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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

逆ハー乙女ゲームに転生したら全員女体化してたけど愛さえあればOKです

作者: 吉尾京

 ビールの空き缶に埋もれた部屋。スマホしか光源のない世界。煙草の煙でくすんだ天井。増え続けるゴミの山に、止まった水道。執拗に暴力を振るう母親と、性的な目で見てくる父親がいなくなっただけで、幼少期となんら変わらないこの部屋に私ひとり。

 家賃一万の激狭物件。日当たり不良、雨漏り多数、事故物件で駅から車で三十分。お風呂はないし、ワンルームでキッチンもないに等しい。

 学力も後ろ盾もない私が唯一持っている身体さえ、不摂生でボロボロだ。

 デリヘルで働いて、工場で働いて、それでもこの生活からは抜け出せない。

 だってお菓子も煙草もお酒もやめられないから。

 愛されたくて仕事とは別に男とヤったりもするけれど、相手は何回かナマでヤるとすぐに逃げてしまう。曰く、めんどくさいのだそうだ。

 自分でも重い自覚はある。悲観的だし、そのくせ性格がキツい。攻撃的なのに、被害妄想が強い。

 いつまでも自分に都合がいい王子様を夢見てストロング缶を開ける毎日。

 スマホでできる無料のゲームで擬似恋愛を楽しんでも、人肌恋しさはなくならない。

「あーあ、この世界に転生とかしないかなぁ」

 自分がこのゲームの主人公になってイケメン達にチヤホヤされたら、さぞ気持ちよかろう。

 俺様社長、腹黒弁護士、ドS外科医にチャラ男モデル。マッチョ俳優に可愛い系アイドル。王子様系教師に、セクシーオジサマバーテンダー。

 みんなイケメンで、主人公をチヤホヤしてくれる。もし死んだら、私もこんな風になれるかな。いや、絶対になってやる。誰からも大切にされない人生なんてもう嫌だ。お前なんて生まれてこなければよかったなんて言葉は二度と聞きたくない。

 そろそろ仕事の時間だ。今日は夜勤だから、今から繋ぎに着替えなきゃ。

 カップ麺を食べて、家を出る。


 街灯もない夜道を歩いていたら、後ろから羽交い締めにされた。

「えっ! なにんむっ!」

 口をガムテープで塞がれて、黒いバンに乗せられた。暗いから本当に黒いかどうかもわからないけど白じゃないことだけは確かだ。

 複数の男の気配。色んなところにピアスをつけたタトゥーの男達がニヤニヤ笑って私を見下ろしてた。

「これキめたら暴れなくなるらしいぞ」

「試してみようぜ」

 普段からそういうことをやっているのか、男は慣れた手つきで私の腕に注射を刺した。

 頭がぐらぐらする。ものすごい吐き気。意識が段々遠のいていく。身体が自由に動かせない。

 大人しくなった私を彼等はマワした。もっと刺激が欲しいと言って別の男が二本目の注射を打ったところで、私の人生は多分終わってしまった。


……


「ごめんなさい、私のミスなの」

 目が覚めると私は真っ白な空間にいた。目の前には金髪の美女が立っている。

「何が……?」

「本来なら、貴女はあの時死ぬべきではなかった。それなのに、私が間違ってしまって。とにかく、お詫びに来世転生する世界を選べるようにしたから」

「それってフィクションの世界でもいいの?」

 私は早くも順応していた。こういうのは乗っかったもん勝ちだ。

「勿論転生できるわ。最近はゲームの世界に転生させて欲しいって人が多いわね」

 何度も間違って殺しているのかこの女神は。

 もう伝統芸なんだなぁ。もしかして最近流行ってる異世界転生ものって彼女の仕業?

 いやでも死んだら書けないしなぁ。

「じゃ、じゃあ私が好きだったゲームの世界に!」

「オッケー、じゃあ飛ばしちゃうわよ。あ、でも失敗したらごめんね」

 お詫びを失敗するって致命的では。

 そんなツッコミをする暇もなく、私は来世に飛ばされた。

 このフリ、絶対失敗してる! と思いつつ。


……


 日本のようで日本じゃない世界。スマホもテレビも車もあるし、言語は日本語だけど、テレビ番組も売っている商品やブランドも見覚えがない、不思議な世界。

 そして何より不思議なのが、なんとこの世界、女しかいないのだ。ほらー、やっぱり失敗してんじゃん!

 私が前世の記憶を取り戻したのは物心がついた瞬間だった。家にお母さんとお母さんがいて、姉と妹がいて、お正月には叔母さんとお祖母さんと従姉妹と会って……となぜか男がひとりもいないことに疑問を感じたのだ。

 それから私は様々な文献をあさり、新聞を読み、この世界が現代日本に近いファンタジーの世界だと知った。

 地球上には女しかいなくて、宇宙から男が攻めてくる。それを地球防衛軍の騎士達が倒すのだ。

 騎士達は勿論全員女。重要な職業だからか、なるのが難しくとてもモテる。

 なんとこの世界、女同士でも結婚や子作りができるのだ。

 だから私にはふたりのお母さんがいたし、他の家庭も基本そうだ。

 男は武力で侵略してくる上に言葉が通じないので、捕虜になって犯される以外に男と交わる機会もない。

 平和に普通に生きていれば、女同士で付き合って結婚して家庭を持つのだ。

 そして私は前世と違い、親にも環境にも恵まれた。

 いい学校に通わせてもらえたし、ご飯どころかおやつやお小遣いまでもらえた。

 沢山遊んで沢山学んで、真っ当な職に就いた。しかも前世とは違い、東京二十三区内だ。前世なんて田んぼしかないところだったのに。

 ひとり暮らしをできるぐらいの給料ももらえているし、仕事は楽しくてやり甲斐がある。重要なプロジェクトを成功させて昇進。順風満帆だった。

 これでほぼ前世の私の承認欲求は満たされていると思う。

 あとは恋愛だ。私にできるだろうか。


 女神様が言ったことが正しければここはあのゲームの世界。かなり内容が違うけれど、私が務めている会社が主人公と同じなど、符合するところも多い。

 この前はあのイケオジバーテンダーがいる店を見つけてしまった。まあ、いたとしてもイケオジじゃなくイケオバなんだろうけど、どれだけ似ているのか興味がわいた。

 仕事終わりに立ち寄ると、あのゲームと同じ内装だった。ここは同じか。

「いらっしゃい」

 声のした方を向くと、クラっとするほどセクシーな美魔女がグラスを磨いていた。

 スナックのママみたいなものかと思っていたけれど、もっとずっと上品で清楚で、それでいて茶目っ気のある年上女性だった。多分博識で語学が堪能だろう。

「あの……こういうお店、初めてで」

「わかるわ、子猫ちゃん。不安なのね。こちらへいらっしゃい、初心者にもおすすめのを用意してアゲル。甘いのは好きかしら? お酒には強い方?」

「甘いのは好きです。いちごミルクとか。お酒はチューハイぐらいなら飲めます」

 前世と味の好みはそう変わってなくて、美味しいものを沢山食べた分、より好きな物が多くなった。甘いのが好きなのは今も変わらず。お菓子がやめられないのもそのままだ。

「これなんかどうかしら?」

 バーテンダーのお姉さんは飲みやすいミルク系のお酒を出してくれた。ゆっくり飲み干すと、次は柑橘系のものを出してくれた。

「美味しいです。こんなに美味しいお酒、初めて」

「貴女のハジメテがもらえるなんて光栄ね」

 バーテンダーはウインクをして、別の接客を始めた。相手は金髪ロングを高い位置で綺麗に纏めた女性だ。一目で高いとわかるスーツを着ている。

 しばらくしてバーテンダーは私の前に戻ってきた。

「あちらのお客さんから貴女に」

「わあ、こんなの、ドラマだけだと思ってた」

 お礼を言おうと相手を見ると、なんだか見覚えがある顔をしていた。

「しゃ、社長。なんでこんなところに?」

「あ、アタシがどこにいようと勝手でしょ? アタシは元からここにいたの。アンタが後からきたんじゃない」

 私の予想が正しければこれは、ゲームでいうところの、俺様社長。そうか、俺様イコールツンデレになっているのか。

「はい。社長のお気に入りの場所を荒らしてしまって申し訳ございません。もう二度とこないように気をつけます」

「な、何もそこまで言ってないじゃない!」

 社長は席を移動してぐっと近寄ると、私の手を取った。

「あ、アンタのその……仕事のこと、認めてるから……。私の専属秘書にならない?」

「……えっ! 本当ですか!」

 これが本当なら大出世だ。

 私のいる課の地位が低い訳ではないけれど、なにせ社長秘書だ。ここまで大きな会社の社長秘書になれるなんて、かなりの大躍進だろう。まあ、一番凄いのはこの若さで大企業の社長を任されている彼女の方だけど。


「後で書類を送るし、役員にも話は通ってるから。急で悪いけど、口約束なんかじゃないって信じてくれる?」

 カードで会計を済ませて、社長はさっと出ていった。

 私の顔が熱いのは、きっとお酒のせいだろう。


……


 それから私はゲームのシナリオをなぞるように次々と攻略対象に会った。

 風邪かなと思って病院に行けば院内でドS外科医にぶつかり、街を歩けばギャル系モデルにナンパされ、隣に真面目系女優が住み始め、休日たまたま趣味のカフェで意気投合して腹黒弁護士とも連絡先を交換した。

 駅前でばら蒔いた書類を拾ってくれたのはお嬢様系教師だった。


 シナリオ通りに進んだら……もし私が逆ハールートを選んだら……私はこの人達から愛してもらえる。

 もはや性別なんて関係ない。色んな人から愛してもらえればそれでいい。

 だって私はメンヘラビッチだから。

 チヤホヤされればどうでもいいのだ。

 全員の誘いに乗り、全員に甘い顔をする。粉をかけるのはお手の物だ。複数相手にするのも慣れている。

 それがばれた場合の修羅場も経験済み。

 トントン拍子でうまくいき、気づけば逆ハーエンド目前。

 攻略対象達は私とは別のルートで面識があり、見知った仲だった。

 ここで私がある事件を解決に導けばエンド確定だ。


 しかし私を待っていたのは意外な結末だった。


……


「誰が……という賭けは結局全員の負けということになりましたわね」

 お嬢様系教師が言った。多分、私が攻略対象のうちの誰を選ぶか賭けていたのだろう。

 私は全員を切り捨てないという、全員を選ばないことと同じ選択をした。

 誰もがそれを予測できていなかった。だから賭けは不成立。そうなるはずだった。賭けといっても金銭を賭けていた訳じゃない。自分以外を選んだら潔く諦めるというだけだ。でも、誰も選ばれなかった。

 だからだろうか。こんな歪んだ展開になったのは。よく考えればいくらゲームと似た人生とはいえ、現実と虚構には大きな隔たりがある。ちょっとの違いで全く別の展開になることもあるだろう。私はそれを気にせず好きなように生きてきた。だから、こうなった。


「結婚してなくて子供を作らなければ、なんら問題ないだろうからね」

 倫理的にアウトだと思うけれど、そもそも逆ハーを目指したのは私なので文句は言えないしなにより前世の私の方がずっとアウトだった。

 この世界、女同士でどうやって子供を作るかというと、婚姻届を提出する際にもらえる出生願という書類にふたりのことを事細かに記載したあとふたりのDNAを採取して機関に送りつければ子供ができるのだ。

 つまり結婚以外に子供をつくる方法はなく、妊娠もしなくていい。どちらが仕事を辞めるかで揉めそうだからこれが最善なのか。

 ただしセックスは普通にある。肉棒という概念がそもそもないのでバイブやディルドはないけれど、それなりにそういうアダルト文化も発展している。

 女はエロが嫌いなのではなく、男が嫌いなのだ。こっちの世界の女は下ネタ大好きだし、あけすけに性事情を話す。

 未成年にそういうことをすることだけが禁じられているけれど、それ以外はかなりオープンだ。

 風俗もあればAVもある。

 そんな中で愛が生まれたらどうなるか。百合漫画みたいに精神性の恋愛はしない。時には目が合って即セックスだったりもするぐらいだ。

 百合漫画の世界は、男がいるのにそれを遠ざけて女を愛することに真実の愛を見出していたけれど、男がいないのがデフォルトのこの世界では寧ろヘテロよりも欲に忠実な恋愛をしている気がする。

 お金が絡んだ恋愛よりも、性欲で選んだ恋愛が真実の愛か?

 性欲で選んだ恋愛よりも、価値観で選んだ恋愛が真実の愛か?

 価値観で選んだ恋愛よりも、相手の人となりを見て選んだ恋愛が真実の愛か?

 答えは誰にもわからない。

 本能的により優秀な遺伝子が残る相手を選ぶと性欲で選んだ恋愛になるけれど、それは昨今の創作でよく使われる番という制度とあまり変わらない。動物的な運命というものだ。スピリチュアルなものではなく、生き物として生まれつき選ぶことが決まっていた相手。

 それを考えるとこの世界の常識に照らし合わせてみてもこの関係は歪だ。

 ひとりの女に群がるというのは、動物としても、文化的、社会的な人間としても異端である。

 まあ草花はひとつのめしべに複数のおしべだが、身体が複雑なつくりになるに従ってそれは難しくなっていく。そこに文化やヒエラルキーが生まれて、男女の立ち位置が逆転した。それが後宮やハレム、大奥などだろう。地位のある男の子供をまた同じ地位につけるため、十月十日では遅すぎたのだろう。あるいはより多くの高貴な血が欲しかったか。

 たんに子供を増やすだけならそれでいいだろう。しかしより優秀な遺伝子を残すことに関してだけはそれは愚策だった。結局近親婚が相次ぎ、血は濁った。血統なんて人間の思い込みにすぎない。能力の優劣はあれど、地位の優劣はない。たったひとりの男の遺伝子よりも、複数の男の遺伝子を残した方が子孫により多くの選択肢を与えられる。

 結果近年ではひとりにつきひとりというのがスタンダードになっていた。発展途上国などでは増やすことが先決だからか、他重婚が認められているが、それも徐々になくなっていくだろう。

 勿論この世界にはそもそもそれができない肉体のシステムがあるのだけれど。

 よって私と攻略対象の逆ハーエンドは生殖から完全に切り離されたある意味プラトニックな恋愛ということになる。

 性に貪欲なことを変態と詰ることもあるが、動物や二次元に恋をすることも変態と呼ぶのと同じだ。

 誰かが決めたスタンダードから逸れたら変態。人はそうやって異端児を省いてきた。

 たったひとりを愛し、その人とだけ結婚して、その人とだけ子供をつくる。そのみっつができていない恋は恋とは認められない。

 腹黒弁護士が言うには、結婚さえしていなければ恋愛は自由だそうだ。最近は多様性社会とかいって、割と緩くなっているそうだ。まあ人を好きになること自体は悪いことではないしね。犯罪さえ犯さなければ、そこは当人同士の問題だ。

 そしてなにより、セックスと生殖が切り離された今、セックスは年齢制限のあるスポーツ扱いだ。簡単に言えば、身長制限のあるジェットコースターや、レーティングのあるゲームのような。

 観戦するバーもあるし、風俗も貸切コートのような、ジムのようなものだ。

 見るのが好きな人もいればやるのが好きな人もいる。どっちも好きな人もいれば逆にどっちも嫌いな人もいる。

 野球のようにメジャーでありふれた、身体と頭を使うスポーツなのだ。それで稼いでいる人もいる。年齢制限があるから地上波では流せないけれど、AVのようなものもある。

 セックスに関する細かなルールや法律もあるし、人々はまあまあそれを理解している。

 それを唯一私だけが俯瞰で見ることができる。当たり前の常識として見ていたらきっと、このおかしさに気づかないから。

 全年齢のゲームにはなかった、エンディングのその先。

 この人達が作られた絵や文字なんかじゃなく、きちんと思考して行動する人間である以上、ストーリーの筋にだけ沿って生きるなんてことはありえない。

 人間が思うより人間の行動は複雑で、お互いが与え合う影響は計り知れないから。

 表面を軽く撫でただけのシナリオの奥には深い人生が詰まっている。

 私は画面上に出てきた情報しか知らなかった。でも、相手は生きている人間だから、それだけじゃないんだ。

 改めて、私ひとりが独占していい人達じゃなかったと思う。彼女達はそれぞれ努力して、悩んで、行動して、それから成功している。苦しんだり悲しんだりしたことも少なくはないだろう。そんな彼女達の人生を棒に振らせる訳にはいかない。

 やっぱり、こんな関係やめにしない?

 そう口を開きかけてやめた。そう、これを特別な関係だと思っているのは私だけ。彼女達は草野球チームを作るような感覚で、私と生きることを決めた。人の恋愛は人それぞれ。自由なら、誰にも後ろ指をさされることはない。

「いっぱいいっぱい愛してくれたら、それだけで私は世界一幸せ」

 本当はわかっていた。私の強欲さはこの身になってからの周囲の愛情で満足してしまったことを。

 衣食住が満足に与えられた生活。優しい両親。時に厳しく、熱心に接してくれた先生達。助け合うことが当たり前だという友達。足りないところは補い合って、少しでも可哀想な人を減らそうとする健全な社会。

 前世で欲しくても手に入れられなかったものが全部ここにある。


 みんなはぎゅっと顔を歪めて、それから潰れそうになるほど強く抱きしめてくれた。

「キミがどんなことを考えて、どんな悲しみを背負って生きてきたか、ボク達は知らない。教えてくれとは言わないけれど、辛くなったらいつでも頼っていいからね」

 辛いことなんてひとつもない。むしろ沢山の幸せを与えてもらっている。

 この世界に浄化された前世の心が、負け惜しみのように呟く。じゃあ今までの私の苦労は何だったんだと。

 過去は忘れない限り永遠に自分の脳を支配する。何をするにしても、どこかで引っかかってついてくる。

 でも、私以外の誰もがそれを知らないし、理解もできないだろう。多分、私だけじゃなくて、みんなそういう風に生きている。

 たまたま私が前世という特別な過去を持っているだけで、大体の人間は余程のことがない限り過去を言いふらしたりはしないから。

 自分は普通だと思って生きている人達は、それなりに酸いも甘いも噛み分けているし、自分の人生をエンターテインメントにしていない。だから、例えいじめられていようと虐待されていようと、両親が事故で亡くなっていようと、大人になれば何事もなかったように愛想笑いをしてやり過ごす。

 ごく一部の人達がそれを言いふらすことでどうにかしてもらおうとするけれど、上手くいかないのだ。それは集団に備わった浄化のシステム。不都合な真実はなかったことにされる。或いはただのやっかみか、それとも怯えか。

 例えばどこかで誰かが傷つけられているとして、それを解決して欲しいと世間に訴えたところで、殆どの人間は面倒ごとに関わりたくないと思うし、お前が言わなければこの世にそんなものは存在しなかったのだと腹を立てる。余計なことを言ったせいで解決課題が増えたじゃないかと叩かれる。

 そうやってなかったことにされた悲劇が、世界中にたくさんある。

 夫に毎日殴られるんです。それは夫婦の問題だろ。

 電車で痴漢に遭ったんです。触られたぐらいで何も盗られてないだろ。

 うちの会社は残業が多すぎる。お前がその仕事を選んだんだから仕方ないだろ。

 弟が壁に落書きすると僕が怒られる。お兄ちゃんなんだから我慢しなさい。


 解決するのが面倒だから、加害者よりも被害者を叩く。お前が被害者ぶらなければ自分が解決しなきゃいけない事態にはならなかったのにと恨み節を言われる。

 だからみんな口を閉ざして、この世から悲劇はなくなっていくのだろう。

 だから何もなかった私も同じく口を閉ざす。多分それが一番私が楽に生きられる方法だ。賢い生き方だ。

 この世界はそうじゃない。ちゃんと可哀想な人のことを助けるし、自浄作用として淘汰されることもない。

「ごめんなさい。我儘言ってごめんなさい」

「我儘なんて言ってないよ。大丈夫」

「みんなの、人生なのに」

「自分の人生を選ぶのは自分。少なくともアタシは自分で選んでここにいるよ」

「ひとりの人にひとりの人が普通なのに」

「普通に囚われすぎたら自由に生きられないから」

「でも、だって……」

 言葉が出なくなった。みんながいいと言うならいいのだろうか。

「おや、もう打ち止めかい?」

「ん。みんな、大好き」


 求めていたものとは違ったけれど。私は沢山の愛をもらった。

 これ以上の幸せはきっとないだろう。


 ああ、生まれてきてよかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ただの逆ハーレムや百合ハーレムものだと思って読んでみたら意外と真面目な話ですね。 世界設定もしっかりして面白いです。
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