【第二十八話】その男、虫を投げる
土曜日・午前六時。
新人である糸口の参加や客の増加によって普段よりも忙しい一週間を過ごしたが、やはり週末に楽しみがあると人は苦労を苦労と感じないのだろう。
気力は満ち溢れている。活力が底から湧き、以前まで感じている思考の靄は今では綺麗さっぱり消え去っている。
荷物はこれまでよりも重くなっていた。リュックの余っているスペースに食料と通販で新たに購入したアイテムを詰め込み、増加した重量に筋トレをしようと固く決心を抱きつつ今日も向こうへと旅立つ。
相変わらずの荒れ具合には慣れたもので。荷物を背負いながら今日は西を目指した。
理由は単純だ。先週の子供達の話が事実であるかを調べたいだけである。
一喜の世界と比べ、此方の子供達は生に貪欲だ。
生き残る為に他者を害することに然程大きな罪悪感を覚えない。生きていく為にはこうするしかないのだという無意識に展開された理論が、彼等の理性の枷を非常に緩くしていた。
となれば、手にした情報が真実であると素直に鵜呑みにするのも難しくなる。
最初の餌付けで随分と信用度は稼げた。しかしまだ一度目。餌付けで信用度を稼ぐのであれば、更に二度三度は必要となる。
動物の警戒心を解くようなものだ。最初は露骨に接触せず、渡すだけ渡して後は話すことだけをする。
此方は優しい対応をして、向こうから接触してくるようにするのだ。そうして初めて餌付けは成功となり、精度の高い情報を手にする方法と化す。
そうなるまでは自身の足で裏付けするしかない。
西がどこまで西なのかは不明だが、子供が此処まで来るとなれば必然的に距離は短いと見るべきだ。
一日分か二日分は離れているのではないか、というのが一喜の予想だ。
先ずは子供達と遭遇した場所に向かい、周囲に彼等が居ないことを確認してから西側へと足を進める。
方角は携帯のアプリを用いれば十分に解るので、この移動で一番の問題となるのはやはり通路が塞がれていることだろう。
「まぁ、こうなるよな」
暫く歩いていると、想像通りに道が建物で塞がれていた。
隙間も人が通れる程ではなく、迂回か頑張ってよじ登るしか方法が見つけられない。
なるべくメタルヴァンガードの力を使いたくないというのが本音だ。あれを使えるようにするには適性が必要で、一喜は自分がどれだけ適性を持っているのか判明していない。
設定の中には使用のし過ぎでカード側から干渉を受けることがあると記載され、それはつまり使用回数に限界があることを示している。
故に何でもかんでもカードの力で解決することは望ましくない。元よりカードの力は基本的には破壊に特化しているので、何をどう使おうとも周辺に被害が出てしまう。
「迂回しかないか。 んー、ここら辺はあんまり知らないな」
西側を三十分は歩いただろうか。
あまり遠くには出掛けていない弊害か、そろそろ見知らぬ地形が目立ち始めた。
方向音痴ではないのが功を奏して帰り道は大丈夫だが、まったく知らない土地にキャンプが存在するとなればいざという時の逃げ道が解らなくなる。
それでも彼は進み、迂回し、時には休憩を挟んで――――時折周りを確認することが出来る高い建物の上に立つ。
殆どは他の建物が視界を遮るものの、下で見ているのとは違う景色を見ることが出来る。
そうして解るのは、想像以上に壊滅的な世界だった。
「……街一つだからまだ完全に抜けてないとはいえ、何処もかしこも見事にぶっ壊れてるな」
壊れていない場所を探す方が難しい。
そんな世界はニュースで出て来る紛争風景か、教科書内に載っている原爆後の風景くらいなものだ。どれも自身の足で立つことなど出来る筈もなく、けれど実際に一喜は此処に二本の足で立っている。
街中の喧騒が無い。人の往来が見受けられない。自動車やバスや自転車でさえ、残骸が転がるばかりで移動している様子が無かった。
死んでいる。改めて、この世界は人類の滅亡という意味においては死へと突き進んでいる。
暴虐が、環境が、世界から人を駆逐している。この世界から人が消えるまで後どれくらいかは定かではないものの、それでも長くはないだろう。
――!――!――!――!
――!!……ッ!?――――!!
感慨深く周りを眺めていると、ふと下の方から誰かの声が聞こえた。
顔をそちらに向けると、先週出会った子供達と三人の男が会話をしている。遠過ぎる所為で内容までは解っていないが、どうにも怒鳴り合っている雰囲気があった。
思い出すのは子供達の話。大人達は子供に配給された食料を奪うことがあると言われ、実際に大人達の雰囲気はよろしくない。
身形も土に塗れた種々様々な上着に、破れが目立つズボン。髪も長年風呂に入っていない影響か汚らしく、ここら辺は子供達と一緒だ。
ホームレスという単語が最も近いと言える。道を歩いている際に公園や駅前で段ボールを敷いて寝転がっている姿が一喜の脳裏を過り、ふいに大人の男の一人が拳を振り被った姿を瞳は捉えた。
拳は落ち、一番先頭で言い合いをしていた男子高校生の頬に直撃する。
高校生は後ろに倒れ、それを機に女子高生の一人が殴った男の頬を叩く。顔を一気に九十度に回された男は暫し唖然として、直ぐに顔を女子高生に向けて憤怒を露にした。
さてそうなれば、他の者達も黙ってはいない。
一喜が見下ろす先で両者は一気に喧嘩へと舵を取り、大人側は相手が中学生だろうと小学生だろうと殴り掛かる者を平等に殴った。
児童虐待なんて生易しいものではない。不良の喧嘩と呼ぶには殺意が高過ぎる。
あれはもう双方共に殺すことを前提とした殺し合いだ。このまま長引けば、先ず肉体的に成熟していない者の方が多い子供側が全滅する。
「……」
助けることは正直出来る。
しかし、こんな殴り合いでカードを使えば余計な死人が出る。一喜本人の実力が高ければ割り込むことを考えるが、残念ながら彼の実力は不審者を捕まえられる程度しかない。
職務の関係で一般よりは出来るだけの奴に、果たして暴漢達を止めることが出来るのか。
答えは否。断じて否だ。やったところで返り討ちになるのが関の山。
溜息を吐くしかない。ここで無視をしても別に構いはしないが、餌付けをした分が無駄になる。
食費としては微々たるものでも、無駄というのを彼は嫌う。故に出来る範囲で可能な札を使うかと、リュックサックを降ろして中からアイテムを一つ取り出す。
見た目は機械の虫だ。
モチーフとしてはトンボであるが、黒光りする様はドローンを想起させられる。
細い体躯の側面にはカードを差し込める部分が存在し、彼はそこに一枚のカードを挿入した。
――Start. Spade of Variable Blaster.
スペードの銃。
銃女から手に入れたカードは問題無く機能し、黒光りするトンボの目に緑の光が灯った。
羽根が自然と動きを始め、最初はゆっくりとした動きが徐々に高速へと加速を進める。次第に羽根は残像を見せ、ついには姿を視認するのは不可能となった。
玩具の状態ではこんな風にはならない。一体どうしたらこんな風に状態が変わっていくのか不明だが、使えるのなら使うまでのことだ。
上空へと機体を投げると、トンボはその場で停滞。使用者の命令を待つ姿に一喜は一つの命令を下す。
「あそこに居る大人共の手足を撃ち抜け。 殺害は無しだ」
命令を受領したトンボは真っ直ぐに乱闘が始まった場所へと向かっていった。
トンボの下部には小型化されたサブマシンガンが搭載されている。当たり前だが、それをただ撃っては直ぐに弾切れになるだろうが――玩具が兵器になったことで異常性は発揮されているのだ。




