【第三十二話】その男、思わぬ成功を引く
歩いて、歩いて、歩いて。
――ついてく、ついてく、ついてく。
歩いて、歩いて、歩いて。
――ついてく、ついてく、ついてく。
「……」
「……」
三十分は経過しただろうか。
殺した罪悪感にはやはり支配されず、至って平常心なまま一喜は歩いていた。
キャンプまでの道程は依然として直線を選択し、瓦礫をなるべく迂回する形で今も進んでいる。
どうにも何か大きな施設が見えてくる様子は無く、貴重な一日が移動で潰されるのではないかと漠然とした不安を抱き――さてどうしようかと頭を悩ませる。
悩みの原因は今後の道、ではない。
背後から聞こえる足音。一人ではなく複数人の足音は、大人が出すものと比べれば幾分か軽い。
溜息を吐く。無視し続けていたかったが、このままでは何処までも付いて来ようとするだろう。
振り返る。
そして視線の先に居る都合十人分の子供の姿に、眉を顰めるしかない。
一番一喜の近くに居た少年は彼と視線を合わすと、勝気な笑みを浮かべる。他の子供も彼と視線を合わせる度に人好きのする愛らしさ全開の笑顔を見せ、実に嘘くさい。
素直なのは二人居る高校生だけだ。気不味い顔で視線を逸らしている様子から、これが不味いことだと解っているのだろう。
解っているのなら是非引き取ってほしかったのだが、高校生達だけで戻るにはこの環境は実に心細い。一喜のように一人が好きなら兎も角、まだ親に甘えても良い年頃では集団で行動したいだろう。
「いや、お前等。 なんで付いて来てるんだよ」
「いやぁ、万が一があるかと思ってね」
「万が一ってなんだよ、万が一って」
「万が一は万が一だよ。 他に何があるってんのさ」
少年は実に快活に喋るが、その内容は実にお粗末だ。
何かある雰囲気を漂わせ続け、それを自分から言い出したくないと考えている。
つまりそれは子供側から言ってはならないことで、一喜はその内容を少し考えてああと納得の声を漏らす。
「お前等、飯が無いままか」
「…………」
「図星かよ、もっと隠せ」
ついに子供達ですらも顔を逸らした。
先程までは危険な状況に陥っていたが、人間というのは一度安心すると色々なものが噴出するものだ。
戦いに集中するあまり自身の怪我の痛みをあまり感じなかったり、作業に没頭することで寝食を忘れてしまったり。
緩むまでは何処までも気にせず、そして一度気が抜けることで空腹や激痛が一斉に肉体に襲い掛かる。
子供達は今正に空腹なのだ。高校生が付いて来ていたのも心細さ以外に空腹が存在し、半ば飢餓に近い状態にまでなっている。
ここで食料をあげなければどうなるだろうか。
少し想像して、あまり愉快なことにはならないだろうなと一喜は確信する。
罵倒されるだけなら最高。最悪はそのまま襲われる。流石に少年との距離が短い所為でカードは間に合わないであろうし、仮に間に合うとしても使うのは情けない。
未だ空中に浮いているドラゴンフライに命令を送れば撃ってくれるが、そうなれば前回の食費がどうしても無駄と化す。
無駄は嫌だ。それに生かすと決めてある以上、こうなっては大人しく食料を放出した方が良いだろう。
「まったく……欲しいなら素直に言え。 別にやらないなんて言ってないだろ?」
「え?」
「もしかしたらって食料を多めに用意しておいて正解だったぜ。 ――どっか近くの建物に入るぞ」
「……おう!」
実は餌付け目的で事前に用意してありましたとは言えず、取り敢えず適当な理由をつけて崩れ掛けのファミリーレストランに入り込む。
内部はまったくと清潔ではないが、逆に清潔な場所を探す方が困難な世界だ。
誰しもが何とか無事な椅子やテーブルに座り、食料が出てくる瞬間を今か今かと待ち焦がれている。
そこまで期待されると悪い気はしないものだが、一喜基準では所詮は百円ショップにあるような食い物ばかりだ。それを自慢気に取り出すのは恥ずかしくて、降ろしたリュックから淡々と缶詰等を取り出していく。
出て来る品々に子供達の目は輝いている。今ならば夜空すら照らしてみせると言わんばかりに興奮が身体を巡り、それを一喜から受け取っては缶詰達に頬ずりしていた。
「流石に先週は適当な物しか用意出来なかったからな。 今日は色々あるぜ?」
缶詰のバリエーションは実に多彩だ。
肉や魚は基本として、果物や野菜にと栄養状態も加味して準備された品々はこの世界では御馳走にも等しい。
蒲焼に、角煮に、コーンスープや果物のシロップ漬け。
漂う香りは当然ながらキャンプで味わえるものではなく、故に否応なしに口内から涎が溢れ出ようとしている。
全員に使い捨ての箸やスプーン等を渡し、全員が満足するだろう量が行き渡ったことを確認してから両手を重ねた。
古き良き感謝の仕草は、子供達も当然ながら知っている。
元気よく手を重ねて声を張り上げ、次の瞬間には餓狼が如くに一気に食らい付く。
口の端が汚れることを誰が気にするだろうか。肉を食っては涙を流し、魚を食っては至福に酔い痴れ、果物を食っては幸福の坩堝に叩き落される。
美味いと皆が口々に語った。
一種狂っているようにも見える食事会は絶望とは真逆で、この世界でも滅多に見れないような大盛況を一喜に伝える。
その風景を見つつ、一喜はゆっくりと缶詰に箸を伸ばした。口に運んだ際の感想は普段通りのもので、美味しいかどうかを聞かれても何時もと変わらないとしか答えられない。
しかし、それはこの世界基準では贅沢な部類に収まるのだろう。本音を口にすることなく、彼も仄かな笑みを見せつつ食事は急速に進んでいった。
「御馳走様!」
最初に食べ切ったのは高校生の男女だった。
両方共に学生服に身を包み、その服に新しい染みを作りながらもまったく気にする様子も無く両手を叩き付ける。
他よりも少々量を多くして渡したが、空腹な彼等にはまったく問題無かった。全てを平らげ、残るは空の容器ばかり。
容器は一喜が持ち込んだ無地の白いビニール袋に入れ、なるべく他の世界からの痕跡を残さぬようにしておいた。子供達も次々と全てを完食していき、少々膨れている腹を擦って下品なげっぷを中空に放つ。
「満足したか?」
「勿論! ありがとうございました!」
一喜の問いに真っ先に答えるのは小学生くらいの女の子だ。
輝きに満ちた表情で一喜の前に立ちあがり、腰を九十度に曲げて礼を告げる。
その彼女に釣られるような形で他の子供達が次々と頭を下げ、最後のリーダーである少年が頭を下げた。
「本当にありがとう。 あんたみたいなまともな大人が居たことは知ってるけど、それでもこんなに凄いことをしてくれた奴はこれまでいなかった」
「大袈裟な。 それにこれから何か要求されるかもしれないぞ? 前回みたいにな」
少年の発言には重みがある。それだけ今の世は子供に意識を割くなんて真似が難しく、放置や虐待が蔓延っているのだと認識せざるをえない。
一喜は笑って意地の悪い言葉を送るが、少年はそれを当たり前だろと至極真面目な表情で返した。
「これは大きな恩だ。 あんたは俺達の命を見捨てないでいてくれた大恩人なんだ。 何かしら命令されたって俺達は聞くさ」
「……」
「なんかあんたはあまり気にしないようにしてるみたいだけど、それじゃあ駄目だろ。 助けてくれて有難う、んじゃさらばってのは」
目の前に居る少年は、果たして本当に子供なのだろうか。
一喜は思わず内心で考え、暫し二人は目を合わせる。その間に他の子供は口を挟まず、しかし少年の発言に否を告げたりはしなかった。
例え安い食品ばかりであっても、それで子供達は命を繋げることが出来る。生きたいと願う者にとっては、それを尊重してくれる誰かは非常に大事だ。
餌付けという意味では大成功だろう。今ならばキャンプに火を放てと言えば、迷いながらも放ってくれそうな雰囲気がある。
そこまで考え、一喜は後頭部を掻いた。
「……はぁ。 そんじゃ、俺の頼み事を聞いてくれるか?」
「おう! 何でも言ってくれ」
成功しているのなら、あまり危険ではない程度の仕事を与える。当初の予定通り、この子達から情報を取れるだけ取ろうと一喜は口を開いた。




