5 お妃様、歓迎の宴に出席する
その夜、私たちは王宮で催される宴に招かれた。
ディミトリアス王子とヘレナ様の結婚式が間近に迫っているということもあって、王宮には続々と各国の要人たちが訪れている。
そんな方たちへの、いわば歓迎の宴ですね。
触れれば壊れてしまいそうな、繊細なガラスのシャンデリアに照らされた広間には、着飾った多くの人たちが集まっている。
かくいう私も、社交モードのスイッチを入れ王子の隣で精一杯お妃様らしい笑顔を浮かべているのですが……もうてんてこまいです。
さすがは貿易に秀でた《栄光の国》というべきか、宴の場には様々な国や地域からの客人がいた。
王族や貴族だけじゃなく、国を越えて名を馳せる商会の長や芸術家など、招待客もバラエティに富んでいる。
そんな中でも、アレクシス王子は常に人の輪の中心にいた。
わかりますよ、あの王子ですもの。どこにいても、ぱっと人目を引いちゃうんですよね。
大勢の人に囲まれ、様々な言語で話しかけられても……王子は少しもうろたえることなく笑顔で応対していく。
さすがは生まれながらの王族……いいえ、きっとそれだけじゃない。
私の知らないところで、きっと王子はとんでもない努力を重ねてきたんだろう。
鮮やかな対応に、私はあらためて舌を巻く思いだ。
時折話を振られて私が焦ると、王子は自然とカバーしてくれる。
はぁ……わかってはいたけど、まだまだですね、私。
もっと自然にお妃様らしく振舞えるように、精進しなくては。
やがて私の疲れを感じ取ったのか、王子はごく自然に私を人の輪から連れ出し、壁際のソファに座らせてくれる。
「疲れただろう、アデリーナ。少し休むといい」
「ですが――」
「こういう時は、ほどほどに力を抜くのも大切なんだ。後は俺に任せてくれ」
そう言った王子はいつにも増して頼もしく感じられて、私は静かに頷いた。
再び人ごみの中へと戻っていく王子の背中を眺めていると、ついついため息が零れてしまう。
はぁ……駄目だな、私。王子を支えたいと思っているのに、現実は足手まといにすらなっている気がする。
しかし……王子の隣を離れた途端に誰も私に目を留めなくなるから笑ってしまう。
そうですよね。王子の隣にいない私なんてまさにモブ同然。
今だって、完全に背景に同化しているようなものです。
まぁ、こうやってゆっくり休めるのはありがたいんだけど……。
広間を彩る眩い白の壁面には、様々な意匠の金色のレリーフが彫られている。
天井画には《栄光の国》に伝わる神話とおぼしき、絵物語が精巧に描かれていた。
古くから貿易に長けた国というだけあって、建築や装飾には様々な地域や時代の様式が混在しているように見える。
でも少しもちぐはぐ感はなくて、見事な統一感を誇っていた。
すごい……まるで生ける美術館だ。
ついつい知的好奇心が刺激されてしまう。
不審に思われない程度に、私はちらちらとそれらの芸術に見惚れていた。
……つまりは気を抜いていて、こちらに近づいてくる人の存在に気づいていなかったのです。
「失礼、――、――は――ですか?」
…………!?
気が付けば、ソファの傍に立っている見慣れない紳士が私に話しかけているではないか!
「え、えっと……」
目の前にいるのは、身なりの良い紳士だ。
彼の話す言葉はここよりずっと西の国の言語……だということはわかるんだけど、ちょっと訛りが独特で肝心の部分が聞き取れません。
どうしよう……ちらりと王子の方へ視線をやったけど、相変わらず人の輪の中心にいる彼はとても忙しそうだ。
ここはなんとか、私が対応しなくては。
でもどうしよう。目の前のお方が誰なのかわからないけど、うっかり機嫌を損ねて国際問題に発展しちゃったりしたら……!
そんな不安が、頭をよぎった時だった。
「いいえ、彼女は――です。残念ながら」
私の代わりに、背後から誰かがそう答えたのだ。
その言葉を聞いて、紳士は肩をすくめる。
「それは残念。では失礼いたします」
「は、はい!」
去り行く紳士に頭を下げ、私はおそるおそる背後を振り返った。
果たしてそこには、ダークブラウンの髪をした青年が金色の瞳でじっとこちらを見つめているではないか。
その顔を見た途端、既視感が刺激される。あれ、この人もしかして……。
「……俺のことを覚えているか」
そう問いかけられ、疑惑が確信へと変わる。
「まさか、ハイメ……!?」
そう口にすると、目の前の青年――ハイメはにやりと笑った。