てて先ずはと言葉を紡ぐ。
「前提として、これは予測に過ぎない。 俺の言ったことは本当かもしれないし、違うかもしれない。 信じるかどうかは別にして、これが全て正しいと鵜呑みにはしないでくれ」
「それは、勿論そうするよ。 俺達は見たもんしか信じないしな」
「良し。 なら言うが、そのリーダーって奴は恐らく物資を独占している」
話を聞いていると、一喜にはどうにもそのリーダーが物資の一部を自身の為に占有しているように感じた。
更にその男の周りも優しいと聞けば、上層部とでも表現すべき者達は皆大なり小なり物資をキャンプの人間に覚られぬよう懐に収めている。
しかしこれは、少しでも疑問に思えば誰でも予測出来ることだ。
キャンプの人間は与えられる物をただ受けている。それでも不満は溜まっていて、仮に正解ではなくともリーダー達は大事な物資を自分達の為に占有しているのだと文句を言い出すことはあるだろう。
そこからまともな思考をしている者が疑問を展開していき、何か良からぬことを上はしているかもしれないと調べている可能性は十分にある。
「そのリーダーって奴を含めた周りの服装とか体型とか、変わっていなかったか?」
「うーん、遠くにちらっと見た限りだと特に変わってはいないような……」
「――それはおかしいだろ」
この予測を確信に変えるには、他の材料が必要となる。
故に更なる材料を求め、女子高生の発言に待ったをかけた。当の本人は一喜に疑問の視線を向けるが、彼としてはどうしてそこに疑問を感じないのかと思ってしまう。
体型に変化が無い。それはつまり、リーダー達は体型を調整することが出来る余裕があるということ。
食料が無ければ人は痩せ細る。食べ物を求め、そしてもしも食料を見つければ腹の虫を抑える為にと肉体の負荷を一切考えずに腹に詰め込む。
さてそうなれば体型の維持など出来よう筈も無い。一度死に瀕する程の飢餓を覚えれば、空腹を何よりも恐れる。
手に入る食べ物を口に運び、最終的な末路は肥満だ。動き続けることで大柄で筋肉質な肉体を獲得することも出来るが、やはり殆どは体型が崩れる。
それが起きていない。
予想出来るのは一つ。怪しまれない程度に調節をしている。
子供達があまり彼等の姿に疑問を覚えていないのは、恐らくは最初の時点から体型の変化が無いからだ。
老化による衰えはあるだろうが、それ以外で彼等は変わっていない。
「言いたいことは解るけど……じゃあなんで他の人達を働かせようとしないの? 正直、あの人達が尻を蹴り上げれば動く人間は居ると思うよ」
「同意見だな。 兄ちゃんの言葉は解るんだけど、なんか無駄に厄介事を背負ってね?」
「まぁ、そう思うよな。 普通は」
自主的に働かないキャンプの人間の面倒を見る、明らかに物資を隠している集団。
言葉にすると違和感が強い。キャンプの人間を見捨てた方が彼等にとっては都合が良い筈なのに、何故か見捨てるような真似を彼等はしていなかった。
その理由を一喜は見つけることは出来ない。実際に中に入ってはいないし、そのリーダーと呼ばれる男と接触した訳でもないのだから。
けれども、恐らくはそここそに核心がある。このキャンプの絶望が続いている理由が、彼等が人々を自主的に働かせないようにする訳が。
それを調べようとするのなら
「答えはきっと、連中がどうやって食料を集めているのかで解るだろうさ。 まぁ、俺にはどうでも良い話ではあるが」
明確な道を示しつつ、されど一喜はあっさりとその道を放棄した。




