男主人公(ノワール)編
今も忘れられない景色がある。
思い出すたび全身を震わせてしまうような、そんな凄惨な景色。
ただならぬ予感がしたんだ。
それなのに、俺は止められなかった。
右手には、自分と同じ小さな手をつなぎ止めていて。
その手がカタカタと震え、酷く冷たかったことを思い出す。
「何してるの!!!早く逃げるのよ!!!」
母の声だったと思う。
自分と同じ、赤い髪に、赤い瞳。
その口からは、魔法の言葉が唱えられていた。
いや…あれは、祈りだったのかもしれない。
いつも窓から見えるはずの、村のシンボルである燃え盛る炎は、豪雨に消されていた。
『炎が、水で消えるはずないのに』
母は、俺たちを抱きかかえると、村の入り口まで走った。
俺は母の肩越しに、それが良く見えた。
巨大な、黒い闇だった。
母は俺たちをその場に下ろすと、こう言った。
「ノワール!いつも母さんとお買い物に行ってる、あの町まで走るの!暗くても、走り続けて!さあ、早く!」
母はそう言ったが、実際俺の手をひいたのはもう一つの小さな手だった。
後ろを振り返ると、巨大な炎の壁ができていた。
隣の家のフランクさん、村長、いつも遊んでくれるお兄ちゃん。
そして、父と母の姿。
「いいかみんな!火で水を燃やし消すんだ!!」
「くっ、なんだこれ・・・!ダメです、水力が強すぎます!」
「若い者たちは退け!!!炎壁はワシが死守する!!」
「村長!!くそ、風の魔法使いがいれば・・・!」
「ねえ、僕・・・僕たちだけ逃げて、いいの?」
「・・・戻っても、何もできることなんてないじゃない」
まるで鏡を見ているかのように、その顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。
二人同時に、闇の中へ走り出した。
もう、戻れない。
自分たちは、託されたのだと。
第一章
○教会
「それじゃ、行ってきます。シスター、先生」
何度も通った、教会の扉をくぐる。
シスターは、どこか寂しそうな顔をしている。
先生は…いつも通りだった。
「お兄ちゃんー!どこに行くのーーー!!!」
「ノワール〜!なんだよその格好!!」
「えーかっこいいー!!僕も着てみたいなー!」
シスターの後ろからは、子供たちがゾロゾロと顔を覗かせる。
「はいはい皆さん、ノワールはこれからとても大事な試験に行くので、邪魔したらダメですよ」
「えー?試験?テストってことかあ〜?」
「ウゲーそれならついて行かない〜」
「レイト、あなた先日のテストの結果を渡していませんね?」
「げ」
シスターが怖い顔をすると、子供たちは気まずそうな顔で逃げていく。
俺が入った時から変わらない…いつもの、教会の光景だ。
「はは、本当に子供たちは元気だな。お前さんも、ちっこい時はあんな感じだったんだぞ?」
「その頃から、先生と出会っていたんですね」
「ああ。シスターが魔法学校に飛び込んできて、ベットが燃えただの天井に穴が空いただの…」
「…ぜーんぜん、記憶にないですね」
「嘘こけ」
先生は、クスリと笑う。
もちろん覚えている。自分は問題児で、魔力を暴走させてばかりいたから。
でも、そんな俺をシスターが魔法学校に入学させてくれて、先生が魔法の使い方を教えてくれた。
そのおかげで、今日———この日を迎えることができた。
「…ありがとう、シスター、先生」
俺が改めてそういうと、二人は優しく微笑んだ。
「それじゃあ、一次試験の魔法学力テストを受けて、無事に合格したら、そのまま本試験に行ってくる」
「ああ。…学力問題は、俺がみっちり教えたから大丈夫だと思うが、本試験は誰にも情報が公開されていない。おそらく実技メインだとは思うが、冷静に頑張れよ」
一次試験は、筆記がメインの知識を試す問題…。
先生が言うには、一次試験での問題は本試験への資格を試すための内容になっているそうだ。
しかし、その肝心な本試験は一切の中身が公開されておらず、毎年形式を変えて行う。
ちなみに去年は、どれだけ魔法を美しく表現できるかを競う魔法芸術試験だったらしい。
「…筆記も実技も、絶対に合格してみせるよ」
「…ああ、健闘を祈る」
二人の顔をそれぞれ見ると、背を向けた。
俺には、絶対に果たさなければいけない目的がある。
それを叶えるのが…今日だ。




