9 お妃様、王子様に抗議する
「まさかこのペガサス、妃殿下に色目使ってるんじゃないっすか?」
ニヤニヤしながらゴードン卿がそんな冗談を飛ばす。
その途端、アレクシス王子が怒りだした。
「なんだと!? 俺の妃に手を出そうとするとはいい度胸だ。馬刺しにしてろうか……!」
「落ち着いてください王子! そんなはずがありませんから!!」
稀少な幻獣を馬刺しにするのはやめてください! 国際問題です!!
慌てて王子を引き止めながら、私は慌てて周囲を見回した。
ペガサスは相変わらずちらちらこちらを気にしながら、ばさりばさりと孔雀のように翼を広げてアピールしている。
本当に、いったい誰に向かってアピールを……と視線を走らせたとき、可愛らしいつぶらな瞳と視線が合った。
「フェ~?」
のほほんと一連の騒動を眺めていたペコリーナは、私と視線が合うとこてんと可愛らしく首を傾げた。
…………もしかして――。
「…………ペコリーナ、ちょっとこっちに来てくれる?」
「フーン」
少し離れてからペコリーナを呼ぶと、ペコリーナはトコトコと私の方へと寄ってくる。
おそるおそるペガサスの方へ視線をやると……ビンゴ! 明らかにペコリーナの動きを目で追っているではないか!!
「わかりました! あのペガサスの意中の相手はペコリーナです!」
「なんだと!?」
まさかの展開に、皆驚いている。
まぁ、そりゃあそうですよね……。
「あのペガサスは今までどのメスペガサスにも興味を示さなかったのですが、まさかアルパカに一目惚れとは……」
「まぁ馬もアルパカも似たような動物だからいいんじゃないっすか?」
「アルパカはどちらかというとラクダの仲間ですから、似たようなといっしょくたにしてもいいのか疑問は残りますね……。まぁそもそも、ペガサスを馬と同列に扱ってよいのかという問題もありますが……」
予想もしなかった展開に、皆戸惑っているようだ。
だがアレクシス王子だけは、得意げに胸を張っていた。
「ふん、ペコリーナは我が妃の愛するアルパカなのだぞ? 種族の壁など超えて幻獣を惹きつけてもおかしくはない。とにかく、これであのペガサスに対し、こちらは有利に動けるということだ」
どうやら王子は、ペコリーナをあのペガサスの背に乗るための交渉に持ち出したいご様子。
でもどうするのでしょう。
まさか、「背に乗せてくれたらペコリーナをお嫁に出す」だなんて言うんじゃ……!
「駄目です! ペコリーナをお嫁に出すなんてできません!!」
「フェ~?」
私は慌ててペコリーナをぎゅっと抱きしめた。
こんなに可愛いペコリーナをお嫁に出すなんて、しかも遠い異国の地だなんて、私の胸が張り裂けちゃう!
「王子、絶対にペコリーナは渡しませんからね!」
王子はよっぽどディミトリアス王子の鼻を明かしたいのか、なんとかペコリーナを使ってペガサスを懐柔しようと粘ったけど、私は絶対にペコリーナを離さなかった。
「別に本当に嫁に出すわけじゃない。ただ交渉条件として使わせてもらうだけだ」
「それでもだめです! そんな邪な心でペガサスに乗れるわけがないです!!」
結局は私の必死さに王子が折れる形になった。私の粘り勝ちである。
あの後ダンフォース卿も試したけどペガサスに乗ることはできず、私たちは特に収穫もなくその場を後にすることになった。
立ち去る際にちらりと振り返ると、ペガサスはじっとペコリーナの後姿を見つめているようだった。
ちょっと可哀そうな気もするけど……今のところペコリーナの方にはまったくその気はないですからね。
ペガサスさんには失恋の痛みを味わってもらうことになりそうだ。
「ひどいです、王子! ペコリーナをペガサスを懐柔するダシに使おうとするなんて……」
その日の夜、私はむくれながら王子に文句を言っていた。
可愛いペコリーナが誰も頼れる相手のいない異国の地で一人ぼっちになってしまったら……と考えると、気が気じゃないですからね!
王子は私の剣幕にたじたじになりながらも、潔く謝ってくれる。
「あぁ、その節は済まなかった。ペコリーナは俺たちの大事な家族だ。どこの馬の骨ともわからん相手においそれとくれてやるわけにはいかないな」
「王家所有の由緒正しいペガサスですけどね」
「じゃあペガサスの骨にくれてやるわけにはいかないな」
「……わかってくだされば、いいんです」
王子が「俺たちの家族」と言ってくださったのが、なんだがくすぐったい。
はぁ、このくらいでほだされてしまうなんて……私もまだまだですね。