4 お妃様、異国を訪問する
そんなこんなで準備を進めていると、あっという間に《栄光の国》へ出発する日がやってきてしまいました。
「ロビン、ペコリーナ、準備は大丈夫?」
「フェ~」
「ばっちりですよ、アデリーナさま!」
ロビンとペコリーナもお出掛けできるのが嬉しいのか、楽しそうにぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「えっと、忘れ物はないかしら……」
「昨日と今朝で合計十回も確認しましたので、大丈夫です、お妃様!」
「そ、そうね……」
そわそわ歩き回っていると、離宮の前に迎えの馬車が到着した。
「アデリーナ、そろそろ出発しよう」
「はい、王子」
はぁ、余所行きの王子はいつにも増してビシッと決まっていて、隣に並ぶことを躊躇しちゃいますね。
まぁ、今更言っても仕方ないんですが。
王子に手を取られ、馬車へと乗り込む。
すぐにペコリーナとロビンも乗って来て、いよいよ出発だ。
「はぁ、こういう公式訪問は初めてなので緊張します」
「君なら大丈夫だ。そう気負うことはないさ。妖精の郷に比べれば人間のルールが通じるだけ随分とマシだ」
妖精の郷であったあれこれを思い出したのか、王子が苦笑する。
まぁ確かに、妖精王よりは人間の王族の方が話が通じそうですもんね。
今回はあの時と違って護衛のダンフォース卿やゴードン卿、それにコンラートさんや私の侍女も一緒に来てくれるのだ。
あまり心配はせずに、のんびり観光を楽しむくらいの気分の方がいいのかもしれない。
「《栄光の国》は昔から貿易に長けた海洋国家ですよね。どんな魚介料理が食べられるのかしら……」
「アデリーナさま! もしかして『海』見れたりしちゃいます!?」
ペコリーナのもふもふに埋もれていたロビンが、急にぴょいんと飛んでくる。
そういえば妖精の郷には海がなかったって、前にロビンが言ってたっけ。
「もちろん、綺麗な海が見られるわ。みんなで見に行きましょうか」
「やったー!!」
ロビンは大興奮でその辺を飛び回り、勢い余って窓ガラスに激突していた。
「いたいよぉ」とおでこを赤くしたロビンを慰めたりしながら、馬車はどんどんと《栄光の国》へと進んでいくのでした。
特にトラブルもなく、私たちの旅は続いた。野を越え山を越え、やがて見えてきたのは……。
「見て、海だわ!」
馬車の窓から海が見え、思わず歓声を上げてしまった。
きらきらと光る水平性の上を、何羽ものカモメが飛んでいく。
ロビンはペタッと窓に張り付き、目を輝かせて外の景色を凝視していた。
「あれが……海? あんなに水がいっぱいあってこぼれないんですか!?」
「こぼれるぞ。そうなったら皆で水を掬って海へ戻さなければならないんだ」
「ひえぇ!」
息を吐くように王子のついた嘘を真に受けるロビンに、くすりと笑ってしまう。
「綺麗ですね……」
思えば私も、実際に海を見たことがあるのは一度か二度くらいしかない。
まるで宝石のような光景に、自然と心が躍ってしまう。
馬車の中から海沿いの風景を眺めていると、あっという間に《栄光の国》の王宮についてしまった。
この国の王宮は海のすぐ傍に建てられており、馬車を降りた途端に気持ちのいい海風が吹き抜けていく。
気候も温暖で過ごしやすそうだ。なんだかそれだけでワクワクしますね。
異国の大地に降り立ち、宮殿を見上げ……私はまたしても圧倒されてしまった。
「すごい、立派ですね……」
白を基調とした白亜の宮殿は、陽の光に照らされてキラキラと眩しく輝いている。
まるで古代の神殿のような荘厳な造りのその場所からは、底知れない歴史とパワーを感じるようだった。
「あっ、ディミトリアス王子とヘレナ様だ!」
私がぽかんと間抜けに突っ立ってる間に、きょろきょろと周囲を見回していたロビンが声を上げる。
慌ててそちらへ振り向くと、妖精の郷でお会いした二人が並んでお出迎えに来てくださったようだ。
「アレクシス王子殿下、アデリーナ妃殿下、遠路はるばるよくぞ参られました」
丁寧に出迎えてくださったディミトリアス殿下に、王子はからかうような笑みを浮かべた。
「久しいな、ディミトリアス。貴殿が大はしゃぎで結婚式の準備を進めていると我が国にも噂が届いたぞ」
「アレクシス……! 君だって人のことは言えないだろう? ティターニア妃に頼んで二回も結婚式を行ったくせに」
「うっ……! ふん、悔しければ貴殿も二回式を挙げたらどうだ?」
よくわからない口喧嘩を始めてしまったダブル王子に、私とヘレナ様は顔を見合わせて笑ってしまった。
「遠くからお越しいただき感謝いたします、アデリーナ妃。殿方は放っておいてこちらへどうぞ」
「お招きいただきありがとうございます、ヘレナ様。ではお言葉に甘えて……ロビン、ペコリーナ、行きましょう」
「はーい」
「フェ~」
ヒートアップするダブル王子を尻目に、私たちはヘレナ様に続いて王宮に足を踏み入れた。




