3 王子様、妃の心を独り占めしたい
「《栄光の国》からの公式の招待となれば断るわけにはいきませんが……また国を長期間空けるとなると片付けなくてはならない仕事が山積みですね」
涼しい顔で俺の執務机に書類を積んでいくコンラートに、思わず大きなため息が漏れてしまった。
「もう少しこう、手心というものを――」
「何言ってるんですか。さっきまで妃殿下のもとでゆっくり休息を取られたばかりでしょう? きびきび働いてください」
「ちっ」
アデリーナやペコリーナたちと過ごす穏やかな時間が早くも懐かしい……。
しかし文句を言っていても目の前の仕事の山は減らない。
仕方なく、俺は積み重なった書類の束に手を伸ばした。
王太子たるもの、広く国内外の情勢に通じてなくてはならない。
その信念のもと、俺のところには様々な分野の報告書が上がってくる。
税収、外交、治安、農業、商業……ぺらぺらと書類をめくりながら、記された内容を頭に入れていき、必要なものには決裁を下ろしたり突き返したりする。
そんな中、手に取った書類の内容に目をやり、俺は思わず眉を寄せてしまった。
書類をめくる音が止まったのに気付いたのか、コンラートが声をかけてくる。
「王子、何か気になることでも?」
「……例の空を飛ぶ海賊船が、我が国でも目撃されたと」
俺の手に取った書類には、まさにアデリーナの話していた海賊船の目撃情報が記されていた。
その報告を見た途端、以前のアデリーナとの会話が蘇る。
――「でも……本当にその海賊船が存在するのなら、少し見てみたい気持ちもありますね」
それが、偽りのないアデリーナの本心だということはわかっている。
きっと彼女としては、単に物珍しさから海賊船に興味を持ったのだろう。
だが「船長はイケメンらしい」などという馬鹿馬鹿しい噂を聞いてしまった後では、残念ながら心穏やかではいられなかった。
「あぁ、単なる与太話だといいのですが……ここまで目撃情報が多いとなると、何か対処は必要かもしれませんね。……って、何でそんな不満そうな顔なんですか?」
思わず不満が表情に出てしまっていたようだ。
不思議そうな顔をするコンラートに、資料の整理を命じていたゴードンがげらげら笑いながら近付いてきた。
「それがさぁ、『その海賊船の船長はすごいイケメンだ』なんて噂が流れてるみたいで、妃殿下がその海賊船に興味持ってるから王子はご機嫌斜めなんだよ」
途端に「聞いて損した」みたいな呆れ顔をするコンラートに、俺は断固として抗議した。
「おい、俺にとっては由々しき事態だぞ、コンラート。どこの馬の骨ともわからん輩に俺の妻が心奪われているなど我慢ならん」
「王子、独占欲が強すぎる男は嫌われますよ~?」
「妃殿下も余計な勘繰りをされてお可哀そうに……。王子はもっと寛大な心を持った方がいいのでは?」
「ふん、お前たちは独り身だからそんなことが言えるんだ。俺の立場になってみろ、気が気じゃないぞ!?」
「身から出た錆ですね。あなたが結婚当初妃殿下にした仕打ちを思えば、そのくらい我慢してしかるべきでは?」
「うっ」
コンラートの一言がぐさりと胸に突き刺さる。
確かに、その通りなのかもしれない。何の瑕疵もない彼女を無理やり妻にして、離宮へ追いやり、しばらくの間は様子を見に行くことすらしなかった。
アデリーナが俺に愛想をつかさないのが不思議なくらいだ。
「……難しいものだな」
愛は目に見えない。
俺には彼女を深く傷つけてしまったという負い目がある。
だからこそ、不安になるのかもしれない。
「まぁまぁ、王子もそんな暗い顔しないで。《栄光の国》は海は綺麗だし料理は美味いし旅行にも人気の場所だって言うじゃないですか。パァ~っと遊んで気分よくなれば妃殿下も変な海賊のことなんて忘れるだろうし、王子がかっこいいとこ見せれば惚れ直すんじゃないですか?」
ゴードンが満面の笑みでそう告げる。
そういえばこいつは《栄光の国》への訪問をずいぶんと楽しみにしているようで、ガイドブックを読み漁りコンラートに「あくまで仕事なのだから浮かれすぎないように」と釘を刺されていた。
その能天気さがある意味羨ましい。
いや、意外と奴の言うことは的を射ているのかもしれない。
アデリーナの心変わりを恐れるよりも、他の男など目に入らないくらい俺に夢中になってもらわなければ。
「……仕事を再開するぞ。明日の分も前倒しで片づけてやる」
そうすれば、また明日アデリーナのもとを訪れることができる。
俄然やる気を出した俺に、コンラートとゴードンは顔を見合わせてやれやれと肩をすくめていた。




