【第二十五話】その男、子供と話す
「なんだ?」
視線と子供の姿。
この街にはあまり人が居ないとは世良の発言だが、どうにも立ち寄る人間だけは居るようだ。
まだこの街に活用可能な資源が眠っているのか、はたまた此処付近が安全であるのか。
いや、後者は有り得ないだろう。それに子供だけで活動しているのも怪しい。
こんな世の中であれば子供達が逞しく暮らしている状況もなくはないが、しかしどうにも引っ掛かるものを一喜は覚えた。
撮影を止め、足を子供が逃げた場所に向かわせる。
ジャケットの内ポケットから箱型の機械を取り出し、それを腕に装着した。
胸ポケットからカードを一枚。出て来たのは、最近回収したばかりのスペードの銃。
いざとなれば迷いなく使う事を決め、なるべく足音を殺しながら曲がった角を覗き込む――――
「えい!」
「っとぉ!」
顔を角から出した瞬間、目前に角材が見えたことで反射的に引っ込めた。
鈍い音が地面に響き、身体ごと角から出すと角材を振り下ろした少年の姿がある。
身形は良いとは言えない。元は白かったのだろうシャツは土埃で汚れ、ズボンは七分丈で破損が目立つ。
羽織っている元は分厚かったであろう赤い上着は、下側が破けて中身が全て無くなっていた。
黒い髪はぼさぼさ、汗と油の光沢が汚く映る。
際立って強く見える目だけが生への執着を感じさせ、この少年がまだ生きていたいのだと思わせられた。
「なんだなんだ。 一体どうした、少年」
「っち、外したか。 こうなりゃ正面から――」
少年は中学に上がりたての年齢なのか、体格は子供同然だ。
手にしている角材も中高生が振るう物と比較すれば貧弱に過ぎる。殴られれば痛いことは痛いだろうが、それで致命傷を受けるのは難しい。
少年としては先の動作は誘導だったのだろう。待ち伏せのし易い場所に誘い出し、隙を晒している間に頭部を殴って相手を失神させる。
もしくは、気絶した相手の頭を殴って殺すつもりだったのかもしれない。
少年の戦意は本物だ。少なくとも、不良の声だけ大きい威嚇よりは信頼性のある殺意を持っている。
彼はそのまま正面から駆け、真っ直ぐに角材を一喜の脳天に振り落とした。
しかし、それは彼が角材を握ることで呆気無く防御される。
少年は驚きの顔を浮かべ、次の瞬間には角材を手放して前に出た。
とても少年と呼ぶべき年齢の者がする動作とは思えず、一喜は僅かに目を見開いて瞬間的に身体に力を入れる。
少年は一喜の顔面のみを狙っていた。手は拳に固められ、そのまま加速に任せて相手を殴打するつもりなのだろう。
そのまま拳は前に突き出され――顔面に到達する前に空いていた左手で拳を掴む。
なんてことはない。少年の動作に驚くことはあれど、身体能力そのものは凡百の域を出なかった。
「……取り敢えず攻撃は止めろ。 話がしたいならいくらでも聞いてやる」
「話? ……お前と話すことなんてない!」
腕を引っ込めるタイミングに合わせ、手を離す。
突然離されたことと勢いよく引っ込めようとした為に体勢を崩し、そのまま少年は尻もちをついた。
その瞬間を逃す一喜ではない。大人気ないと解っているものの、やはり自身の住む近くで害を与えるかもしれない人間を野放しにするのは不可能だ。
新参者は此方であることを自覚しつつも、排除に足が動いた。
顔面は避け、狙うは胴体。掬い上げるような動きを意識した蹴りは小さくではあるが少年の身体を浮かせて後方に落ちた。
背中から落ちた衝撃で少年は呻き声を発し、暫く起き上がる様子は無い。
打ちどころが悪かったか、一喜の油断を誘っているのか。どちらにせよ、少年の戦意を最初に削ぐことがこの場合における最適解だ。
幼い子に暴力を振るうのは流石に心が痛むも、何が起きるか解らない世界だ。少年兵のような子供が居れば、流石の一喜も死を連想するだろう。
そのまま少年は一分が経過し、二分が過ぎ、およそ五分程で漸く身体をふらつかせながら立ち上がった。
一喜を睨む目に戦意が消えた様子は無い。寧ろ逆に燃えよと言わんばかりに猛り、一喜は対応を誤ったかと内心で舌を打つ。
「俺に暴力は意味が無いぞ。 ……そら、なんで襲ったのか理由を言えよ。 あんまり理不尽なことじゃなかったらこれ以上暴力は振るわんさ」
「っは、嘘吐けよ。 てめぇみたいな大人は皆同じことを言うもんさ」
少年の怒りの言葉は、そもそも一喜本人を指してのものではなかった。
成程と一喜は頷く。この少年が襲った理由は、単に大人であったからという至極単純なものだ。
何かしら嫌な目に合い、大人を信用しなくなったのだろう。日常的に暴力を振るわれていたと見るのが妥当かと内心で予測を付けつつ、後頭部を掻いた。
「その大人ってのがどいつなのかを俺は知らん。 で、飯でも欲しくなったか?」
「……ちげぇ」
「図星かよ」
手強そうだと思い付いた理由を口にすると、少年は解り易く顔を逸らしつつ本音ではない否定を口にした。
確かに、子供であれば何処に何があるかなど解る筈も無い。精々が近所のコンビニかスーパーか、後は自宅の台所くらいだ。
大人が居れば移動範囲も拡大し、食べ物も見つかり易いであろうが――ちらりと見えた上着の下のシャツが描くラインは、過剰なまでに細かった。
これでは長距離の移動は不可能だ。早い段階で誰かの手を借りねば、この少年はもう間もなく飢餓によってまともに歩けなくなる。
暫くの沈黙が続き、さてどうしようかと一喜は思考を回す。その間も少年は睨むだけで他に何かしようとしない。
「お前、何処に住んでる?」
「は?」
「何処に住んでるって聞いてんだ。 後、ついでに仲間とか居るのか?」
「なんでそんなことをあんたに言わなきゃなんねぇんだよ。 言うか馬鹿」
「そうかそうか。 ……それじゃあこれは要らないな?」
回した思考で、手っ取り早く相手の言葉を引き出すには何が使えるか。
答えは至極あっさりと出て来て、彼はリュックサックの横ポケットに入れていた棒菓子の箱を少年に見せる。
まだ未開封で、当然ながら賞味期限は暫く先だ。甘い菓子などこの世界であれば貴重も貴重である。
当然、少年も意識を菓子に持っていかれた。商品の絵柄のお蔭で文字が読めずともそれが菓子であると見当がつき、先程までの戦意が目に見えて削れる。
「ちょっと歩き続けてたからな。 そろそろ休憩の一つでも入れようと思ってたんだ。 お前が俺との雑談に付き合ってくれるなら、礼として食料をくれてやっても構わない」
「な、何くそ。 俺がそんな解り易いのに乗るかよ……。 それにあいつらにだって――」
「他に居るなら全員連れて来いよ。 全員に行き渡るかは解らないが、そいつらにも食い物をやっても良い」
リュックサックを降ろし、手頃な瓦礫の傍に腰を下ろして中から次々と食料を取り出す。
一喜の好みの所為で魚の缶詰が多いが、それ以外にも肉系の缶詰や非常食のクッキーが次々と出て来る様子は欠食児童には堪らない。
直ぐ目の前には御馳走があるのだ。乗らねばそれが食えないとなれば、さて精神的に決して熟しているとは言えない子供に抗う術があるのか。
「――ッ、絶対そこから動くなよ! 絶対だからな!!」
「はいはい、解った解った。 さっさと連れて来いよ」
答えは否だ。少年は細い身体の何処から力が出ているのかと言わんばかりに駆け出し、仲間と呼ばれる者達を集めに向かった。
遠くなっていく少年の背後を見やりつつ、さて足りるだろうかと頭の中で計算を始める。
最悪は此処で移動は終わりだなと当たりを付け、スポーツドリンクの蓋を開けた。




