8 お妃様、ペガサスを観察する
「ごく一部を除いて?」
おや? なにやら気になる言葉が聞こえましたが……。
「いや、本当にそんなに頑固なペガサスは滅多にいないのですが……現在、一頭だけ頑なに乗り手を選ばないペガサスがいるのです。何人もの騎士が挑戦しておりますが、皆すぐに振り落とされてしまうのです。騎士団もどうにも困り果て、対応に苦労する有様で……」
ディミトリアス王子は形の良い眉を寄せながら、少し困ったようにそう口にした。
あらあら、どうやら中々の暴れ馬がいらっしゃるようで……。
「マジで? 俺も挑戦していいっすか?」
そんなことを言いだしたのはゴードン卿だ。
しかしコンラートさんが不躾だと咎める前に、意外なことにディミトリアス王子は笑顔で承諾してくれた。
「構いませんよ。我々もあのペガサスが乗り手を見つける日を心待ちにしているのです」
「よっしゃあ!」
ゴードン卿は大喜びでディミトリアス王子について行ってしまう。
私は慌ててアレクシス王子の袖を引っ張った。
「ど、どうしましょう王子! もしもゴードン卿がペガサスを乗りこなしたら、ペガサス騎士団に引き抜かれちゃいますよ!」
「あのバカが誇り高きペガサスに認められるわけがない。万が一認められたら……まぁ別に、あいつがいなくなって困ることもないだろう」
「もう、そんなこと言って……!」
本当にゴードン卿がいなくなったら……別に困らないような気もするけど、とにかく引き止めないと!
しかし私が追い付く前に「うわ~!」という声が聞こえてきて思わずほっとしてしまう。
たどり着いた場所では、いななきをあげるペガサスの横にゴードン卿が転がっていた。
どうやらペガサスの主とは認められなかったようだ。
「やはりダメでしたか……」
あっさり振り落とされたゴードン卿を見て、ディミトリアス王子が残念そうにそう呟いた。
あらためて件のペガサスに視線をやると、他のペガサスと比べても随分と立派な体躯をしている。
心なしか目つきも凛々しくて、見ているだけで気圧されそうなオーラを感じます……。
「彼は幼い頃から気難しくて、なかなか人に触れさせようとはしないんですよ。我こそはと乗り手に名乗り出るものも多いのですが、皆あのように振り落とされてしまって……」
「お前は乗り手に志願しなかったのか、ディミトリアス?」
挑発するようにそう言ったのは、やって来たアレクシス王子だ。
その言葉に、ディミトリアス王子は少しムッとしたような表情になった。
「……私も何度も挑戦しているが、あのように振り落とされている」
「ほぉ、それはそれは……」
アレクシス王子はなぜかニヤニヤしていた。
まさか、またどうでもいいことで張り合おうとしていないでしょうね……。
「ならば俺があの天馬を乗りこなしてみせよう!」
嫌な予感的中!
駄目ですよそんなの!!
「王子、危険です!」
「案ずるなアデリーナ。俺はゴードンのアホのように猪突猛進に突っ込んだりはしない。まずはあのペガサスを観察し、突破口を探ろうではないか」
いきなり突撃するようなことはなかったけど、王子はペガサスを乗りこなす気満々だ。
まったく、ディミトリアス王子への対抗心だけでこんなことを言いだすなんて……。
「なるほど……なかなかに気難しい馬のようだな」
王子の熱い視線など気にも留めずに、件のペガサスは悠然と草を食んでいる。
あれは大物感ありますね……。
「このまま普通に乗ろうとしても振り落とされるだろうな……よし、餌で釣るぞ!」
おぉ、餌付け作戦ですか。確かに動物って、餌をあげると懐いてくれますもんね。
王子はささっと餌を用意させると、例のペガサスへと近づいた。
「さぁ天馬よ。極上の餌を味わうがいい!」
そう言って王子が餌を差し出したけど……ペガサスはぷい、とそっぽを向いてしまった。
あらら、餌付け作戦は効かなかったようで。
「よく考えてみれば毎日お世話している騎士団の方でも振り落とされちゃうんですもんね。そんな簡単には乗れませんよね……」
ペガサスはまるで私たちを挑発するように、余裕で尻尾を揺らしている。
だがその凛々しい瞳がちらっとこちらを向いたかと思うと、急に驚いたかのようにカッと見開いたのだ。
「えっ、なになに?」
私たちの背後に何かあるのかと思いきや、騎士団の厩舎や訓練場が広がっているだけだ。
だがペガサスはそわそわと私たちの方を気にしている。
かと思うと、急にばさりと美しい翼を広げたではないか!
その様子を見て、ディミトリアス王子が驚愕の声をあげる。
「こっ、これは……!」
「どうしたディミトリアス」
「オスのペガサスがこのように翼を広げるのは……メスへのアピールなんです!」
「なんだと!?」
近くにメスのペガサスがいるのかな? ……ときょろきょろしてみたけど、遠く離れたところにペガサスの集団がいるだけだ。
じゃあ一体、誰にアピールを……?