11 お妃様、回想する
「こちらはディミトリアス王子とヘレナ様のご結婚をお祝いして記念に造られたフラワーリースです! 意中のあの人へ贈れば恋が叶っちゃうかも? さぁ皆さん、おひとついかがです?」
頬を染めた女性が、真剣な顔の男性が、次々にフラワーリースを買っていく。
その光景を眺めていると、ダンフォース卿がこそりと囁いた。
「アデリーナ様も王子殿下に贈られてはどうですか? きっと喜ばれますよ」
ぱちん、とウィンクするダンフォース卿に、思わず頬が熱くなる。
喜んで……くれるかな? 王子の嬉しそうな顔を想像すると……すぐに迷いは消えた。
「あの、おひとつ頂けますか?」
「おや、これは可愛らしいお嬢さん! 後ろのかっこいい兄ちゃんへあげるのかい?」
「い、いえ……そうではないんですけど……」
少し離れたところから私を見守ってくれるダンフォース卿を見て、見事に勘違いしたらしい花屋さんは嬉しそうにリースを手渡してくれた。
「はいよ! お嬢さんみたいに可愛い子だったらうまくいくこと間違いなしだ。頑張りな!」
「あはは……」
曖昧な笑みを浮かべて受け取ったフラワーリースは、月桂樹を中心に様々な花があしらわれており、なんとも鮮やかで美しい。
リースを見つめて、思わず笑みが零れた時だった。
「さぁ、我らがディミトリアス王子の門出に祝福を!」
「うおぉぉぉぉ!! おめでとうございまーす!!」
耳をつんざくような歓声と、ラッパのファンファーレが響き渡る。
それと同時に、浮かれて踊る人たちがパレードのように通りに雪崩れ込んできた。
「ひゃっ!?」
慌てて壁際に引いた私の目の前を、ヌーの大群のように浮かれた人々が通り過ぎていく。
私は襲い来る人の波に押しつぶされないようにそろそろと狭い路地裏へと避難した。
様子を見る限り、どうやらディミトリアス王子の結婚でハイになった人たちが浮かれて騒いでいるようだ。
隙を見てなんとかダンフォース卿と合流しようと思ったけど、踊り狂う人たちに阻まれてダンフォース卿の姿は見えない。
それどころか、踊りの輪に加わっていた若い男性の一人が、私の方を見た途端に駆け寄って来たではないか。
「ねぇ、君ひとり? 一緒に踊ろうよ!」
「いえ、私はその――」
「それ愛のフラワーリースじゃん! 誰かにあげるの? 俺と交換しようよ!」
すごい勢いでまくしたててくる男性は、どうやら真昼間から酔っているようでお酒の匂いがぷんぷんした。
手首を掴まれ、ぐいぐいと痛いほどの力で引っ張られてしまう。
いやあの、私はそういうの結構ですから――!
なんて、ちょっと恐怖を覚え始めた瞬間、私の腕を掴んでいた手がすっと外れた。
「悪いが、他をあたれ」
気づけば私と私の手を掴んでいた男性の間に入るようにして、背の高い影が立っていた。
「ヒッ……! わかった! わかったから離してくれ!」
よくよく見れば、人影は男性の手を捻りあげている。
ぱっと手を離すと、男性はヒィヒィ言いながら逃げていった。
それと同時に、人影は振り返る。声を聞いた時点でわかっていたけど、やっぱり私の思った通りの相手だった。
「……助けてくれてありがとう、ハイメ」
礼を言うと、人影――ハイメが呆れたようにため息をついた。
「まったく……ぼさっとしてんのは変わんねぇな、あんた」
ハイメはじろりと私を見下ろして、おかしそうに笑う。
「ああいう手合いは酒も入ってて厄介だ。即座に急所を蹴り飛ばすくらいはしてやれ」
「そ、そんなことできないわ……」
ただのアデリーナならともかく、今の私は腐っても王太子妃。
うっかり派手な行動を起こせば最悪国際問題となりかねないのです。
もごもご言う私を眺め、ハイメは鼻で笑う。
「王太子妃……ね。まったくもって似合わねぇな。あんた、広い世界を見てみたいなんて言ってたのに、城の中に閉じ込められて満足なのかよ」
私たちの屋敷に出入りするようになってしばらく、私が一応子爵家の娘だと知ったハイメは、屋敷に来るたびに、私に旅先のお土産をくれるようになった。
まぁ、おそらくは姉のついでだったんだろう。
屋敷に出入りする男性の大半は、なんとかして姉のハートを射止めようと必死だったから。
とにかくハイメは……例えば綺麗な貝殻だとか、見たこともない木の実だとか、そういう人によってはガラクタになりそうな物をたびたびくれるようになったのだ。
幸いにも私は、地味な自分に似合わない華美な宝飾品よりもそういった贈り物の方が好きだった。
喜んでお礼を言うと、彼はいつも「変な女だな」って呆れたように笑ったっけ。
ハイメは酔い覚ましになのか、時折パーティー会場を抜け出して厨房や菜園にいる私のもとにやって来て、旅先の話を――それも嘘か本当かわからないような冒険譚を聞かせてくれた。
人魚の棲む入り江を見つけたとか、凶暴なワニの潜む沼地を渡ったとか、妖精に会ったとか……いつもいつも雑事と金繰りに追われる私にとって、彼の話はひとときの夢のようで楽しかった。
そういえば彼の話に触発されて、「私も広い世界を見てみたいな」なんて零したこともあったかな……。
でも、ハイメが私の過去の発言を覚えているなんて驚きだ。
なんて反芻していると、ハイメがじっと私の方を見つめているのに気が付いた。




