【第三十一話】その男、殺す
殴られたことで意識を喪失した者を除き、ドラゴンフライに四肢を撃ち抜かれた者達は総じて激痛にのたうち回っている。
話が出来るのは度重なる喧嘩によって痛みに耐性のある者くらいで、ドレッドヘアーの男が激痛に顔を歪めながらも一喜を睨み付けていた。
一喜本人はそれを静かに見下ろし、面倒な奴を撃ち抜いたなと再度頭を掻く。
子供が殺されることと比較すればマシだが、これで目前の男達が無事である限り確実に復讐に動く。
そうなる前に対処をすべきである。されど、その前に事態の把握に努めておいた方が良いだろう。
顔を子供達に向けると、少年の安堵の笑みがある。高校生の男女は露骨に胸に手を当てて息を零し、これで危機は脱したと感じているのだろう。
「少年、こいつは誰だ」
「キャンプで一番凶暴な奴さ。 同類の奴や脅した奴等で徒党を組んで好き放題に暴れてやがった」
「つまり、キャンプの住人だと?」
「皆怖がってたけどな。 こいつらが居なくなればどんなに安穏とした生活が送れるかってのが近所の奴等の愚痴さ」
少年の言葉には怨嗟が染み込んでいる。
以前に聞いた限りであれば、少年は大人に食料を奪われていた。その元凶が目前で倒れている男だとすれば、成程居なくなってもらった方が都合が良い。
協調路線を取れず、自分のしたいことだけをするような輩は周りにとって迷惑だ。一喜も過去に似たような人間を見たことがあるからこそ、余計にそのような人物を邪魔者に感じてしまう。
他の人間が要らないと断ずるのであれば、目の前の男が何処に消えたところで然程騒がれはしない。やるならば正に今こそがチャンスとなる。
「ま……待て。 お、俺の話を聞け」
少年から話を聞いていると、件の男が力弱く一喜に声を掛ける。
そちらに顔を向け、取引をしようと口にした男に眉を寄せた。
「しょ、食料を知ってる。 女……だって、沢山いるんだぜ? 流石に武器は難しいが、拳銃くらいなら何とか調達し、してやるよ。 だから――な?」
頬をひくつかせ、媚びるように一喜に告げる。
この男の体格は普通だ。一時的にでも逃げることが出来れば、傷を治して策を練って殺し切ることも難しくはない。
数はたったの一人。空を漂う昆虫型のドローンが脅威ではあるも、所詮は機械だ。
命令が無ければまともに動けないのは既に見ているし、命令を下す前に口を封じてしまえば後は好きなように出来る。
だから先ずは、未来の栄光の為に敗者となる。悔しくて悔しくて血涙が流れそうだが、それでも今の自分ではまともに拳を振るうことも難しい。
男の目には一喜は強者に見えない。
されど、時折存在するのだ。力を隠している強者と呼ばれる存在が。
ドローンもその内の一つである。あれを見つけたのか作ったのかは定かではないが、稼働状態にまで持って行くことが出来ている時点で一喜が有能な存在なのは間違いない。
実際は通販で購入したのだが、それを男が見抜くのは無理な話だ。
兎も角、容易く集団を処理出来る人間には下手に出ていた方が良い。下剋上を果たすのであれば、臥薪嘗胆を限界まで続けるのだ。
幸いなことに男には備蓄がそれなりにある。キャンプから離れた地点に隠しておいた数々の品物の中には、個人的に楽しむ用の女も監禁されていた。
それらは男個人の専用肉奴隷のようなもの。女側の意思は一切否定され、今頃は絶望に身を落しているだろう。
個人的に楽しむ為に隠していただけあり、ルックスは良い。肉付きを良くする為にも貴重な食料を与え、その時が来るのを実に楽しみにしていた。
口惜しく感じるも、生きる為であれば手放すことも考えねばならない。男の交渉材料には子供組全員が嫌悪の顔を向けたが、反対に一喜は一歩男に近付いた。
「へぇ? こんな状態で交渉をしたいと?」
「損はねぇ、筈だ。 隠し場所を知っているのは俺だけだからな……」
「論外だ」
損は無いと男は語るが、一喜からすれば損ばかりだ。
子供達を助けたのは折角の食費が無駄になると考えたからで、それが無ければ最初から助けようなどとは思わなかった。
この状況そのものが既に一喜にとって不本意なのだ。そこに幾ら交渉事を持ち込んだとして、マイナスはマイナスなままである。
何を提示したところで意味は無い。この男を含め、他の大人達は全滅してもらう。
子供組にも口止めを徹底させ、その上でキャンプまでの道程を聞くかと腹で決めていた。
故に論外。男の語るメリットに意味など無いと断じ、食料等の魅力的な材料の一切を捨てた一喜に男は目を見開いた。
「食いもんだぞッ……。 女を侍らすのも、出来んだぞ……」
「食い物は間に合っているし、女を集めてハーレムを作る趣味も無い。 ――お前、どうしようもなく馬鹿なんだな」
「なにを――――」
言っている。
その発言を最後まで言い切ることは出来なかった。
ドラゴンフライが機銃に命令を送り、数発の弾丸を吐き出して男の額を撃ち抜く。
撃ち抜かれた男は驚愕の表情を浮かべ、口を震わせながら何も言えずにそのまま息を引き取った。
即死というには僅かに意識が残ったが、男はこの世界の基準で言えばかなり幸福な死を迎えることが出来ただろう。
非常に呆気ない最後だ。されどそれが、この男の価値でもある。
死んだ男を目にして、まだ幾分か周りを見ることが出来ている者達は驚愕と怖れで震えた。
当たり前のように人が死んだ事実については何も思うところは無い。されど、これまで自身の好きなように暴虐を振り撒いた男がこうも簡単に死ぬとは毛ほども考えていなかった。
上位の人間でも、それより上の存在には勝てない。人が化け物に挑んで死ぬように。
それを改めて突き付けられ、自身も同様の末路を辿るであろうことは簡単に予測することが出来てしまった。あのトンボによって己の顔も吹き飛ばされ、何も得ず、何も成せずに死ぬのであろう。
「これでもう暴れることは無いな。 少年、他の奴等は報復に動くか?」
「……頭がこんな風に潰されたんなら、それは無いと思うぜ。 元々こいつを中心とした烏合の衆だったんだし、今ならキャンプの纏め役達でも何とか出来る筈だ」
「それなら良い。 俺はもう行かせてもらうぞ」
え、と大人達は顔を上げた。
殺されると思っていた未来は、これまた呆気無く消失した。更なる驚きで一喜を見やると、当の本人は鬱陶しそうに手を振るう。
「貴様達を殺したところで弾の無駄遣いだ。 それに、俺が手を下さずともお前達は死ぬだろうさ。 放置されてな」
気絶しているだけの大人とは異なり、攻撃を受けた側の四肢は今も血液が流れ出ている。
助けるのであれば早期の止血と縫合が必要となるも、今この場において医療の知識がある人間は存在しない。仮に居たとしても助けるような真似はせず、そのまま大人達は放置されるだろう。
そうなれば、時間差による失血死によって彼等は死ぬ。一喜が手を下さずとも、彼等の未来は元より闇の中なのだ。
誰かが助けてくれと呟いた。
誰かが手を伸ばした。
仏が伸ばす最後の白い糸を求めて、死ぬであろう集団はひたすらに行動を起こす。
それを子供達は嫌悪混じりに見てから、そっと顔を逸らして一喜と同じ方向へと足を向けた。
悪人には相応の結果を。良人に最高の人生が保証されている訳ではないが、悪人に待ち受けているのは何時だって最悪の結果であるべきだ。
「地獄に行け。 そんで、存分に苦しんどけよ」
判決は降りる。四肢を撃ち抜かれた者達は例外無く、そのまま野晒しの状態で死への道を進むことになった。




