7 お妃様、ペガサスに相まみえる
「……というわけで、ディミトリアスの奴が俺たちに対抗して三回目の式を挙げるとか言い出したので、俺たちはその上をいくためにあと二回式を挙げようと思う。コンラート、手配を」
「なに馬鹿なこと言ってるんですか」
「あはは……」
オリーブオイルやチーズ、それに魚介類がたっぷり使われたディナーを味わった私は、穏やかな夜の時間をのんびりくつろいでいた。
異国の空気に触れて、王子も普段より開放的になっているのかもしれない。
わけのわからないことを口走り始めた王子は、あっさりコンラートさんに諫められていた。
「馬鹿なこと言ってないで明日の予定を確認しますよ。明日はディミトリアス王子自ら王宮周辺を案内してくださるそうです。なんでも、あのペガサス騎士団も見学可能だとか……」
「えっ、マジで!?」
「それは楽しみですね……!」
その話題に喰いついたのは、ゴードン卿とダンフォース卿だ。
やっぱり騎士様は他の騎士団のことが気になるのかな?
まぁ、実は言うと私も二人に負けないくらい楽しみにしているのですが……。
「ペガサス……まさかこの目で見られるなんて感激です」
ペガサスは、希少な幻獣の一種だ。
純白の体躯に、大きな翼を持ち空を舞う特別な馬なのだという。
私も本で読んだことしかなかったから、生身のペガサスにお目にかかれるなんてびっくりですよ。現存するペガサスのほとんどは《栄光の国》の保護下にあり、基本的に他国ではその姿を見ることは叶わない。
しかもこの国では、そのペガサスを乗りこなし戦う騎士団があるのだという。
これはもう、ワクワクしないわけがないですよね!
だがそう話すと、王子は何故かムッとしてしまった。
「心配するなアデリーナ! 俺がもっと素晴らしい騎士団を作ってやる!」
「いえ、何も心配はしていないのですが」
「ダンフォース、何かいい案はないか!」
遂に王子はそんなことを言いだしてしまった。
よっぽど晩餐のお酒が回ったのでしょうか……。
「ハムちゃん騎士団なんてどうでしょうか、王子殿下」
「それはいい案だな。コンラート、国に戻ったらさっそく発足手続きを――」
「さっさと寝ろ! 酔っ払いが!!」
遂にコンラートさんがキレてしまった。あぁ、本当にいつもいつもすみません……。
まぁでも、異国の結婚式に招待されて多少なりとも皆浮かれているのだろう。
私だって、胸がドキドキして中々寝付けないくらいだったんですから。
さてさて迎えた翌日。
私たちは予定通りディミトリアス王子に王宮周辺をご案内していただけることになりました。
ちなみに、やはり昨夜の王子は酔っぱらっていたようで……ハムちゃん騎士団のことを尋ねると「何かの冗談か?」とすげないお返事が。
その返答を聞いて少し落ち込んでいたダンフォース卿は可哀そうだったなぁ……。
ちなみに、私だったら「アルパカ騎士団」にしますけどね。
「こちらが、ペガサスたちの生育場所になります」
ディミトリアス王子が連れて来てくれたのは、私の牧場にもよく似た場所だった。
柵の中には……わぁ! ほ、本物のペガサスがいる……!
艶やかな純白の毛並みに、純白の立派な羽。
まるで神話から抜け出してきたようなその美しい姿に、否が応でも視線を奪われてしまう。
「すっげぇ! ニンジン食うかな!?」
「馬鹿、勝手に余所の動物にエサを与えるんじゃない」
ゴードン卿を叱るコンラートさんの声を聴きながら、私はそっと柵に近寄った。
「フェ~」
「すごいね、ペコリーナ……」
一緒に連れてきたペコリーナは初めて見たペガサスに驚いているのか、すりすりと私の肩の辺りに頭を寄せてきた。
ペコリーナの頭の上に乗っていたロビンも、あんぐりと口を開けてペガサスを凝視している。
「立派ですねぇ~。僕にもいつかあんな羽生えないかなぁ」
「うーん……ロビンは今のままで十分素敵よ」
ロビンがわっさわさの羽に埋もれるイメージが頭に浮かんできて、私はついそう言ってしまった。
しかしロビンは気にすることもなく、「そうですか? えへへ」と笑っている。
「ペガサスは気高い生き物で、主と認めた相手以外を決して背に乗せようとはしません。そのため、騎士たちは普段からペガサスの生育に携わり、絆を深めているのです」
おぉ、どうやらここの騎士さんたちは私が普段牧場でしているような仕事もしているらしい。
めでたくペガサスに主と認められた者だけが、誇り高き天馬の騎士となれるのだとか。
はぁ、素敵ですね……。
「ペガサスは必ず乗り手を選ぶのか? 幻獣はなかなか気難しい種が多いと聞いているが」
そんなアレクシス王子の疑問にも、ディミトリアス王子は苦笑しながら答えてくれた。
「ペガサスは基本的に温厚な幻獣ですから、こちらが誠意をもって接すれば応えてくれます。…………ごく一部を除いて」