【第二十一話】銃の乙女、語る
その少女の生まれは、あまり良いとは言えなかった。
物心つく前には離婚していた両親。原因は母親側の浮気で、父親側が親権を主張しなかったことで少女は母親側で育てられた。
親族一同からは縁切りされ、幼い子供を抱えながら生きていくのは辛かっただろう。
原因が母親側にあるとはいえ、子供を半ば放置のような形で生活していた事実を少女はあまり強く責める気はなかった。
そこには情があって、悪い母でありつつも少女の前では良い母で在り続けたのも理由の一端だ。
身を細め、決して綺麗とは言えない住居で暮らしていても、母親は少女の前では常に心優しき女であることを心掛けた。
打算が無いとは言えない。成長したら養ってもらいたい気持ちがあるのは間違いなく、けれど少女は良い母であり続けた存在に恩返しをするつもりだった。
事態がおかしくなり始めたのは中学に入ってから。
少女は貧乏な身でありながらも美しく成長した。決して高級な化粧品を使っている訳でもないのに放つ黄金色の髪は女性陣の羨望を買い、美貌は多くの男性を魅了したのだ。
告白は相次いで、能力が高いことを利用して手助けをすれば感謝されて。
少女は努力に努力を重ねた。自身を育ててくれた母に恩を返す為にと尽力し、結果として中学生にあるまじき魅力を手にしたのである。
人生において、顔が良いというのは武器だ。それだけで日々の生活において多少の楽を受けることが出来て、未来の選択肢も多くなる。
彼女程の美貌を持っていれば、何処かの会社の社長令嬢になることも不可能ではなかった。
母とは髪や瞳の色は違うが、しかし異国の雰囲気を持つ美女というのは些細な違いを簡単に流す。
授業参観で母との違いを友人に指摘されても笑って父方の血なのだと教えて理解を貰い、母子家庭や父子家庭の同級生達の悩みを聞きながら共に解決策を模索する。
客観的に見て、少女は素晴らしい人格者だ。彼女の周りに多くの人間が集まっていくのも自然な程に。――――しかしそれが、結果的に悪いものを引き寄せた。
『あー、ちょっといいかい?』
とある日、彼女に一人の男性が教室で尋ねた。
彼女同様の金髪に、整った相貌。他と比べるべくもない美男子としての顔を有した人物は、所謂学校における有名なイケメン男子だ。
彼は照れ臭そうに、されど柔和な笑みで彼女に食事を持ち掛けた。一緒に食べることを許してもらえないかと。
そんなに硬く接することもないだろうにと少女は快く承諾し、二人はその後週三日の間隔で共に机を並べて食事を食べ合った。
二人の顔立ちは正しく理想の美男美女。同じ髪色であることも合わせ、二人はまったくもって理想のカップルかのように持て囃された。
その事実に面白くないと考える女子や男子も居たが、彼等の妨害は常に二人と仲の良い者達によって阻止されてきた。
二人は日々を過ごし、最終的には男側からの告白で付き合うことになった。
その際に彼から自身の隠し事として社長の息子であることを告げられ、少女は何回かの話し合いの末に礼儀作法を身に付けて男に見合う女になることを誓った。
少女は庶民だ。どうしたって社交の経験は無い。将来的には社会経験を積むことになるにせよ、富裕層と付き合う経験は皆無だ。
男が次期社長になることは決定されている。高校生になってからは父の仕事を見学するようになり、その過程で別会社の者達と顔を繋げることになると予め決められていた。
二人の付き合いは決して普通な恋愛にはなりえない。それを確りと理解しつつ、それでも乗り越えていきたいと少女も男も願っていた。
『悪いが、お前とその子の結婚は認められない』
難関高校への特待生の枠を狙う少女は、ある日男と共に私的に社長である父に出会った。
次期社長である彼を狙う人間は多く居る。女も男も彼の内に収まることを望み、そこにあるのは打算的な心情のみ。彼そのものを見るのではなく、彼を通して会社を操ることを目的として接近し、それが多くなる前にせめて男の父と個人的な挨拶を交わして社長令嬢の枠を獲得しようと男側は画策していた。
場所は料亭の一席。小部屋に案内された少女は小奇麗なワンピースを身に纏い、最初に挨拶をした瞬間に男の父に否定の言葉を述べられた。
思わずと顔を上げれば、そこには苦々しい表情を浮かべる社長の姿。
机に並ぶ料理には目も向けず、社長は淡々と事実だけを説明した。そこにあったのは、過去の母親がやってしまった罪だ。
社長は離婚した夫の親友だった。中学、高校と共に馬鹿をしては夢を語り合って、離婚した際には悲嘆に暮れる夫をひたすらに慰めた。
生憎と当時から結婚して子供が居る身だったので自宅に泊まらせることは出来なかったが、次の住居の手配や退職した夫の次の就職先を紹介し、酷く絶望した夫を見て社長は浮気をした妻を憎んだ。
彼女の容姿は件の母親とはあまり似ていない。上位互換と呼ぶのも違和感がある程に整い、けれどどうしても結婚式で見た際の着飾った雰囲気に重なるものがあった。
少女自身にはあまりにも無関係な話である。
これは結局のところ社長本人の気持ちの問題であり、本来であれば冷静に息子に相応しい嫁であるかどうかを見極めるべきだろう。
しかしだ。親族関係となっては嫌でも浮気をしたあの女と関係を結ぶことになる。
それを社長は認めず、事前の息子からの説明の時点で名前に嫌なものを感じた社長は調べた上で否を突き出した。
『君自身に落ち度は無い。 唯一あるとするなら、それはあの女の娘だったという事実だけだ』
寒々しさすら感じる目を少女は今でも覚えている。
それに対して息子である男は関係が無いと告げたが、絶対に社長は認めるような真似はしなかった。
加え、もし強引に事を進めるのならば絶縁を突き付けるとまで言ったのである。
男には経済的な力は未だ無い。それはこれから身に付けていくもので、現段階で絶縁を突き付けられれば男はまともに生活も出来なくなるだろう。
聡明な少女は直ぐに理解した。理解して――諦めたくなくて、けれど状況が諦めることを強制させている。
料亭の前で彼女は頭を下げた。申し訳ありませんでしたと謝罪を口にして、そのまま男に別れましょうとだけ告げて料亭から逃げた。
背後からは二人の男の激しい言い合いが聞こえたものの、そちらに意識を向けることなく彼女は馴染み深い自宅に到着した。
家に帰ると、母親はリビングで茶を飲みながらドラマを見ていた。
直ぐに帰ってきた娘に顔を向けて――――彼女が泣いていることに気付いた母親は一体どうしたのだと慌てて駆け寄った。
怪我が無いかを確かめて、具合が悪いのかを尋ね、その様を見ていた少女の内には複雑な思いが渦を巻く。
母親が居ればこそ自分はこの年まであまり不自由せずに過ごすことが出来た。
この女が居る所為で最愛の彼と結ばれることが許されなかった。
二つの感情は鬩ぎ合い、それでも最後には愛情が勝った。ちょっと喧嘩をしたのだと嘘を言い放ち、彼女はその日初めての失恋を味わうことになったのである。
青春だ。実にほろ苦いものがある。
そう思えたのなら、彼女はまだ前を向けた。数年後には身の程知らずの恥ずかしい過去だったのだと笑って友人と語り合い、そのまま普通の会社で普通に働いていたことだろう。
現実はそうはならなかった。悪意とは何処から生まれるのか解らないと言われるが、実際に彼女も何故自分がこうまで惨めな思いを抱くことになるのか解らなかった。
別れることが決まって暫く。彼女の記憶では始まりが何処かも定かではないが、唐突に虐めが行われた。
美貌の主。少女に対して女子の悪辣な虐めが行われ、それに対して味方をする人間は現れなかった。
普段は仲が良い筈の友人にすら躊躇されながらも離れられ、同じクラスの元カレである男は気不味そうな顔で視線を逸らすだけ。
違いはあの別れからだった。あれがあってから、全ては彼女に牙を剥いた。
美貌は最早意味を成さない。明晰な頭脳も突然の苛烈な虐めの前には鈍くなった。
一度教師にも相談したが、指導者という立場であるにも関わらずに相手はまったく対応をせずに様子を見ようと逃げたのだ。
どうしてこうなったというのか。
水で濡れた教科書の数々を破かないように歩きながら、彼女はふと思う。
大元の原因はやはり母の浮気だろう。悪果を働いた母が悪く思われるのは自然の道理で、それについてを母は否定しなかった。
けれど、それで何故娘にまで被害が及ぶのか。
蛙の子は蛙という言葉があるが、彼女は浮気行為を行っていない。告白は無数にあったが、それらは言葉を選びながらも勘違いさせないようにしていた。
この学校において、彼女が悪とされる行いは一切していない。それでもなお、彼女は虐めを受けている。
『良かったのかよ、あんな真似してさ』
『良いんだ』
教室の扉の前。
放課後となった時刻で、彼女は扉に掛けた手を止めた。中からは二人の男子の声が聞こえ、片方は元カレである男のものだ。
『良いんだ……って。 好きだったんじゃないのか?』
『勿論だ。 だけど遠ざけなければ、父さん達が何をするか解らないんだよ。 なるべく卒業まで関りを持たないようにしないと、もしかしたらあの子のお母さんにまで危害を加える可能性が――――』




