6 お妃様、旧知の相手に再会する
あれはそう……母がエラの父親である子爵と再婚してからのことだった。
社交好き……といえば聞こえはいいが、その実派手で金遣いも荒かった母は、頻繁に屋敷に様々な人を招いてパーティーや賭博などを楽しんでいた。
その遊興は義父が亡くなってからも続いて、私とエラはなんとか没落を避けようとずいぶんと苦労しましたとも。
少しでも食費を節約しようと家庭菜園にいそしんだり、売れ残りの固いパンをスープでふやかして食べたり……まぁ、その辺の苦労話は今は置いておきましょう。
ハイメは、そんな母の遊興場に出入りしていた者の一人だ。
確か、ずっと西方の国の商人さんだったかな。
元は政争に敗れた王族だか貴族だったと、母が得意げに話していたのをちらっと聞いたことがある。
彼は多くの国を行き交う商人さんらしく、一度現れたかと思うと数か月、長ければ年単位で不在にして、もう来ないかと思うとふらっと現れたりする。
そんな神出鬼没の人だった。
最後に会ったのは王子の妃選びの舞踏会が開かれる数か月前で、「しばらく留守にする」みたいなことを言ってたっけ……。
商人としての伝手があったのか、それとも元の身分での招待かはわからないけど、こんなところで会うとは驚きだ。
そんなふうに過去の記憶を反芻していると、ハイメはそんな私を見てふっと笑った。
「……相変わらずだな、アデリーナ」
「あなた……どうしてここに?」
「俺にはあんたがここにいる方が驚きだよ。相変わらずボケッとして、そんなんで一国の王太子妃が務まるのか?」
うっ……私、そんなにボケッとしてるかな?
ちょっと恥ずかしくなって視線を逸らすと、ハイメはくすりと笑って私の隣に腰掛けてきた。
「しかし驚いたな、まさかヒルダじゃなくあんたが王子の妃とは」
「いえ、これにはいろいろと事情があって……」
「まぁ、そうだろうな。お前はあいつと違ってそんな大それたことをしでかす女には見えない」
うーん、褒めているのか馬鹿にしているのか……たぶん後者かな?
屋敷に出入りするようになってしばらくの間は、ハイメは私のことを子爵家の娘ではなく使用人の一人だと思っていたようだった。
まぁ、食事の用意や片付けに忙しくしてたし、そう見えても仕方ないんだけど……。
ひょんなことから私が子爵家の娘だと知った時は、「なんであんたがそんな下働きみたいなことしてんだ」「姉は遊んでるのに」って聞かれたっけ。
まぁいろいろと事情があるんですよ……と曖昧に笑う私を、ハイメはたいそう憐れんだようだった。
そんな過去を思い出す私を、ハイメはどこか冷めた視線で眺めながら、ぽつりと呟いた。
「……似合わないな」
「え?」
「あんたには、妃なんて似合わない」
それは……私にはこんなふうに着飾ってパーティーに出席するよりも、昔みたいにせこせこ裏方で働くほうがお似合いということですか!?
困ったな。まったくもって反論できないし、実は私もそう思っているんですよ。
でも旧知の相手に「不相応に王太子妃の座を手に入れた厚かましい女」だと思われたくなくて、慌てて私は弁解した。
「わ、私だって好きでこうしているわけじゃないわ。なんていうか、貧乏くじを引いたというか……」
「へぇ」
ハイメがすっと目を細める。そのまま彼は、にやりと意味深に笑った。
「それなら――」
言葉の途中で、彼は何かに気づいたかのように口をつぐんだ。
かと思うと、すっと立ち上がり私に背を向ける。
「悪い、時間だ」
「え、えぇ……またね」
「あぁ、またな」
それだけ言うと、ハイメは一度も振り返ることなく人ごみに紛れてしまう。
ぱちりと瞬きした途端、私はもう彼の姿を見つけることができなくなっていた。
「アデリーナ!」
不意に名前を呼ばれ、振り返る。
見れば、アレクシス王子がこちらへと近づいてくるところだった。
「誰かと一緒だったようだが……」
「えぇ、偶然知り合いに会いまして」
王子にも紹介しようかと思ったが、辺りを見回してもやはり彼の姿は見つからない。
もう別の場所に行ってしまったんだろうか。
「君の知り合いがこの場に出席していたのか?」
「えぇ、国を越えて活動する商人さんなので、ここ《栄光の国》ともお付き合いがあったのではないでしょうか。王子にもご紹介しようと思ったんですけど、もう姿が見えなくて……」
きょろきょろと周囲を見回す私を、王子はどこか険しさすら感じさせる真剣な表情で見つめていた。
その表情に思わずどきりとしたけれど、すぐに彼は私を安心させるようにふっと笑った。
「……構わないさ。ここに来ているのなら、また会えるかもしれない。それより、そろそろ晩餐会が始まるようだ。移動しよう」
「はい」
王子に手を取られ、私はまだ見ぬディナーに心躍らせながら立ち上がる。
最後にちらりとハイメが消えた方向に視線をやったけど、やはり彼の姿は見つからなかった。