【第二十四話】その男、自己を見つめる
「突発だったけど上手く機能して良かったなぁ」
明くる日。
日曜を迎えた昼の空は青空で、太陽が周囲を照らしている。
窓から差し込む光は穏やかなもので、彼のパソコンを動かす手も実に軽やかだ。
思い出すのは昨日のあれやこれやについて。人を一人殺したにも関わらず、一喜は普段通りのまま過ごしている。
調べているのは複数の通販サイトとフリマ系のサイトだ。
此方で購入した玩具が向こうで現実として機能する以上、保有出来る武器は多くあった方が良い。
少し前はベルト等を購入することに躊躇いもあったが、今となっては購入しても損になることはないと解っているので財布の紐も緩い。
勿論限界はあるのであまり大量には買えないものの、やはり二年前の作品であることが理由で商品そのものの値段が酷く下がっていた。
何処の会社も無駄な在庫を抱えたくはないのだろう。
中には値下げキャンペーンと称して大量在庫の商品を大幅値下げを行っており、手頃な価格でメタルヴァンガード関連の品が転がっていた。
そうなれば、必然的に彼の買い物カゴも満たされていく。
これまではポイントが貯まれば購入していたサイトでも、予算限界を迎えないラインまで商品を突っ込む。
関連商品に加え、土日限定で消費する食料も追加で買っていく。
この二日間だけは玄関を何時開けても向こうに繋がってしまい、どうしても何処かで買い物をしたいと思ったら窓から強引に脱出するしかない。
深夜であれば目撃者も少ないだろうが、そもそも窓から出るのが面倒な一喜としては事前に家から一歩でも出ない備えをしておいた方が良い。
食料、装備、果ては向こうで使えるだろうサバイバルグッズ。この三つは忘れてはならず、今後のルーチンワークとして確認及び購入はしていくことになる。
ある程度の買い物を終えれば、彼は服を着替えて荷物を背に玄関を通った。
荒廃した世界も既に慣れたもので、取り敢えず昨日は行けなかった場所に赴こうと歩を進める。
自転車を持ち込もうかと一度は考えたものの、周囲の道の中には瓦礫で塞がれていることもある。その所為で登って通らねばならない可能性も存在し、必然的に自転車が邪魔になってしまう。
移動に便利ではあるが、一喜はそこは足を使うことにした。まったく休息が取れる状況ではなくとも、やはり自分で金を出した物が無駄になるのは嫌なのだろう。
「ここら辺もちょこちょこ違うな。 破壊された時期が時期だからか?」
周りを見ながら撮影をしつつ、過去に元の世界で通った道と比較する。
街に怪物が襲来したのはそれなりに昔だ。世良や十黄のように元の世界と同様の景色を知っている者が居る以上は何十年とまでは続いていないのだろうが、数年単位で継続していれば一喜の世界との違いも出て来る。
例えば、此方では潰れているタバコ屋と思わしき建物は一喜の世界ではマンションの一部として土地ごと吸収された。
今はタバコ屋は存在せず、そこにあるのはマンション用の駐輪場だ。元の持ち主がどうなったのかは定かではないが、少なくともそこで誰かが住んでいるという線は無い。
此方も同様に人が住んでいる気配は無かった。
けれどそれは、持ち主を含めた周囲の人間が皆死んだからというのがありありと伝わって来る。
理由の解らない無人の建物は元の世界では多く存在するが、此方では理由のある無人の建物ばかりが恐らくは立ち並んでいたのだろう。
瓦礫の山となった建物の群れを再建する力は此方の日本には無い。世良達の話の中で出て来た東京を維持するのに全力を注いでいると見るべきだ。
此処では税金の支払いも無いのだろうし、そもそもの生活を維持する基盤も無い。
全てを差配するのはやはり怪物集団であって、現行人類は従うことを強いられている。
逆に言えば、そんな世紀末が如き世界だからこそレジスタンスも誕生しやすい。
金が無くとも物資があれば勝ち組になれるし、物資が豊富にあれば集団を率いて他へと略奪に動くことも出来るようになる。
その中で怪物に反旗を翻さんと企む連中も必ず発生するだろう。オールドベースはそういった経緯で誕生した可能性は十分にある。
連中の行方は不明なままで、銃女の話振りからはあちらこちらに存在しているようだ。
であるならば、此処に居ても不思議ではない。
特に此処は最近でかなりの騒動が発生している。連戦とはいかないまでも、周りを巻き込む戦闘を一ヶ月の間に何回も行っていた。
その中で一喜が積極的に戦ったのは最後の銃女の時だけだが、あの時に放った主砲の被害は誰かを寄せ付けるには十分な理由になる。
「……あんまり近くで戦わないようにしないとな」
現状、此処に来れる唯一の方法はアパートの玄関のみ。
戦闘の余波で破壊されれば行き来は不可能となり、当然ながら購入した品々は全て無駄と成り果てる。
加え、行き来を知られることも厄介だ。一喜の世界は彼等が求める理想そのもので、どうしたって移住を望むだろう。
話し合いの後に自身の世界で過ごすことを第一に考えてくれれば御の字であるも、悲惨な現状では移住を第一と考えるのが当然だ。
元々一喜側の世界を誰かに教える予定はなかったが、教えてしまえば状況は悪い方向に傾くと彼は此方を知る程に確信していく。
怪物の跋扈に、一部の人間のみを生かす歪なシステム、不安定な人間感情。
崩壊した世界独自と言えばその通りだが、体感することで違った思いも抱けてしまう。
可哀想であるとか、自分はそんな世界に生まれないで良かったという酷いものばかりではあるが。
「おっかしいなぁ……。 俺、こんなに酷い奴だったか?」
首を傾け、自己の感情に疑問を覚える。
昔の彼は普通の人と同じ感情を発露していた。喜ぶことには喜び、悲しむことには悲しみ、怒るべきことには怒る。
それが崩れたのは何時だったのかを思い返して、容易に嫌な思い出ばかりが蘇って苦笑した。
何処でおかしくなったのかなど、彼には考える必要は無い。
全ては正社員だった頃。責任を押し付けられ、人の悪性をこれでもかと見せ付けられ、何もかもを信じることは出来なくなった。
人間不信を治そうともせず、放置すれば感情も壊死し続ける。
今の彼は治そうとしても治らない。逆に悪性の汚染が進んだ結果として他者の懇願すらも感動ものの映画と同等に成り果ててしまう。
これまでは自分の感情に意識を向けることはあまりしていなかったが、一喜は初めて自身の歪みを知って――――まぁいいかと軽く片付けた。
どだい、もう誰かを信用する真似はしていない。良いことをしてくれたら感謝はするが、所詮はそれだけだ。
「仮にも正義の味方のアイテム使ってるってのになー」
メタルヴァンガードに出て来る主人公は、実に勇気ある青年だった。
アイテムの由来が然程良いものではないし、仲良くしていた者が途中で裏切って最後まで悪役で在り続けても信じていたのだ。
彼の太陽のような光によって救われた人間は数多い。周りが妙にリアルであることで彼の異常性も浮き彫りになっていたが、逆にその異常性が世間にはない光として強く描写されていた。
正しく幻想に住む主人公。それはつまり、現実的ではない。
故に彼は主人公に一切の共感を覚えなかった。
有り得ない存在を誰が信じるというのか。元から居ない存在を信じるなど馬鹿がするようなことだ。
撮影をしながら考え事ばかりをしているなと首を振る。
警戒はしておくべきなのに、何も起きないとどうにも気が緩む。――ふと、視線を感じた。
「ん?」
背後から見られていると感じ、身体を一気に回転させる。
姿を完全に捉えた訳ではなかったが、一瞬だけ見えた像は子供のそれだった。




