一つ目 トイレの花子さん
※誰もいないはずの学校のトイレである方法で呼びかけると『花子さん』から返事が返ってくる※
私の名前は松原あいみ。ここは学校の3階のトイレ、3個目の個室の前。
クラス委員長として、文化祭の準備やプリントの配布等人一倍積極的に頑張ってきたつもりだった。が、
「松原!宿題写させて!」
「自分でやらなきゃダメd…」
「は?クラスの人が困ってんだぞ!委員長なら見せてくれるよなぁ?」
「…う、うん、分かった。」
こんな事が続くようになった。給食の残しを食べさせたられたり、掃除を押し付けられたり、日直を毎日やらされたり…。
「私は…みんなと一緒に楽しいクラスを作りたかっただけのに…。」
堰を切ったように涙が溢れてきた。早く花子さんに殺してもらおう。
トントントン「花子さん、私の首を絞めて遊びましょう。」
…………
トントントン「花子さん花子さん、居ませんか?」
…………
やっぱり噂は噂か…。藁にもすがる思いでここに来てしまったが、花子さんは居ないようだ。仕方がない、職員室から屋上の鍵を盗んできて飛び降りて死のう。
その時だった。後ろからキイッっとドアの開く音がした。私以外には誰もここにはいない、つまり花子さんの呼び出しに成功した?いざとなると背筋が凍る。私は意を決して振り返った。プニ。ヒンヤリと冷たい指が私の頬に触れる。
「ぎゃははははっ引っかかったな!」
「なっ…花子…さん…?」
そこに居たのは腹を抱えてゲラゲラと笑っている金髪のギャルだった。花子さんっておかっぱ頭で赤いスカートを履いた小学生くらいの子じゃなかったっけ。明らかにJKとしか言い様がない花子さんを前に焦る。
「あんた誰?あっ、人に名前を聞く時はこっちから名乗らなきゃだったな!あーしは花子!あんためっちゃ暗い顔してんね!暗子ってゆーの?」
「わ、私は松原あいみ。花子さん、私を殺して欲しいの。」
コロコロと表情豊かな花子さんとは対照的に、私はやっと楽になれるんだと放心していた。花子さんはしばらく考え込むと何かを閃いたように手を叩いた。
「ええで!その代わり私の言う事を1つ聞いてもらおーかな。」
そう言いながらポケットから1枚の写真を取り出した。そこには生前の花子さんとその家族が写っていた。
「あーし、弟がいるん。お母さんに抱っこされてるやつや。幸太っていうんよ。幸太に合わせて欲しいねん!」
「えっこの写真何年前の?」
「30年前やな。」
「えっと、手掛かりは?」
「ないに決まっとるやん。」
うわー、詰んだよ。でも頼まれると断れないタイプなんだよね。私はこの性格嫌い。
でも殺してもらうのと交換条件、やらない訳にはいかない。臆病な私は誰かに殺されでもしないと死ねない。屋上から飛び降りる勇気なんて…ない。
「分かった、頑張って探すよ。」
「成立やな。あーし、あんたに憑くわ。」
えっ、と思ったのも束の間。身体が少し重くなった気がした。
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「テレビ薄い!このトイレどうやって使うん?座るん?蛇口から湯が出るで!!!」
「静かにしてくれる?」
「あんた以外には声聞こえへんで。」
「…あ、そう。」
とりあえず家に帰ってきた。お母さんやお父さんもいつも通りだったし、本当に私にしか見えていないし聞こえていないみたい。
私は花子さんに聞きたい事があった。
「ねえ、花子さんはどうして死んでしまったの?」
「……いじめられとったんや、エスカレートして殺されてしもた。」
「そ、そうだったの?!嫌な事聞いてごめっ…。」
「貧乏だったん。服も毎日川で洗って一着をずっと着とった。食べ物も家で食べられない分、給食をたくさんおかわりしとった。」
言葉が出なかった。いじめで死まで追い詰められてしまった子に、殺してと頼んでしまったのだ。
「臭いだの近寄ると菌が付くだの散々言われとったけん。でも、幸太には普通に幸せに生きて欲しかった。お母さんがそう願って付けた名前や。だからあーしとは違う苗字を名乗らせて、あーしが盗んだ綺麗な服を着せて、学校行かせてたんや。最終的にあーしはトイレに顔さ何回も打ち付けられて死んだん。幸太が今も幸せに生きてくれてればそれでええ、あーしの死が報われる。」
段々声が小さくなっていく、眠いのだろう。もう夜も遅い。
「辛い事言わせて、ごめん。絶対に見つけるからね。」
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「失礼します、校長先生。」
「やぁ、どうしたのかな。」
私は放課後、校長先生に話を聞く事にした。色々な先生や生徒を何代も見てきたはずだ。何か手掛かりを知っているはず。
「30年程前に、幸太という生徒はいらっしゃいましたか?」
「むぅ…ありふれた名前ですね…。」
「今、40代くらいだと思うのですが…。」
「うーん、分からないですねぇ…すみません。」
結局、特定できるような情報は得られなかった。
「そう落ち込むなって!次行けばええやん!」
「そうだね…。」 ____•*¨*•.¸¸♬︎
とぼとぼと廊下を歩いていると、ピアノの音が聴こえた。音楽室からだろうか。
「綺麗な音色やなぁ…!」
「本当にね。ちょっと行ってみようか。」
♪。.:*・゜♪。.:*・゜♪。.:*・゜♪。.:*・゜♪。.:*
「失礼しまーす…。」
「…!こんにちは、何か、用ですか?」
違う学年の人だろうか。見た事のない顔だ。
「綺麗な音色が聞こえたので、つい。」
「あ、ありがとうございます、コンサートに出るんです。」
「へぇ…!聴いていても良いですか?」
「どうぞ。」
そう言って彼は椅子を持ってきてくれた。すごく丁寧な演奏で、つい身体が揺れてしまう。花子さんも何かを話しているようだ。ゆ、幽霊のお友達かな…。
「なぁなぁこいつらのコンサート、観に行かへん?」
「えっ、良いけど迷惑じゃないかな。」
「観に来てって言われとるんやからええやないの。」
「私はその会話知らないんだけど…。」
「誰と話しているんですか?」
「ひっ、独り言です!」
そうだそうだ、私以外には花子さんの声は聴こえないんだった…!
「私、そろそろ帰りますね。あっ、日曜日のコンサート、観に行きますので。」
「あっ、ありがとうございます…。」
そう約束し、音楽室を後にした。手掛かりにはならなかったけど、綺麗な演奏だったなぁ。
私は少し浮かれた気分で、夕日でオレンジ色に染まった廊下を、ピアノの音に合わせてスキップをしながら帰路についた。
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日曜日、駅前の大きなコンサートホール。厳かな雰囲気で、自然と背筋が伸びる。
花子さんから貰ったチケットで受付を済ませ、席に着く。満員近い席の中で真正面の凄く良い場所だ。も、もしかして結構高い席のチケットだったんじゃないだろうか…。
「ぬ、盗んだものじゃないでしょうね…?」ヒソヒソ
「うちのなんだと思っとんの!ちゃーんと貰ったんよ。」
ならいいんだけどね。会場がフッと暗くなる。お客さん達の会話も一瞬で静まり、ステージのみにライトが照らされる。
司会の人が諸注意などの説明をし終わると、奏者によるピアノの演奏が始まった。
「1番、清川音羽さん。」
あっ。この前、音楽室で会った子!清川君って名前なんだ…。トップバッターなんて、緊張するだろうな。
清川君はピアノに向き合い、1つ深呼吸をすると演奏を始めた。
.•*¨*•.¸¸♬
音楽室で聴いた時よりも、凄く綺麗で鳥肌が立った。指の動きが複雑でよく見えない、まるで何かに取り憑かれているみたいに別人だ。
あっという間に演奏は終わっており、会場は拍手に包まれていた。遅れて大きな拍手を送る。花子さんも手を振っていたりした。いやいや、見えてないでしょ。
他にも多くの人達が綺麗な演奏を奏でていった。知っているクラシックの曲が出たりと、結構楽しい。良い休日を過ごしているなぁ。
「皆様、お待たせ致しました。10番、花井幸太さん。」
花井…幸太…?
「亡き姉に鎮魂曲を奏で続ける天才ピアニスト、本日の鳳を飾ります。」
ドレミ ドレミ ソミレドレミレ •*¨*•.¸¸♬︎
「チューリップや……あーしが、幸太を寝かしつけるのに、縦笛でよく吹いとったんや…。」
チューリップの花言葉[真実の愛]
花井幸太が弾き出したのはチューリップを原曲にした鎮魂曲であった。丁寧に丁寧に奏でる。楽譜が無い、音符という言葉に自分の想いを乗せて弾いているんだと分かるのに時間はかからなかった。
演奏が終わり、拍手が起こる中、花子さんに身体を操られ関係者入口に走り出していた。
既に演奏を終えスタッフの人と話している清川君の姿があった。清川君は突然項垂れると、すぐにこちらを向いた。
「行ってらっしゃい。」
全てを知っているかのような口振りで私を、私達を関係者室へと送り出す。戸惑うスタッフに会釈をし花井幸太の元に駆けつける。
「…あの!幸太さんですよね。」
「はい、何か?」
「お姉さんの名前は、花子さんですか?」
「!! 何故、それを……。」
「お姉さんを、連れてきました。」
訳が分からないという戸惑いと、若干の興奮を感じる。それもそうだ、突然何年も前に死んだ姉を連れてきたと言われたら誰だって訳が分からない。
「…久しぶりやな、幸太。」
そういうと花子さんは私の身体を使い、幸太さんの肩に手を置いた。幸太さんは突然姉の声がした事に驚いたのか自身の頭を抑え、硬直したまま目を見開く。
「お、お姉ちゃん…?!」
「成長したな、ずっと謝りたかったんや。勝手に死んでしもて、ごめんな。置いていって、悲しかったやろ……頼りない姉でごめんな。」
花子さんは泣いていた、笑顔のままで。
悔しくて、悲しくて、辛くて、痛くて、仕方がなかったのだろう。
でも、幸太さんの前では常に笑顔で居たかったのだ。
「そんな事ないよ、お姉ちゃんが僕を庇ってくれていたの、知ってた。毎朝早い時間に新聞配達に起きていたのも、全部…。だけどいじめには気付いてあげられなかった、学年が違うし他人の振りをしていたから…。本当にごめんなさい。」
「…良いんよ。幸せで居てくれたら。あんなに想いの籠った、あーしの為の鎮魂曲、聴いちゃったけん。涙で幸太の顔がよう見えんよ……。」
花子さんは心の底から幸せそうに目を閉じる。すると、幸太さんが思い出すように語り出した。
「お姉ちゃん、僕ね、ハナコって呼ばれているんだよ。花井幸太の花と幸を取って。」
「…そんな苗字名乗る程、あーしが好きやったんか。先に逝ってしまった事、恨んでなかったんか。」
「恨んでなんかないよ、ずっと穏やかに過ごして欲しかった。辛かった分まで今から幸せになって欲しい。お空でゆっくり休んでください、小さなお姉ちゃん。」
花子さんは死んだ当時のままの年齢の姿。幸太さんの胸辺り迄しか身長がない。それでも、姉である事に変わりはなかった。
花子さんは半透明になっていた。綺麗な黄色い光に包まれて。
あぁ、鎮魂曲を聴いてしまったから、死者に安息を届ける曲を…。
長年の未練も無くなり、成仏の時が来てしまった。
「ねえ、花子さん。私死ぬの辞めるよ。」
「そうなん…?」
「だって、私はまだ、生きてるから!」
「……そうやな!生きてればどこからでもやり直せる。死んだら終わりやねん。」
「うん…だから、おやすみなさい。」
「交換条件やったのにあーしだけ得してもうたわ。」
「もう、たくさん貰ったからいいよ。楽しい思い出とかね。」
「そ、そうか?まぁええわ。」
ちょっと困ったような照れたような花子さんを見ると、普通の女の子だったんだなとしみじみ思う。辛い過去があるのに底無しの明るさを持った花子さんを見ていると、自分が恥ずかしい。
「じゃあな、幸太、あいみ、楽しかったで。」
「うん、ありがとう花子さん。」
「おやすみ、お姉ちゃん。ありがとう。」
身体が軽くなった、目を開けると、幸太さんと自分の腕には赤いブレスレットが付いていた。まるでチューリップの花弁のような。
幸太さんはその後、弾く理由が無くなったからピアノを辞めたらしいと清川君から聞いた。今は花屋さんをしているようだ。
私はと言うと、花子さんの口調が少し移ってしまったようで…。
「宿題写させて!」
「自分でやらんかいアホ!」
「クラスの困ってる人に向かってアホとはなんだよ」
「アホにアホいうて何が悪いん、自分でしーや。」
「わ、わかったよ…。」
委員長の威厳を保っているのだった。生きていればどこからでもやり直せる、だったよね。そう言ってブレスレットを見ると、返事をするように輝いて見えた。
チューリップの花言葉は、真実の愛。