10 お妃様、お忍びで城下町へ向かう
その翌日は、アレクシス王子はディミトリアス王子や各国の重鎮たちと大事な会談に臨んでおり、私はというと……晴れて自由の身です!
「長旅と宴で君も疲れただろう。明日以降はまた忙しくなるだろうし、今日くらいはゆっくり羽を伸ばすといい。この国に来るのは初めてだったな、城下町を見てきたらどうだ?」
「よろしいのですか?」
「あぁ、ただし……絶対にダンフォースの目の届かないところに行くんじゃないぞ」
「はいっ!」
……と、王子からは外出許可も頂けました。
というわけで……お忍びで、城下町へ繰り出したいと思います!
ちょっと地味な服装に着替えるとあら不思議。
宮殿の廊下を歩いていても、誰も私が一国の王太子妃だなんて思わず素通りしていくのです。
「やっぱり、私ってドレス一枚脱いだだけでお妃様オーラが消滅するのよね」
「そんなことありませんよ。妃殿下はいつも光り輝いていらっしゃいます」
「お世辞はいいのよダンフォース卿……」
ダンフォース卿は気を利かせてくれたけど、私のモブっぷりに関しては自分でも重々承知しているので大丈夫です。
ダンフォース卿も今日はお忍びの護衛ということで、うまく市井に紛れられるような地味な服装をしているのだけど……通りがかる女性がちらちらと彼に視線を向けていくのがよくわかる。
……この差はいったいなんだろう。
まぁ、今日はお忍びなんだから私くらい目立たないほうが都合がいいんですけどね!
「楽しみですね、アデリーナさまぁ」
ダンフォース卿のフードから、ロビンがひょっこり顔を出した。
「そうね、私も楽しみよ。でも街の人は妖精に慣れていないと思うから、見つからないように気を付けてね。騒ぎになっちゃったら困るもの」
「はぁい」
再びダンフォース卿のフードの中に潜り込んだロビンを見届けて、私はこれから向かう城下町に思いを馳せた。
思えば、こんなふうに他の国の街に旅行に来たのは初めてかな。
本の中でしか知らなかった世界が目の前にある。
見たことのない景色や食べたことのない料理……うーん、楽しみ!
「妃殿下、ずいぶんと嬉しそうですね」
ニヤニヤする私を見て、ダンフォース卿が朗らかに笑う。
わっ、そんなに顔に出ちゃってたかな?
慌てて表情を引き締め、私はダンフォース卿に注意を促した。
「ダンフォース卿、外に出たら『妃殿下』はダメよ」
「承知しております、アデリーナ様」
「よろしい。それじゃあ行きましょう!」
足取りも軽く、私たちは宮殿から城下町へと踏み出すのだった。
「わぁ……すごい賑わいね!」
王太子であるディミトリアス殿下の婚礼直前ということで、城下町はまさにお祭り騒ぎだった。
目抜き通りには多くの人が行き交い、人々は陽気に歌い、踊り、その熱気に私もワクワクして来てしまう。
「そうね……まずは市場に行きたいわ。離宮のみんなへのお土産も買いたいし……」
「アデリーナさま、僕お腹空いちゃった」
「ふふ、さっき食べたばかりじゃない。まぁいいわ。少し摘まみ食いでもしましょうか」
「わーい!」
喜ぶロビンを再びダンフォース卿のフードの中に押し込んで、私たちは市場へと向かった。
さすがは異国の地。《奇跡の国》では中々手に入らない調味料やハーブなんかもあったりして、次々と目移りしてしまう。
「迷うわ……どれにしようかしら」
「今日は私という荷物持ちがおりますので、心置きなく買い込んでいただいて構いませんよ」
あぁ、ダンフォース卿の気遣いがありがたい……!
私は勧められるままに、特産の塩がたっぷり入った瓶を購入するのだった。
美しい色合いのタペストリー、キラキラと輝くガラス細工、思わずため息が漏れてしまうほど精巧なレース編みのハンカチ……もちろん、日持ちするお菓子もたくさん。
時折フードに隠れるロビンの口に小さなドライフルーツやナッツ入りのクッキーを放り込みながら、順調に離宮に残る皆へのお土産を選んでいく。
さてさてお次は……と視線を走らせると、、ふと花をたくさん乗せた荷車が目に入る。どうやら花屋さんの移動販売のようだ。
見れば、多くの人がその周りに集まっていた。
興味を惹かれて近づくと、花屋さんの商売トークが耳に入る。